登場人物
カイン……主人公。口数の少ない優男。元王宮兵士
ヤンガス……元山賊。カインをアニキと呼ぶ
ゼシカ……元アルバート家令嬢。猪突猛進
ククール……元マイエラ聖堂騎士団。キザ男
トロデ王……亡国の国王。呪いで魔物の姿にされている
ミーティア姫……トロデ王の娘。呪いで馬の姿にさせられている
トーポ……ネズミ
メディ……山小屋の薬師。カッティードの末裔
バフ……メディの飼い犬
グラッド……オークニスの薬師。メディの子
レオパルド……ハワードの愛犬。暗黒神の杖を持っている
カッティード……古の七賢者のひとり。大学者。故人
レティス……神鳥
オークニスでグラッドが、
急患のあらくれを診ている間に、
カインたちは、
老薬師メディの安否の確認を急ぐ。
カインたちがメディの山小屋に着いたとき、
すでに家の中がオオカミの巣窟になっていたので、
時すでに遅しと一瞬は諦めた。
しかし、賢者の末裔が、
簡単にオオカミなどにやられるはずはない。
そう思いたいカインであるが、
つい先刻、
オオカミに噛み殺されそうだったグラッドを
目の当たりにしたばかりとあっては、
前言撤回せざるを得ない気分にもなる。
「賢者」とは賢い者であり、
強い者であるとは限らないのである。
敷地内に巣くっているダースウルフェンを
かき分けながら、
カインたちは必死に老薬師を探す。
そして、やがて、
家の裏にある遺跡にて、
その姿を発見することとなった。
時はまだ遅くはなかった。
間に合ったのだ。
カインたちは急ぎ駆け寄ろうとするが、
しかし、
群がるオオカミたちを
振り切ることができずにいる。
だが、そんな状況であっても、
メディ老婆にとっては大した問題ではないようで、
「早くこっちに来なされ!」
と手を振っている。
言う通りに老薬師のほうに疾走して、
カインたちは驚いた。
遺跡には結界が張られていて、
カインたちは入れても、
邪悪なオオカミたちは踏み込めないように、
なっていたのだ。
「もう安心ですじゃ」
とメディに言われたとき、
助けに来たのに助けられたような気分になり、
なんだか恥ずかしくなるカインである。
しかし、気分だけであればよかったが、
助けることができず、ただただ助けられただけ、
ということが、
後刻、現実のものとなった。
というのも、
暗黒神の杖の妨害電波によって、
カインたちは、またしても、
自主的な思考力を失ってしまったからである。
自分の力で何かを解決しようという、
強い気持ちを失ってしまったカインたちは、
自発心をまるで持たない指示待ち人間へと、
成り下がってしまうのだ。
傍観者モード、
という表現もできることだろう。
自分の身に危険が及ばなければ、
それ以外のことは他人事。
傍観者モードとは、
そういった心理状況のことである。
この日、薬師メディは、
いつものように、地下室で薬草を煎じていた。
すると突然飼い犬のバフが吠え出したので、
それでオオカミの大群に囲まれていることを知る。
しかも、ただのオオカミでないことは、
賢者の目から見れば一目瞭然である。
邪悪な何者かに操られていることを
メディは即座に看破し、
そして遺跡の中に結界を張って凌いでいた、
というわけだった。
そこに、
オオカミに追われるカインがやってきたので、
一緒にかくまっている、
という認識でメディはいる。
まさか助けに来てくれたとも思わなかったので、
「おや、誰かと思えば。あんたがたも、たいがい運が悪いお方たちじゃ」
と不運に同情したし、
「まぁ気を落としなさんな。この遺跡に入れたのは、不幸中の幸いとも言えますしな」
と、完全に守る気満々でいたのだ。
そもそも、
助けに来たのであれば、
結界の中でじっと待っているはずもない。
この状況の原因を探しに出かけ、
改善に努めるはずである。
「そういえば、グラッドに袋は渡してくれましたかの?」
緊急事態であるのに、
こういう世間話に、
のんびりと付き合っているのを見ても、
優男たちが状況を改善しようとしているようには、
到底見えない。
もちろん、
メディからすれば、それで良いのである。
結界の中でただ無為に時間を過ごし、
外の敵が諦めるのを待てばよい。
若い者が危険に踏み込むことはない。
老いたとは言え賢者の末裔の自分が、
若者たちを守らなければならない。
この世界の未来に必要なのは、
賢者の血よりも、若い世代の力なのだ。
若い世代を守るために賢者のチカラがあるのなら、
今このチカラを使わずしていつ使う。
きっと今日という日のために、
きっとこのカインという若者を救うために、
自分は賢者の家系に生まれて来たのだろう。
そういうことをメディが、
このときわざわざ考えたわけではない。
超自我とでも言うべきだろうか、
考えるまでもなく、
無意識下において、
そのような意思決定をしていると言ってよい。
生きるためには酸素が必要だ、などと、
人は考えて呼吸をしているわけではない。
何も考えず、気付けば呼吸をしているものである。
賢者メディにとって、
賢者のチカラの使いどころも、
つまりは呼吸と同じほどに、
無意識下の意思決定なのである。
世間話は続く。
「なんと、グラッドがここへ向かっていると」
カインに聞かされ、
母親の心境としては、
驚くやら嬉しいやら、といったところ。
心配するのは自分の役目だとばかり思っていたが、
息子が自分を心配するようになっていたとは。
立派な息子を持った、
と、老いてなお親バカの気持ちにもなった。
しかし、
息子のその気持ちを嬉しく思うばかりで、
息子のその行動がどういう結果を生むかまでは、
さすがに老賢者メディにも、
すぐには思いが至らなかった。
思い至らなかった結果がわかるのは、
その直後のことである。
外から大きな爆発音が聞こえたので、
「ただごとではありませんな」
と遺跡から出て様子を見に行くと、
なんと杖をくわえた黒犬が、
自慢の息子を踏みつけにしているのである。
山小屋も炎上していたが、
それは全く気にも止まらない。
メディの目は、
黒犬の下に寝そべるグラッドに、
釘付けになっていた。
「すまない。キミたちの後を追ってきたら、突然この黒犬に襲われて」
グラッドがカインたちに謝っているのが、
薄っすらと耳に入ってくる。
「賢者の血を引きし者よ。観念して出てくるがいい」
と黒犬が言うのは、
もちろんはっきりと聞こえている。
要は人質交換を要求されているのだが、
賢者の目と賢者の鼻は、
事を正確に捉えていた。
杖をくわえてグラッドにのしかかるだけでも、
ただの犬ではない知能と悪意が見て取れるし、
邪悪な臭気からは暗黒神を感じさせられる。
また暗黒神が七賢者を狙う理由も、
もちろんすぐに推察できる。
人質交換の体を装ってはいるが、
自分がノコノコ出て行って捕らえられたとしても、
グラッドを解放する気などないことも、
無論感じ取っている。
しかしそこまでわかっていたとしても、
息子を見殺しにできる親はいない。
どんなに強く気高い神話の王であっても、
幼い息子の喉に大鎌を突きつけられれば、
ただ剣を手放すしかないものなのだ。
自分の命はとうに諦めている老薬師は、
その上で息子の命を助ける算段を立てる。
剣を使えるわけでも魔法を使えるわけでもない。
年老いて力もなければ素早くも動けない。
ただ、日がな1日、
薬草園でヌーク草を育てて煎じるだけの身。
ただ、愛犬バフと時間を共にし、
揺り椅子に揺られるだけの日々。
あらゆる扉を解錠できる最後のカギを
所持してはいるが、
今、自分と黒犬の間には、
何の施錠も何の扉もない。
手持ちの武器、手持ちの引き出しを考えても、
その程度のものしかない。
他にできることは、
今の自分には何もない。
しかし賢者としての知恵がある。
たったそれだけの引き出しであっても、
打開策を案出するのが賢者の所以だろう。
そして、たったそれだけの引き出しの中にすら、
切り札を準備しておくのも賢者の職責である。
メディは、
「後のことは頼みましたぞ」
とカインに最後のカギを託し、
「いいだろう。今そっちに行ってあげるよ」
と黒犬のほうへと歩を進めた。
「よくぞ来た賢者の末裔よ」
黒犬は、勝ち誇ったように言った。
「だが何も怯えることはない。すぐにお前の息子にも後を追わせてやるのだからな」
それを聞き、メディはむしろ高笑いをする。
「やはりそういうことかい」
はじめからわかっていたことである。
自分が出ていったからといって、
黒犬がグラッドを解放するわけがない。
息子の命は、自分で助け出さなければならない。
そして、黒犬にここまで近付けたからこそ、
グラッドを助けることができる。
「バアさんが相手だからって、何でも思い通りになるとは思わないことだね!」
とメディは、
黒犬に薬袋を投げつけた。
こんなときのための切り札として、
いつも懐に忍ばせているヌーク草の粉袋である。
袋が開き、
カプサイシンの粉末が目や鼻に降りかかると、
黒犬と言えども、叫び、のたうち回ることになる。
もちろんグラッドに構ってもいられない。
黒犬が転げ回る機を逃さず、
「さあ!バフ!」
とメディが呼ぶと、
すかさず飼い犬はグラッドをくわえて、
カインたちのもとへと引きずった。
事は成した。
しかしそこまでだった。
もっと若い時分であれば、
メディ自身もこの機に乗じて、
走って逃げることもできただろう。
しかし、老いた薬師に、
それはできなかったし、
そうしようとも思わなかった。
グラッドの安全を横目に確認したメディは、
敵に背を向けることもなく、
むしろ両手を広げて黒犬に立ちはだかり、
自慢の息子と若い優男を守った。
「おのれおのれ!」
とのたうち、やみくもに振り回される黒犬の杖に、
老賢者の体が刺し貫かれたのは、
そのわずかの後のことである。
賢者の血を守ろうともせず、
暗黒神の復活を防ごうともせず、
ただ無駄死にしたような私を
皆はどう思うのだろうか。
愚か者と罵るだろうか、
不幸と憐れむだろうか。
体を貫かれたまま、しかしメディは微笑む。
幸せな最期をありがとう、と。
人生の最後に、
家を出た息子が帰って来てくれた。
これを幸せと言わずして何と言う。
こんな老いぼれの身ひとつで、
大切な子の命が救えるなんて。
これを幸せと言わずして何と言う。
逆の結果になっていたら、目も当てられない。
そうならなくて、ありがとう。
自分の子が自分よりも尊いと思えるからこそ、
人は子孫を残してゆける。
親から尊ばれ、子を尊び、
そして子は孫を尊ぶだろう。
より尊い存在のために命を賭することができる、
これを幸せと言わずして何と言う。
ありがとう。グラッド……
長い長い走馬灯を見て、
やがてメディは目を閉じた。
カインも、ヤンガスも、
ゼシカもククールも、
その一部始終を
ただただ傍観していた。
グラッドが捕らえられているときはともかく、
メディがヌーク草の粉を投げつけたときには、
明らかな好機があった。
バフよりも早くグラッドを
助けることもできたはずだし、
グラッドをバフに任せて、
黒犬レオパルドに攻撃することもできたはずだ。
当然ながら、
老薬師を助けることも十分に可能であった。
にもかかわらず、
それらの好機をすべて見逃し、
ただただ薬師メディが刺し貫かれるのを
傍観していた。
あまつさえ、
黒犬に仁王立ちするメディの、
陰に隠れてさえいたのだから、
どちらかと言えば、
レオパルドのほうに味方していたとすら言える。
何をしに来たのか、
と誰が言えばよいのだろう。
老薬師を守りに来たはずのカインたちは、
レオパルドがメディを殺害するのを
黙って見守っていた。
母親の安否を心配したグラッドは、
自分が捕らえられたせいで、
安全だった母親を死に向かわせた。
はじめから助けに行こうなどと考えなければ、
おそらくメディ老婆は、
自分の結界で自分の身を守っただろう。
これを皮肉な結果だと片付けてよいのだろうか。
いや、違う。
とカインは考えざるを得ない。
チカラが足りない、と考えなければならないのだ。
あるいは、知恵が足りない、
と言うこともできるだろう。
チカラが足りないから、
知恵が足りないから、
守りたい者を守れないのだ。
グラッドはなぜ守られたのか。
それは老賢者メディに知恵があったからだ。
知恵あるメディは、
守りたい者を守れたのだ。
そしてチカラなきグラッドは、
母メディを守ることができなかった。
チカラや知恵が無いのは、
カインたちも同様である。
いくら体を鍛えようと呪文を覚えようと、
そんなものは杖の妨害電波によって無力化される。
そして今、
翼を生やして飛んで逃げるレオパルドを
追いかけることもできない。
戦いに介入できないのである。
「絶対に逃がさない!」
と口では言うゼシカの言葉も、
なんとも説得力のないものだった。
東へと飛び去る黒犬を
カインたちは、
歯ぎしりをしながら見送るしかなかったのである。
尻尾を掴んだまま賢者の喉を噛みちぎられては、
と、そんな心配をかつてカインはしたが、
それよりも圧倒的に悪い結果となった。
喉を噛みちぎられたが、尻尾は掴めていない、
それが今の状況なのだから。
黒犬が向かった東の島には、
法王の住むサヴェッラ大聖堂があるという。
次の被害こそ、未然に防ぎたい気持ちはある。
賢者メディの遺体を埋葬し、
供養をしながら、
しかしカインたちは難問を突き付けられていた。
黒犬を追いたいが、
追いかけたところで、
また飛んで逃げられては、らちが明かない。
こちらも飛ぶための手段を考えなければ。
そうトロデ王が言ったとき、
「そうだ!神鳥レティスだ!」
とグラッドがひらめいた。
神鳥レティスは、
古の七賢者と共に暗黒神ラプソーンを封印したと、
この地には伝えられている。
無数の世界を旅する存在であるレティスは、
無数世界の調和を乱す暗黒神の脅威を伝えるため、
かつてこの世界へと現れた。
古の七賢者は、
レティスの声により共に戦うことを約束し、
レティスの知恵を借りてひと振りの杖を生み出し、
そしてそこに暗黒神を、
七人の血をもって封印した、
というのが、この地の伝承である。
神鳥の島と呼ばれるレティスの住処は、
断崖に囲まれ、
光の道を記す海図を得ることによってのみ、
人はその島に辿り着くことができる。
遺跡の石碑にはそう記されていた。
この遺跡を守ることが、
カッティードの系譜に与えられた使命であり、
老賢者メディが使命を果たしたが故、
今カインが知ることになったと言えるだろう。
遺跡を後にしたカインたちは、
念のために東のサヴェッラ大聖堂を訪れてみた。
今回の雪国の事件について、
サヴェッラ大聖堂でもすでに話題となっていたが、
今のところ、
黒犬レオパルドの被害は出ていない様子である。
その点はひとまず安心できたが、
しかし実際襲い掛かって来たとして、
翼を持つ黒犬を
今のカインたちが捕らえることはできない。
光の道を記す海図を探し、
神鳥レティスを頼らなければならない。
カイン:レベル33
プレイ時間:54時間22分、サヴェッラ大聖堂
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