第38話 熟年離婚 その9 | 【小説】Cafe Shelly next

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喫茶店、Cafe Shelly。
ここで出される魔法のコーヒー、シェリー・ブレンド。
このコーヒーを飲んだ人は、今自分が欲しいと思っているものの味がする。
このコーヒーを飲むことにより、人生の転機が訪れる人がたくさんいる。

「ねぇ、あっちでおねぇちゃんと遊ぼうか」

 かずきはうんと返事をしてマイさんとカウンターの方に行った。マイさん、私の気持ちがわかったみたい。あらためて私は小声で話を続けた。

「かずきの世話。ここに縛られている私がいるのよ。そしてあなたのことまでいろいろやらなくちゃいけない。そんな中で私の時間なんてとれるわけないじゃない。私が自由になるためには、この状況から抜け出すには、もうあなたと縁を切るしかない、そこまで考えているのよ。もう私、我慢出来ない」

 ここで自然と涙があふれてきた。今まで旦那に言いたくて言えなかったこと。これを今、思い切って言えたことで、心の奥からいろいろな感情が湧き出してきた。

「そうか…すまなかった。それがお前の思いだったんだな」

 旦那は怒り出すかと思ったら、私の言葉を素直に受け止めてくれた。さらに旦那はこんなことも。

「オレはな、お前が望む未来をつくってやりてぇんだ。今までお前のことを考えずに、とにかく仕事に打ち込んできた。そうしねぇと小さな酒屋なんてのはすぐにつぶれちまう。でもよ、それはお前がいてこそのことなんだな。そんなこと考えてもみなかった。よし、決めた」

 決めたって、何を? 私はまだ溢れ出る涙を拭うので精一杯だったが、旦那のその言葉で顔をあげた。

「お前がもっと楽になるように、お前に自由な時間を与えられるように、人を雇うことにしよう」

「えっ、でもそんな余裕はうちにはないわよ」

 これが正直な気持ち。このご時世でただでさえ売上が落ちているのに。すると旦那はニカッと笑い、こう答えた。

「なぁに、オレの飲み代とパチンコ代を使えば、そのくらいなんとかならぁ。まぁ毎日ってのは無理でも、週二、三日くらいだったら雇える金は工面できらぁ」

「で、でも…もったいないわよ。私のわがままであんたに迷惑かけられないし」

「なぁに言ってんだ。今までお前に迷惑をかけてきたのはオレなんだからよ」

「でも…」

 ここで今まで黙っていた羽賀さんがこんなことを言ってきた。

「おかみさん、白いクッキーと一緒にシェリー・ブレンドを飲んだ時、どんなものが見えましたか?」

 このとき思い出した。

「私の中で苦味と甘味が融合したものがあったの。苦味は旦那、甘みは私の甘えたい気持ち。その二つがうまく組み合わされば、私の気持ちは深く安心することができる。そう、そうだったわ」

「それがおかみさんの出した答えなんですよ。さて、それと今の状況、どう判断しますか?」

 羽賀さんの言葉であらためて確信した。これは旦那の言葉に乗っておけということなのか。そこに甘えていいってことなんだろうな。

 今度は旦那のほうを見る。旦那はまかせとけ、という顔をしている。

「わかったわ。あなたの言葉に甘えさせてもらいます。でも、私も甘えてばかりはいられないから。あなたにも楽はしてもらうわよ」

「オレに楽を? どういうことだ」

 このとき、私の頭中でとっさにひらめたいことがあった。

「私は平日に休ませてもらうから。あなたは日曜日は自分の好きなことをして過ごして。そうしないと、私も気持よく休むことはできないわ。なんか対等じゃないとフェアじゃない気がするから」

 旦那は私の言葉に腕組みをして黙りこんでしまった。そして黙ってジッと何かを見つめている。