第38話 熟年離婚 その10 | 【小説】Cafe Shelly next

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喫茶店、Cafe Shelly。
ここで出される魔法のコーヒー、シェリー・ブレンド。
このコーヒーを飲んだ人は、今自分が欲しいと思っているものの味がする。
このコーヒーを飲むことにより、人生の転機が訪れる人がたくさんいる。

「わかった。お前が望むならそうしよう」

 旦那は決断したようにそう言った。この言葉で、私の今までの思いが一気に解消された。そんな気がした。

「おかみさん、今の気持ちはいかがですか?」

「はい、なんだかとってもすがすがしいです」

 羽賀さんの言葉に私は大きな笑顔でそう答えることができた。うん、これでいいんだ、これで。

「マスター、一件落着したよ。これもシェリー・ブレンドのおかげです。ありがとうございます」

 羽賀さんがカウンターにいるマスターにお礼を言った。このとき初めてマスターの顔を見た気がする。マスターも羽賀さんと同じように、私たちににこやかな笑顔をみせてくれる。

 あぁ、なんかこのお店、すっごく気持いいな。また来たくなっちゃった。

 そっか、私の望む自由ってひょっとしてこれかもしれない。どこか遠くに行くのもいいけれど、こうやって近場でいいから充実した時間を過ごす。それだけで気持ちが安らぐ。

「ところで、このコーヒーってどうしてこんな不思議な味がするんでぇ。初めてだぜ、こんなのはよ」

 旦那は空になったカップをながめてそう質問。すると、マスターがにこやかな顔でこう答えた。

「コーヒーを飲むと眠れなくなる、という人がいますよね。これは眠気を覚ましたいという願望を持つ人にとっては眠気防止になります。しかし、逆にコーヒーを飲んでリラックスして眠りにつける人もいます。こちらは眠りを欲しがっている人にとっては睡眠誘導剤になっているのです。このように、コーヒーというのはもともとその人が望む効果を促す薬膳としての作用があるのですよ」

「へぇ、なるほど。だからこいつも、その人が望んでいるものを見せてくれるってことなのか?」

「はい。このシェリー・ブレンドはその効果がさらに強くなったようです。どうしてそうなるのかはよくわかりませんが。けれど、今回はお二人の欲しがっているものがより明確になったのではありませんか?」

 たしかにマスターの言うとおりだ。そのおかげで、私は離婚をせずに済んだ。今までは離婚しか私の願望を叶える方法はないと思い込んでいた。けれど、旦那も私のことをきちんと考えていてくれたんだ。そのことがちゃんとわかったおかげで、私の考え方は大きく変わった。旦那とこのまま歳を取っていくのも悪くはないか。そう思えるようになった。

 それからしばらく、羽賀さんとマスターを交えていろいろな話を聴いた。びっくりしたのは、マスターとかずきを遊ばせてくれたマイさんが夫婦だということ。マスターはどうみても四十代半ばで、マイさんは二十代半ば。

「恥ずかしながら歳の差カップルなんですよ」

とマスターは照れ笑いしていたが。

 この二人が私たちの年齢になった頃、どんな生活をしているんだろうってちょっと興味を持ってしまった。

 気がつけばもう夕方、辺りは薄暗くなってきた。

「そろそろ帰るか。今日はありがとうございました」

 旦那も満足した様子。私もお礼を言って、孫のかずきの手を引いて店を出た。

「なかなかいいお店だったわね」

 私はなんだか気持ちが素直になっていた。

「あぁ、また行きたくなるな」

 旦那も珍しくそんな感想を漏らした。かずきも遊んでもらって満足のようだ。

 気がつくと、私を真ん中に左にかずき、右に旦那がいる。すると、旦那は突然手を握ってきた。
びっくりして恥ずかしいけれど、なんだかうれしい。

 うん、この人にもうちょっとついて行くか。そう思ったら、こんな気持が心の奥から湧いてきた。

「ねぇ、また一緒にカフェ・シェリーに行こう」

 私は手をギュッと握り返した。

〈第38話 完)