登場人物
カイン……主人公。口数の少ない優男。元王宮兵士
ヤンガス……元山賊。カインをアニキと呼ぶ
ゼシカ……元アルバート家令嬢。猪突猛進
ククール……元マイエラ聖堂騎士団。キザ男
トロデ王……亡国の国王。呪いで魔物の姿にされている
ミーティア姫……トロデ王の娘。呪いで馬の姿にさせられている
トーポ……ネズミ
メディ……山小屋の薬師
バフ……メディの飼い犬
グラッド……オークニスの薬師
レオパルド……ハワードの愛犬。暗黒神の杖を持っている
カッティード……古の七賢者のひとり。故人
黒犬レオパルドを追って、
カイン一行はリブルアーチを北上する。
その道を塞ぐのは、
オークキング、ゴーレム、トロルといった、
大型の魔物たちであるが、
その魔物たちを簡単に蹴散らすほどに、
急にベギラゴンとマヒャドを覚えたゼシカは、
急に強かった。
レオパルドの足跡を追っていると、
やがて、隣国との国境に辿り着き、
そしてトンネルをくぐることになる。
国境の長いトンネルを抜けると雪国だった。
と、言うほどは長くない洞窟の向こうには、
銀世界が広がっている。
おとぎ話に出てくる、ロンダルキアを
思わせる風景である。
ロンダルキアには、
ひとつ目の巨人や、
三又の槍を持った牛の悪魔が棲んでいると言われるが、
この雪国にいたのは、
樹氷の竜、スノーエイプ、アイスチャイム、吹雪の魔女、
といった、馴染みのない魔物ばかりである。
はじめて見たはずの、
キラーマシンやブリザードが、
なぜか馴染みがあるような既視感さえ、
カインは抱いたものだった。
しかし、
キラーマシンの装甲が、
はぐれメタルと同じほどに硬いということもなく、
ブリザードの集団が、
出会い頭にザラキを連発するということもなかったので、
特に苦戦を強いられることもなかった。
むしろ苦戦したのは、
雪と寒さに対してであったと言える。
あまりの寒さに苛立つトロデ王と、
いつ凍死しても不思議ではないほど薄着のヤンガスの、
口喧嘩が響いて雪崩が発生し、
カインたちは生き埋めにされたのである。
カインたちが九死に一生を得たのは、
バフという名の犬に助けられたからだった。
唯一雪崩に巻き込まれずに済んだトロデ王が、
近くの山小屋へ駆け込み、
そこに住むメディという薬師の老婆に助けを求め、
そしてその飼い犬のバフが、
雪の中からカインたちを掘り起こした、
という顛末である。
さて、そんな顛末であったとしても、
命の恩人、命の恩犬に対して、
カインが最初に行うことは、
ツボとタンスを漁ることである。
小さなメダルと特薬草を
何食わぬ顔で道具袋に入れるカインは、
優男属性でありながら、
勇気スキルの他にも、
慇懃無礼スキルを隠し持っているのだ。
そのカインの所業を知った上で、
体が芯から温まる、
ヌーク草の薬湯を振舞う老薬師メディは、
とても懐の深い人物であるように思われた。
この老婆を見て、不吉にも、
「いい人ほど早く死ぬ」
という予感めいたものをカインが感じたのは、
あるいはこの時だったかもしれない。
「何から何まで世話になりますのう」
ヤンガスとは、
雪崩が起きるほどの口喧嘩をしていたトロデ王も、
老薬師に振舞われた薬湯をすすりながら、
ほっこりとした表情をしている。
ヌーク草の薬湯は、
極寒の中でも耐えられるほどの、
保温効果があるという。
若い者に日々囲まれていると、
老人同士の会話が懐かしくなるものなのか、
トロデ王は、
薬師メディがなぜこんな山小屋で暮らしているのか、
そんな質問を投げかけている。
老薬師は、その質問に、
「家の裏手に古い遺跡がありましてね」
と話しはじめた。
先祖代々守ってきた遺跡が家の裏にあり、
その遺跡を自分も見守っているが、
しかし後を継ぐ者がいないので、
末代としての役目を果たそうと、
メディ老婆はしているようだった。
子供ができなかったのか、
とカインはこの時思ったが、
そうではなかったことを
数日後に知ることとなる。
「山を下って北へ向かうと、オークニスなる町がある。犬探しはそこでしてはどうじゃな」
黒犬レオパルドの情報を求めたカインたちに、
老薬師は情報を提供した。
そして、
「もしオークニスに行くのであれば、グラッドという男に渡してほしい。おそらく薬師をしているはずじゃから」
と付け加え、布袋を差し出す。
この時のカインは、
グラッドとメディは薬師としての同業者である、
というような認識だった。
雪の町オークニスの住人で、
薬師グラッドを知らぬ者はいない。
腕利きの薬師であるグラッドは、
風邪から、疫病から、二日酔いから、
オークニスの人々を救い、
人々はグラッドに感謝し、グラッドを頼った。
グラッドは、この町を愛し、
町の人たちを愛していたので、
頼られ、救い、感謝されることを
とても嬉しく思っていたし、
それをこそ求め、それをもって満たされていた。
グラッドは数年前にオークニスにやって来て、
町長の家の地下部屋に住み込んでいるが、
それ以前の彼を
町人たちは知らなかった。
隠していたわけではなかったが、
グラッドは母親の安否を気遣い、
無用な情報を流さなかったのである。
母親の名はメディといい、
国境付近の山小屋に住んでいる。
グラッドは、
古の七賢者である大学者カッティードの末裔であるので、
おいそれと素性を明かすことができなかったのである。
カッティードの子々孫々は、
雪山の遺跡の守り人であらねばならず、
グラッドは当然、メディの次の代の、
守り人になるはずだった人物である。
しかし大学者の若き末裔は、
ただ遺跡の守り人に甘んじることを
良しとはしなかった。
母親から学んだ薬草の知識と、
カッティードの末裔ゆえの薬師の業を、
人々の役に立てたいと願ったのである。
母メディと、
言い争いになったような気もするし、
黙って背中を押されたような気もする。
そのときのグラッドは、
強い志のほうに目が向いていて、
母親のほうには向いていなかった。
かくして、
グラッドは内なる心の声に従い、
母親のもとを離れて、
オークニスに移り住むことになる。
そこから数年で、
現在の立場を築き上げたことを
グラッドは誇りに思っている。
夢を叶えることができたと、
自信を持って言える。
しかし、
それで心が晴れるということにはならなかった。
母ひとりを置いて出てきたことが、
ずっと心残りで、
後ろめたく思っていたからである。
町を離れて母に会いに行こうと、
何度か思ったこともあった。
しかし、そのたびに急患がやって来て、
薬を調合して看病せねばならず、
心残りを拭う機会は先延ばしされ続けた。
薬師としての誇りを持って仕事をしている反面、
母親に認められているかどうか、
そこには自信が持てなかった。
グラッドが町を離れることは、
たびたびあることだった。
薬を調合するために必要な薬草は、
町からやや距離のある洞窟の地下深くにしか、
生えていないからである。
その薬草園の洞窟に行くために、
グラッドは町を離れることが多かったので、
尚のこと母に会いに行く時間が取れなかったのだ。
薬草を取りに行くとき以外は、
なるべく町にいて、
町人の怪我や病気を診る必要があったからだった。
この日のグラッドも、
いつもと同じように洞窟に潜って、
薬草の調達に来ていた。
ただでさえ強い魔物が襲い来る場所であるのに、
この日に関しては、
それに加えてオオカミの群れが、
次々とグラッドに襲い掛かってくる。
賢者の末裔とはいえ、
ただの薬師が剣を振るえるわけではない。
オオカミの襲撃から逃れ逃れているうちに、
最下層、地下4階まで迷い込み、
しかも落下してきた氷柱に道を塞がれ、
脱出することができなくなった。
オオカミの難を逃れたはいいが、
ひとり凍えて、
グラッドは今まさに帰らぬ人となりかけている。
そんな中でも頭に浮かぶのは、
母親は、こんな自分をどう思っているのか、
ということであった。
もうダメだ、
と思ったときに奇跡は起きるものだと、
グラッドはこのとき知った。
氷柱に閉じ込められたはずのこの場所に、
優男と悪人面と、
キザそうな色男と、気の強そうなセクシー女が、
やって来たのである。
奇跡は、その4人がやってきたことではない。
彼らが、
母メディの薬袋を持っていたことが奇跡であった。
見覚えのある布袋に、
「キミたち!もしかしてその袋は、メディという人から預かったものじゃないのか?」
と凍えながらも饒舌になったのが、
自分でも滑稽だと、グラッドは思う。
その旅人たちが何者かわからなくても、
母親が自分を助けようとしているのだと、
何故だか自然に理解ができたし、
袋の中身がヌーク草であることも、
何故だか自然にわかっていた。
本来は煎じて薬湯にして飲むためのヌーク草を
生のまま飲み込むことには抵抗があったが、
贅沢を言っている場合でもない。
カプサイシンの塊のようなヌーク草を
グラッドは思い切って口に入れる。
文字通り、口から火が出るような、
熱さであり辛さであったが、
おかげで体も温まり、
凍死を免れるに至る。
涙も出ていたが、
辛さのためだけではない。
嬉しさや、申し訳なさや、いたたまれなさが、
相まって涙になったのだ。
母親を置いて自分だけが幸せになっているのに、
それでも母メディは自分を助けてくれる。
こうしてヌーク草を託してくれたということは、
薬師としての仕事を認めてくれたという証。
生き方を認め、命を救ってくれたのに、
しかし自分はカッティードの末裔の役目を
母親ひとりに押し付けている。
しかもヌーク草が辛くて痛い。
複雑な意味の涙であった。
「私はグラッド。キミたちのおかげで助かった」
凍えていた男は、
口から火を噴いた後にそう名乗り、
カインたちは、
グラッドをオークニスへ連れ帰ろうと洞窟を出る。
と、同時に、
オオカミの大群に囲まれることになった。
「洞窟の入り口で待ち伏せされたのか!」
グラッドが悲鳴のような声を上げる。
オオカミが待ち伏せをしたりするものなのか、
カインははじめそう疑問に思ったが、
実際、そのオオカミたちは、
何か意思があるかのように、
集中的にグラッドを狙って取り囲んでいる。
カインたちが、
飛び来るダースウルフェンたちを蹴散らしている間にも、
グラッドは、今にも噛みつかれそうになっていた。
「待て!その者ではない」
という声が聞こえたのは、そのときのことである。
「確かに賢者の血を感じるが、違う。本物は別にいるはず。真の賢者を探すのだ」
謎の声がそう言うと、
グラッドを噛み殺そうとしていたオオカミたちは、
その声に従ったのだろう、
急にグラッドへの興味を失ったかのように、
散り散りに去っていく。
グラッドが命拾いをしたのは、
2度目のことだった。
難は去った、
と簡単に思える状況では決してない。
「さっきの声、聞き覚えがあるわ。いつ聞いたのか、ボンヤリとして思い出せないけど」
とのんびりと言うゼシカに、
「そりゃラプソーンの声やがな!」
とツッコミたい気持ちをカインは抑えていた。
ボンヤリと暗黒神に操られていたときに聞いた声に、
決まっているではないか。
「賢者の血がどうとか言ってたな。ようやく黒犬の尻尾の先に手がかかったってところか」
と楽観的に言うククールに、
「賢者の喉元に黒犬の牙がかかっとるんやろがい!」
とツッコミたい気持ちをカインは抑えていた。
尻尾を掴んだまま賢者の喉を噛みちぎられでもしたら、
なんと嘆けばよいのかわからない。
カインと同じ不安を
当然ながらグラッドも抱いていた。
自分は確かに賢者の血を引いている。
しかし、本物は別にいると、謎の声は言う。
では真の賢者とは……
それほど難しい論法が必要なわけではない。
「母しかいない!」
とグラッドが目の色を変えるのは、
1ミリでも知能があれば当然のことである。
一度オークニスに戻った後、
カインたちとともに、
グラッドが母メディのもとに駆け付けようと考えるのは、
当たり前すぎる思考回路であっただろう。
ただ、
グラッドがそうだからといって、
オークニスの住人も
同じ思考回路を持つというわけではない。
こんなタイミングで急患がやって来るのも、
毎度のことなのだ。
大酒を飲んで裸で寝ていたあらくれが、
鼻水を垂らして震えながら、
グラッドを頼ってやってきたのである。
「ツバつけときゃ治る!」
と言うに言えないグラッドは、
母親の安否確認をカインに託すしかなくなった。
この急患に早くツバをつけて、
急いでカインたちの後を追わなければならない。
カイン:レベル33、オークニス
プレイ時間:53時間36分
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