登場人物
カイン……主人公。口数の少ない優男。元王宮兵士
ヤンガス……元山賊。カインをアニキと呼ぶ
ゼシカ……元アルバート家令嬢。猪突猛進
ククール……元マイエラ聖堂騎士団。キザ男
トロデ王……亡国の国王。呪いで魔物の姿にされている
ミーティア姫……トロデ王の娘。呪いで馬の姿にさせられている
トーポ……ネズミ
クラビウス……サザンビーク王
チャゴス……サザンビーク王子
ラグサット……サザンビーク大臣の子。ゼシカのフィアンセ
ドルマゲス……悪の魔法使い。トロデ王に呪いをかけた道化師
キラーパンサー友の会の会員であるカインは、
その会員特典として、
いつでもキラーパンサーの背に乗れるという、
『バウムレンの鈴』という国宝級のアイテムを手にしている。
バウムレンの鈴に呼ばれたパンサーは、
ただカインを背に乗せるのみならず、
ミーティアに代わって馬車を引いてくれもするので、
その移動速度は格段に向上する。
短距離ならばともかく、
かなりの長距離においても、
馬よりもパンサーのほうが速いとカインが知ったのは、
つい最近のことである。
そんなパンサーをいつでも呼べるその鈴は、
国宝どころか神器と呼ぶに相応しそうである。
カインたちは、
サザンビーク王子チャゴスの、
成人の証明とも呼ぶべき、王者の儀式の手助けをするため、
パンサーにまたがり、
王家の山へと向かっている。
山に生息するアルゴリザードを倒し、
アルゴンハートという宝石を得るのが目的である。
このアルゴリザードは、
絶滅が危惧される大トカゲであり、
サザンビーク王家に仕える者によって、
保護されて、細々と繁殖させられている。
それもこれも、
王者の儀式のためのことであり、
王家の山の管理人は、
王族が一人前になるための試練のために山小屋に住み、
アルゴリザードもまた、
王族が一人前の証明をするためだけに生かされている。
それなのに、
たった今現れ、
ひとりで儀式に行くと偽り、
その実、カインたちに試練を肩代わりさせようとするチャゴスは、
様々なものを冒とくしていたと言えるだろう。
言うも詮無きことであるが、
父クラビウスの教育責任にすべては集約されることである。
アルゴリザードは、
チャゴス王子に負けず劣らず、
とても臆病な性格のトカゲであり、
人間の匂いがするだけで逃げ出してしまうので、
王家の山に入る際に、
カインたちはまずトカゲの匂いを
体中にまぶさなければならなかった。
もちろん、
匂いを隠したとしても、
肉眼で目撃されては人間であることを隠せない。
アルゴリザードに近付くときは、
背後から近寄らねばならないのが大原則である。
加えて、
背後から近寄るにしても、
足音を立てて走り寄っては、
アルゴリザードが怯えて逃げてしまう。
そろりそろりと、
自分もトカゲであるような顔をして、
近付かなければならないのである。
カインたちも、そのことに気付くまでに、
ずいぶんと苦労をさせられたものである。
臆病なわりに尊大なチャゴス王子は、
カインがリザードを逃すたびに、
「そんなことで捕まえられるものか!」
「もっとうまくやれよ!」
と、離れたところから文句ばかりを言ったものである。
トカゲのごとき動きで背後から迫り、
やっと捕まえられるかと思ったところで、
走り寄って来たバトルレックスと戦闘になったこともあった。
王子と同じほどに臆病なアルゴリザードは、
トカゲ仲間のバトルレックスに驚いて、
また逃げ去ってしまう。
「さっきも言ったろ!ゆっくり近付くんだ!」
と目を吊り上げるチャゴス王子に、
「そんなことはバトルレックスに言ってください」
とは言えずに優男スマイルを見せるカインだった。
そんなチャレンジを繰り返した末、
カインはやっとのことで、
1匹のアルゴリザードを捕まえるに至った。
捕まえると戦闘に突入することになったが、
そうなると、
今度はアルゴリザードではなく、
チャゴス王子のほうが逃げ出した。
イオラを唱えながら、
それを呆れ顔でゼシカが見送る。
ある意味、予定どおりの展開だったと言えた。
執り行うべき者なき儀式の末、
カインたちは、
アルゴンハートという宝石を手に入れた。
それは、小石ほどの大きさの物であったが、
いつの間にか戻ってきていたチャゴス王子は、
「意外と小さいんだな」
と不服顔をしていた。
「アンタ何もしてないでしょう」
とゼシカは漏らす。
「小っちゃいオッサン、いつの間に!」
とヤンガスが言わなかったのは、
彼なりの忍耐あってのことかもしれなかった。
「ギロチン台に向かう死刑囚みたいだったよ。かわいそうに」
という言葉は、
サザンビークを出るときのチャゴス王子を見た、
町人の台詞であったが、
労なくしてアルゴンハートが手に入るとわかったチャゴスは、
死刑執行を遠くから指示する独裁者のごとく様子で、
「もっと大きいのが出るまで倒すとするか」
と、誰の苦労も誰の痛みも知らぬという顔をしていた。
「倒すって、誰が?」
ゼシカがそう呟きたくなる気持ちは、
チャゴス以外の全員が共有していたことだろう。
2匹目の大トカゲは、
アルゴリザードの大好物だという『ジョロの実』に、
おびき寄せられてやって来た。
またチャゴス王子は逃げ出し、
またカインたちが何事もなかったかのようにリザードを倒し、
そしてまた小石ほどのアルゴンハートを手に入れた。
「ダメだダメだ」
と、また不服を口にしたのも、
いつの間にか戻ってきていたチャゴスだった。
「大きなアルゴンハートを持ち帰りさえすれば、父上も城の者もきっと僕を見直すはずだ」
そう思っているのは本人だけだったことだろう。
いくら大きな宝石を持ち帰ったとて、
それでチャゴスが頑張ったことになろうはずもない。
宝石を取るのに努力しただろう人物が、
チャゴスではなくカインであることを、
誰よりも確信しているのがクラビウス王であるのだから。
頑張ればチャゴスにもできる、
と僅かでも思っていたのであれば、
カインに護衛を頼んだりはしないのだから。
3匹目のアルゴリザードは、
巣穴の中にいた。
「命令だ。あいつを巣穴からおびき出せ」
尊大かつ傲慢な態度で、
チャゴス王子はカインに言う。
言うだけで、
ジョロの実を探してきたのも、
その実を見て飛び出してきたリザードを倒したのも、
チャゴスではなくカインたちである。
また小石ほどのアルゴンハートが手に入り、
「これもダメだ。こんな大きさじゃ、父上たちは驚きもしないだろう」
とチャゴスは頬を膨らませた。
そう思うのは本人だけで、
仮に米粒ほどのアルゴンハートであったとしても、
「ホントに持って帰って来た!夢じゃないのか!」
と驚かれるのではないのか、
と想像しているのはククールである。
自分が戦わなくていいとなると、
チャゴスは虚栄心の化身のような有り様であった。
「もっとたくさんリザードが出てくれば、効率よく倒せて、大きなアルゴンハートを落としやすそうなのに。この僕に恐れをなして巣穴から出て来やしない」
絶滅危惧種を乱獲しようとする愚かな発言もさながら、
「ホントにおめでたい性格ね」
とゼシカに呆れられるように、
もはや憐みを寄せられるほどでもある。
ゼシカがラグサットとの結婚をやめようと考えたのは、
あるいはこのときだったかもしれない。
将来的に、
チャゴス王制のもとでの大臣夫人となってしまうようなことがあれば、
「チャゴス」と書かれた藁人形に、
毎日メラミを撃ち込まねばならなくなることだろう。
ゼシカはそれでよかったかもしれなかったが、
トロデやミーティアの悩みは深いものだった。
「おい業者、疲れたから休みにするぞ」
とトロデ王に高慢に言うチャゴス王子は、
それが将来の義父であるなどと思いもしなかっただろう。
本当にこの王子の義父になってよいものなのかと、
トロデ王は悩まずにはいられなかった。
翌朝になると、
もっと由々しき事件が起きる。
山頂でキャンプを張り、
カインが目覚めたときには、
チャゴスに背に飛び乗られたミーティアが、
暴れているところであった。
「早く歩け!ご主人様を乗せて、前へ進むんだよ!」
とチャゴスはミーティアの尻を鞭で叩いている。
これにはトロデ王も慌てふためいている様子だった。
「王子様!わしの馬は、人を乗せるようには訓練しておりませんで」
このところヤンガスが毎日気にしていることだったが、
日常的に不遜なトロデ王が、
このときばかりはカインにも不憫に見えた。
やがて、
いくら言ってもやめないチャゴス王子に、
腹に据えかねたというトロデ王が、
「ええい!やめんか、このすかぽんたんがっ!」
とチャゴス王子を罵った。
よくここまで我慢した、と、
優男カインも、トロデ王を見直したところである。
それに対し、チャゴスは、
「なんだ、その口の利き方は!」
と八つ当たりのようにミーティアの尻を強く鞭打つ。
ミーティアは、
決してじゃじゃ馬というわけではなかったが、
そこまでされては、
チャゴスを振り落とすしかなかったことだろう。
それで、
「おのれ!馬のしつけがなっていないようだな!鞭をくれてやる!」
とチャゴスが頭から耳から息を噴き出したとしても、
誰もミーティアを責めたりはしなかった。
「もう我慢ができん!」
とトロデ王が鞭とミーティアの間に割り込んだ時、
主君は腕力でチャゴスを跪かせるつもりだと、
カインは思った。
トロデ王の性格からして、
いつチャゴスに飛び掛かっても不思議ではなかったし、
むしろ、今までよく耐えていたと、
カインも感心していたところである。
しかし、
未成熟なチャゴスと違い、
トロデはそのような浅はかな行動には出なかった。
「わしの大切な馬にこれ以上ひどいことはさせん!どうしても鞭で打ちたければ、わしを打て!」
と自分の尻を出したのである。
このトロデの行いには、
カインも大いに感銘を受けた。
馬泥棒が娘を盗もうとしているのに酒を飲んでいたり、
可愛い可愛いと言いつつも馬車を引かせたり、
ミーティアのためだと言いながら自力ではなくカインに指令したりと、
今までは、親心を自分で示さなかったのだ。
ところがこのときのトロデ王は、
娘の代わりに自分の身を打たせようとしていた。
カインが仕えているのは、
こういう主君であったのだ。
であったので、
「ならば望み通りにしてやる」
とチャゴスが鞭を振り上げた時、
主君のさらに矢面に立ち、
鞭を浴びようと行動するのに、
何も躊躇う必要がなかった。
王が器を見せたのである。
兵士がその盾となるに、
何の不満があるだろう。
何の迷いがあるだろう。
王の代わりに矢を浴びることこそ、
兵士のすべき仕事であり、兵士にしかできない仕事である。
それをせずに矢が王に刺さったとき、
兵士はその存在意義を失うのだ。
カインは、
そのような愚かさとは無縁であった。
もっとも、
結果的に、チャゴスの鞭は振り下ろされなかった。
「大変でがす!」
とヤンガスが走り寄って来たからである。
ミーティアの前に立ちはだかるトロデ王の、
その前に自分の背を晒すカインの姿が、
目に入ったのか入らなかったのか、
「何があった?」
と鞭を下ろしたチャゴスはヤンガスに尋ねる。
「それが、あっしが気持ちよく野グ……お花摘みをしていたら、デカいのが出たんでがす!」
デカいノグーが出たのではなく、
デカいアルゴリザードが出たのだとカインがわかったのは、
そのトカゲの赤い巨体が目に入ったからである。
それでチャゴスも、
「それだ!行け、お前たち!」
と喜んだわけだが、
ともかく、
場を救ったのが、
ヤンガスのノグーであったのは確かだった。
こうして巨大トカゲ、アルゴングレートと戦い、
それを制して砲丸の玉ほどもある大アルゴンハートを、
カインたちは手にすることになった。
「これだ!この大きさなら、きっと父上も僕を見直すはずだ!」
だから見直さないってば。
と全員がチャゴス王子に無言のため息を吹きかけていた。
このような顛末で儀式を終えて一行がサザンビークに戻ったとき、
城下町ではちょうどバザーが開かれていた。
世界中の商人が集まり、
町中に出店するという、
この国特有の定期イベントである。
チャゴスの儀式とタイミングが揃ったのは偶然であるが、
王子はこれを自分へのご褒美と捉えたようだった。
「おい。城へ戻るのはバザーを見学した後だ」
チャゴスは嬉しそうに言って、
町の中へと走って行った。
「遠足は、家に帰るまでが遠足です」
これはトロデ―ンの国訓であったが、
ミーティアが王妃になる日が来たら、
サザンビークの国訓にも追加するよう進言しよう、
と考えたのは、
国訓を作った張本人、トロデ王その人である。
カイン:レベル27
プレイ時間:37時間53分、サザンビーク
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