登場人物
カイン……主人公。口数の少ない優男。元王宮兵士
ヤンガス……元山賊。カインをアニキと呼ぶ
ゼシカ……元アルバート家令嬢。猪突猛進
ククール……元マイエラ聖堂騎士団。キザ男
トロデ王……亡国の国王。呪いで魔物の姿にされている
ミーティア姫……トロデ王の娘。呪いで馬の姿にさせられている
トーポ……ネズミ
クラビウス……サザンビーク王
チャゴス……サザンビーク王子
ラグサット……サザンビーク大臣の子。ゼシカのフィアンセ
アローザ……ゼシカの母
ドルマゲス……悪の魔法使い。トロデ王に呪いをかけた道化師
キラーパンサー友の会に入会したカイン一味は、
その会員としての特典を活かし、
パンサーの背にまたがり、
満を持してサザンビークの城へと赴いた。
ドルマゲスを追って闇の遺跡に入るために必要な、
『魔法の鏡』が、この国の宝であるからだ。
その宝を譲ってもらうため、
という理由以外にも、
カインたちには、ここサザンビークにゆかりがあり、
それはミーティア姫の嫁ぎ先であるという縁である。
ただ、現時点では、
トロデ王やミーティア姫が人間の姿を失っていることは、
伏せておこうというのが、
トロデ王の考えであり、
城下町の入り口で、
カインにも固く口止めをしてもいた。
サザンビーク王子とミーティア姫が結婚すると定められたのは、
彼らが生まれるよりも、ずっと前のことである。
この婚約は、
両国の代々の王族の、深い愛情と深い友情が、
紡いできたロマンある恋物語に起因する。
ミーティア姫より2世代前、
トロデ王の母親がまだ王女であった時代の話である。
王女は、ひとりの若者と恋をした。
若者が、身分を隠して諸国漫遊の旅をしていたサザンビーク王子であったことは、
このときのふたりにとっては、不幸なことであった。
この時代は、
両国の関係がとても悪い時代であったのだ。
そうであったので、
忍びの旅でなければ、
そもそもサザンビーク王子がトロデ―ン王女と見える可能性など、
皆無であるはずの時代である。
ふたりはとても惹かれ合い、焦がれ合ったが、
両国の関係がそれを許さなかった。
別れ際にふたりは、このような約束を交わした。
ここで結ばれることはできないが、
将来、自分たちに子供ができたら、
子供同士を結婚させよう、と。
この約束は、すぐには叶わなかった。
王女はやがてトロデ―ンの女王に即位し、
男児を儲け、それが今のトロデ王である。
一方でサザンビーク王子も、
戴冠してサザンビーク王となり、
男児を得て、そのひとりが現王クラビウスである。
約束が叶わなかった理由は、
両国ともに、女児が誕生しなかったからであった。
しかし、
親同士の恋物語にいたく感銘を受けていた、
若かりしトロデとクラビウスは、
親の交わした約束を
自分たちの子の代で果たそうと、
誓い合ったのである。
そうしてトロデ王にはミーティア姫が生まれ、
クラビウス王にはチャゴス王子が生まれ、
祖父母の代で芽生えた愛情が、
親の代の友情で繋がり、
3世代に渡る壮大な恋物語が、
ミーティア姫の代で完結しようとしているのであった。
相手の顔も知らずに婚約を決められたミーティア姫から見れば、
政略結婚以外の何物でもなかったのだが、
ただ、このときのために、
両国の国交回復に努めてきた父や祖母を誇らしくも思っていたし、
定められた運命に背を向けようと思ったことなど、
ミーティアには一度もなかった。
ひとつの恋が二国を救うなど、
なんと素敵なことなのだろう、と、
ミーティアは幼い時から憧れて育ったのである。
そして、
婚約した当人同士よりも感慨深く思っているのが、
トロデ王であり、クラビウス王であったはずである。
彼らは、
国同士の関係を回復させた盟友でもあり、
親同士の約束に共感した同志でもある。
親に共感しすぎるあまり、
子に引き継ぐという発想に先んじて、
同姓婚を検討してしまったほどの、
BLな仲でもある。
ゆえに、
魔物になってしまった自分の顔を同志に見せられないという、
トロデ王の心苦しすぎる心境も、
仕方がないと言えば仕方のないことだった。
もちろん、
馬となったミーティア姫の姿を見せるわけにもいかない。
3世代目の夢が叶うことを心待ちにしてきたトロデ王は、
3世代目の夢が潰えることをとても恐れてもいたのである。
さて、
夢が潰えることを恐れるのは、
トロデ王だけではなかった。
サザンビーク王クラビウスもまた、
トロデ王と同じような心境で日々を過ごしていたが、
トロデ王とはまた別の、
もっと本質的な悩みを抱えていた。
ミーティア姫が馬となったのが原因で、
婚約解消されはしまいかとトロデ王が恐れるのと同じように、
チャゴス王子の問題で、
ミーティア姫の側から婚約解消を言い渡されはしまいかと、
クラビウス王は、頭を抱えていたのである。
本質的、というのは、
チャゴス王子の性質そのものが、
壮大な恋物語の結末に相応しからぬものだったからだ。
チャゴス王子は、
尊大で、臆病で、優柔不断で、無責任だった。
容姿に関しては、
ミーティア姫の度量を100%信じるしかない、
とクラビウス王は思い、
今さらどうにもできぬと諦めてもいたし、
性格的な問題と比べれば大したことではないと、
問題を小さく見積もってもいた。
とはいえ、
チャゴス王子の肖像画を描く宮廷画家には、
実物よりも美少年に描くようにと命じたし、
頭身を頭3つ分ほど盛らせるという姑息なことも、
親バカであるとわかりながらも止められずにいたのが、
悩ましきクラビウス王である。
サザンビーク王家には、
王者の儀式というしきたりがあった。
これは、王家の山に住むアルゴリザードというトカゲを倒し、
隠し持つ宝石を持ち帰ってくるという試練であり、
サザンビーク王族にとっては成人の儀とも言えるものであった。
当然、チャゴス王子も、
この儀式を完了させ、
いずれはサザンビーク王とならねばならぬ身であるのだが、
臆病なチャゴス王子は、
この儀式から逃げ回ってばかりいた。
ある時は、
カーテンを繋いでロープにし、窓から脱出を図り、
またある時は、
タルに身を隠して城から逃げ出そうとした。
その臆病ぶりは徹底していて、
身を隠すタルを
移動するときに足を出せるようにあらかじめ改造していたりと、
別の才能を開花させていたほどである。
逃げ足の速さははぐれメタル並みだと兵士たちにも言われ、
逃げ出したという事実に対して、
もはや誰も驚かなくなってしまっていた。
そのような王子の性格や言動に、
父王クラビウスは頭を抱えていたのである。
この悩みは、
あるいはトロデ王よりも根深いものであっただろう。
馬の呪いさえ解ければ、
ミーティア姫は、どこに出しても恥ずかしくないと、
トロデ王は自信を持っている。
クラビウス王は、
このような自信とは無縁であり、
盟友のトロデ王や、王子妃となるミーティア姫に、
気後れするばかりであった。
せめてチャゴス王子が自分で気後れするだけの、
気概を持ってくれれば、
と叶わぬ望みをクラビウス王は噛み締める。
3世代の恋物語の結末が、
尊大なだけで何もできない臆病王子と、
呪われた馬姫の結婚となったとすれば、
式場で皆が流す涙は、憐みの色となることだろう。
涙を喜びの色に染めたい一心で、
互いの事情を知らないながらに、
クラビウス王はチャゴス王子に儀式を受けさせようとし、
トロデ王はミーティア姫の呪いを解くべく、
ドルマゲスを追っているのである。
ハッピーエンド以外の結末があっていいはずがない。
物語が紡がれた期間の長さが常軌を逸するだけに、
バッドエンドとなったときの落胆となれば、
常軌を逸するどころでは済まないことだろう。
そんな折であったので、
カインたちがサザンビーク王に謁見し、
魔法の鏡を譲ってくれるように頼むと、
クラビウスは無下には断れなかった。
「こちらの頼みを聞いてくれれば、鏡はくれてやろう」
と、とんとん拍子で話は進んだ。
クラビウス王の頼みというのは、
王者の儀式に出るチャゴス王子の護衛だった。
クラビウス王としては、
やむにやまれぬ状況であり、切羽詰まった状況でもある。
このタイミングでカインがやって来たことは、
棚から牡丹餅のようにも思えた。
まず、チャゴス王子を送り出すこと自体も難しいが、
仮に送り出せたとして、
チャゴス王子が生きて帰って来られるか、
という問題がある。
儀式は、王子ひとりで行うのがしきたりであり、
クラビウスも、自力で乗り越えた試練ではあるのだが、
チャゴス王子がひとりで達成できるとは到底思えない。
いくら親バカでも思えない。
1mmたりとも信じることができない。
しかし、王族のメンツを立たせたいがゆえに、
兵士を護衛につけさせることができない。
権限だけの話ならば、
クラビウス王には、古いしきたりを廃止する権限だってある。
しかし、そんなことをすれば、
チャゴス王子が儀式を完遂できないと国中に周知するようなもの。
息子を危険に晒したくはないが、
息子が無能であると国民に思われたくもない。
ないものねだりの最中に、
腕の立ちそうな旅人が訪ねてきたのは、
クラビウスとしては天啓を受けたような気分になったものだった。
秘密裏に護衛をつけて、
表向きは、チャゴスひとりで出発したことにしよう、
とクラビウスは考えたのである。
天啓だと思ったのは、
渡りに船のようなタイミングのことだけではなかった。
カインの姿が、
クラビウスの知る者とよく似ていたのだ。
「いや、他人の空似だ」
とクラビウスは自分に言い聞かせるが、
それもあって初対面のカインを信用したということもある。
魔法の鏡はサザンビークの国宝であったが、
チャゴス王子が肩書だけでも1人前になれるのならば、
国宝の1つぐらいは惜しくもなんともない、
とクラビウスは考え、
カインたちに護衛の依頼をしたのだった。
ところが、
カインたちが承諾しても、
チャゴス王子は承諾しなかった。
その話を伝え聞くや、
倉庫に走り込んで、
「ここから絶対に出ない!無理にドアを開けたりしたら、舌を噛み切るからな!」
と鍵を閉めて立てこもったのである。
そもそも、
チャゴス王子が儀式を避ける理由は、
トカゲ嫌いであったからであり、
アルゴリザードとは戦えるはずもないからであった。
しかし、
逃げ込んだ倉庫が、不幸なことにトカゲのよく出る倉庫であり、
3日間は籠城するつもりでいたチャゴス王子は、
短い時間の後、
哀れにも目を剥いて叫びながら自ら倉庫を飛び出すこととなる。
そこを兵士に捕えられ、
まるで囚人のようにして、
クラビウス王の前に連れて行かれることになったのが、
二重にも三重にも哀れであった。
ここでカインは、
はじめてチャゴス王子と顔を合わせることになる。
肖像画では7頭身のスマートで凛々しく聡明そうな美少年であったが、
実物は、タルに隠れるというよりも、タルそのものであるような、
ビール好きの中年のような体型であり、
目つきは悪く、凛々しさも聡明さも、かけらも感じられない。
黄金色の口髭を生やす、威厳ある立ち振る舞いのクラビウス王の、
子供だというのが信じられないような佇まいである。
「儀式を済ませねばミーティア姫と結婚できぬぞ」
儀式を嫌がるチャゴス王子にクラビウス王は言うが、
王子のほうは、
「別に結婚などは……」
と、乗り気を見せない。
若かりしクラビウスとは違い、
チャゴス王子は、
壮大な恋物語に興味を示していない様子である。
それでも何とか王子の気を引きたいクラビウス王は、
「ミーティア姫は、そこのおなごよりも、ぼんきゅっぼん!だと聞くぞ」
とゼシカを指差した。
「ちょっと!わたしをダシにしないでよね!」
ゼシカは口を尖らせたが、
それでチャゴス王子がやる気を見せたのは、
このときゼシカがバニースーツを着ていたのが、
功を奏した結果かもしれない。
「うーん。行ってみようかなぁ。あ。でも、やっぱりどうしようかなぁ」
という、
国を任せるには頼りなさすぎるチャゴス王子の、
後半の言葉は耳に入らないような顔で、クラビウス王は、
「おお!行くと申すか!よし、大臣。チャゴスをさっそく送り出せ」
と有無を言わさずにチャゴスをまくし立てる。
「さもひとりで行ったように見せかけるためにも、兵士を連れて行き、門の前で見送らせろ」
という姑息な企みは、
半分はクラビウス王の心の叫びであったことだろう。
こうしてチャゴス王子はひとりで城を出た後、
カインたちの馬車に隠れるように乗り込み、
そうとは知らずにフィアンセに馬車を引かせて、
試練に向かうのであった。
フィアンセと言えば、
チャゴス王子に悩まされるひとりであるサザンビーク大臣の、
息子のラグサットは、
ゼシカのフィアンセでもある。
ラグサットは、
地方の視察という名目と、
フィアンセの家に挨拶に行くという名目を合わせ、
リーザスの村を訪問していたのだが、
当のゼシカが家を飛び出して以来、
会わず終いになっていた。
その後、ラグサットはリーザス村を後にしたが、
サザンビークの自宅には戻っていない様子である。
地方視察というのが、
城勤めから逃れるための言い訳であったことが、
父親に見抜かれ、勘当されてしまったと、
もっぱらの噂である。
かく言うゼシカも、
母アローザから一度は勘当された身であるので、
ある意味似たもの同士であるのかもしれない。
王の子が王になるのは当然であっても、
大臣の子が大臣になるとは限らないのだが、
将来的にラグサットが、王となったチャゴスに仕える大臣になる、
という未来図は、
無きにしもあらず、といったところだろう。
そのときに、ゼシカが大臣夫人になっているであろうことも、
フィアンセという関係上、
当然あるべき未来図である。
そして、そのときチャゴス王の隣にいるのは、
ミーティア王妃ということになるのが、
現時点で最もありうべき状況と言える。
数ある可能性のひとつとして、
そのとき、国を失ったトロデ王は、
王父なり上皇なりの肩書で、
サザンビークに居候をする身にならないとも言い切れない。
つまり、
ミーティアは当然ながら、
トロデもゼシカも、
チャゴス王子の護衛は、
他人事ではない事情なのである。
一方で、ククールはと言うと、
どちらかというと、
それを阻止する側の立場とも言える。
ラグサットではなく、
自分がゼシカを守ろうと、
一応は考えているからである。
そしてカインは、と言うと…………
この時点で、
カインがこの国にどう関係するのかを
僅かながらにでも想像ができた者は、
サザンビーク王クラビウスを除いて誰もいない。
カイン:レベル27、サザンビーク
プレイ時間:36時間57分
【続きを読む】
【前に戻る】
【はじめから読む】
![]() |
ドラゴンクエストVIII 空と海と大地と呪われし姫君
6,458円
Amazon |