17歳をとうに過ぎてはいるにもかかわらず、
バラモスが動かないのをいいことに、
かいんはまだバハラタにいた。
それは、
かいんがオルテガを追う気持ちの、
張りつめた糸がぷっつりと切れたわけでも、
カンダタに2度騙されたショックでもなく、
あべるの商人魂ゆえのことであった。
将来的に自分の店を持ちたいあべるは、
黒胡椒屋を経営するグプタの手伝いをしていた。
かつてこの黒胡椒屋は、
タニアという女性の祖父が経営していた。
ところが、カンダタという西からやってきた盗賊に、
孫娘タニアをさらわれたショックから、
老人は黒胡椒屋を休業し頭を悩ませた。
タニアの婚約者のグプタが、
カンダタを追って飛び出してしまったことにも頭を悩ませた。
それを解決したのがかいん一行。
紆余曲折あったものの、
かいんは見事カンダタを成敗し、
タニアとグプタを救い出した。
老人が胡椒屋を再開しようとした折りに、
グプタが店を手伝うことを申し出た。
そこで、老人は、
手伝うよりは、むしろ店を任せたいと言い、
グプタに店を譲り、
商売の手ほどきをした。
その様子を見ていたあべるは、
グプタとともに老人に商売を習い、
胡椒屋を譲り受けたグプタの手伝いをすることとなった。
しかし、それももう1年前の話。
1年経つ間に、
婚約していたふたりは結婚し、
グプタは立派な夫、立派な主、立派な経営者になっていた。
立派な経営者になっているのであるが、
手伝っているあべるには、少々物足りなかった。
なぜならあべるは、
客を集め、
店を大きくし、
町を発展させたいと思っていたからであった。
ところがグプタは、
従来の客にこそ良くするものの、
新しい客を見つけることなく、
いつまで経っても細々と営業を続けた。
これはなにも、
グプタに商才がなかったわけではなく、
グプタもタニアも祖父も、
この細々とした生活が好きで、
こののんびりとした町が好きだったからであった。
店を大きくして忙しい商売をすることも望まず、
町を発展させて国際都市にすることも望まず、
ただ川を眺めながら、
のんびりと暮していきたい、と思っているだけだった。
自分の店ではないとは言え、
1年も働けば、
自分でも十分店を経営する自信が、あべるにもできた。
こうして、あべるは、
黒胡椒屋に別れを告げ、
お礼に1本のビン詰め黒胡椒をもらい、
かいんのもとへと戻った。
長らくお待たせしました。
1年という期間を待っていただいて感謝します。
この1年、
かいんさんは毎日、
聖ガンジスに浸かっていましたね。
熱い日も寒い日も1年中川に浸かって、
それで風邪をひかないというのは、
いったいどういうことなのでしょうか。
高いところが好きだったり、
ハサミも使いようだったり、
休み休み言えと怒鳴られたりするようですが、
いや、失礼。
失言でした。
水遊びをしているわけじゃない。
体を清めていたのですよね。
決して水遊びではないはずです。
断じて違いますよね、かいんさん?
と、心の中でだけつぶやいたあべるだった。
声にするとカンジ悪い人になってしまうので。
少し前にあだむに似たようなこと言ったら、
なんかあだむが落ち込んでたので。
さて、あだむといぶは、
この1年の間に情報収集をして、
日々イメージトレーニングをしていた。
何のイメージトレーニングか。
それは転職後の戦い方。
ここバハラタで得た情報の中にこういうものがあった。
北の山奥にダーマの神殿があり、
その神殿の神官に認めてもらえば、
職業を変えることができるというのである。
まだ未熟であるとは言え、
先々の技能の習得の道筋を考えておくのも悪からぬことだろうと、
ふたりとも考えたからであった。
いぶは以前から武闘派の職業に就きたいと思っていた。
そもそも、いぶがルイーダの酒場にいたのも、
打たれ弱い魔法使いではひとり旅ができないから、
という理由だった。
仲間がいなければ、ひとりでは旅立てないから、
であった。
逆に、
もし戦士や武闘家であったならば、
かいんが酒場に来るよりも前に、
ひとりで旅に出ているはずだった。
いぶは、
自分が魔法使いであることを残念に思ったこともあったが、
今やかいんたちと冒険していることが楽しくてしょうがない。
もちろん転職するとすれば武闘派になるつもりではあるが、
それでひとり旅をしようとすることは考えておらず、
剣や拳でかいんの助けとなりたいと思うようになった。
そして、あだむと情報交換、意見交換をしながら、
イメージトレーニングを続けるのだった。
あだむがかいんの仲間になったのは、
かいんが歴戦の戦士を求めたからだった。
そして、実戦経験がないにもかかわらず、
かいんの仲間になるのに立候補し、
晴れて今の仲間たちと冒険をしている。
歴戦の戦士。
ある意味、それはあだむが臨んだ姿であるのだが、
常々いぶの戦い方を見ているうちに、
自分も魔法が使いたいと思うようになってきた。
確かにあだむの攻撃は強力だった。
しかし、いぶがメラミを唱えれば、
あだむの攻撃など取るに足らないものであった。
確かにあだむの剣は硬い鎧も甲羅も貫いた。
しかし、いぶのどくばりは、
鎧にも甲羅にも傷をつけずに一撃で敵を倒してのけた。
あだむが1匹の敵を倒している間に、
いぶのベギラマは3匹の敵を同時に灰にした。
ときには仲間の守備力を上げ、
ときには敵の素早さを下げ、
機転を利かせて薬草を使い、
魔力が尽きてもまどうしの杖を振る。
あだむの攻撃一辺倒とは違って、
非常に知的な戦い方だった。
そんないぶの戦い方に、あだむは羨ましさを覚えていた。
先日あべるにこんなことを言われた。
あだむさんのおおばさみは強力ですね、と。
すごくお似合いですよ、と。
あだむさんは賢さが14ですか、と。
あだむさんとハサミは使いようですね、ハハハ、と。
あだむには、このあべるの言葉の意味がわからなかった。
しかし、バカにされていることだけはわかった。
バカにされているはずなのにその意味がわからないなんて、
オレは馬鹿なのか。
言葉の意味がわからないオレは馬鹿なのか。
奇しくも、理解できないあだむに、
あべるの言いたいことが正しく伝わったわけではあるが、
以前から感じていた劣等感があだむの中で膨れ上がり、
魔法が使える賢い職業に憧れるようになった。
そして、いぶと情報交換、意見交換をしながら、
イメージトレーニングを続けるのだった。
まるで4人がバラバラに行動していたようではあるが、
実際は4人とも同じ宿屋に泊っていた。1年間も。
だから毎日会っていた。
毎日会っているのに、
朝になると、各人バラバラの場所に行き、
各々の日々を送っていた。
そんな折に、
あべるの商人修行が終わったわけで、
4人は晴れてダーマを目指した。
黒胡椒をポルトガ王に持って行ったほうがいい気もするものの、
東で見聞したことを教えてほしい、
というのがポルトガ王の頼みだったし、
まだ東の果てに来たわけでもなく、
まだまだ東の方角に進めるわけで、
急いでポルトガに戻る必要もないと考え、
かいんはダーマへと足を進めた。
ダーマ自体はバハラタの北の方角なのであるが、
東に行こうとすると、
一旦ダーマを経由しないといけないようだった。
まだまだポルトガ王に会いに戻るには時間がかかるだろうけど、
大陸横断してるんだから、
1年ぐらい経ったって別に遅くないよね、とかいん。
かくして、
ダーマを経由してさらに東へ行こうとする一行であったが、
ダーマのすぐそばの塔に登ってみたところ、
悟りの書、というものを発見した。
かいんが悟りの書を手にできたのは、偶然の産物だった。
塔の途中の、フロアとフロアを繋ぐ細いロープを渡っているときに、
空からスカイドラゴンに襲われ、
足を踏み外して落下したのだが、
ちょうど落下地点に宝箱があって、
そこに悟りの書が入っていた。
偶然の産物。
いや、
4人がかりでロープを渡っているときに足を踏み外したのだから、
まったく偶然ではない。必然だった。
そういうわけで、
必然的に悟りの書を手に入れることとなった一行。
悟りたくてしょうがないあだむに書を渡し、
4人は東へ向かう。
東へ東へ。北へ北へ。
大陸を横断し終えて、さらに北上したところに、
最果ての村ムオルはあった。
そして、この村は、
かいんにとって重要な意味を持つ村であった。
かいん(勇者・男):レベル17、HP135
あだむ(戦士・男):レベル18、HP150
あべる(商人・男):レベル19、HP136
いぶ(魔法使い・女):レベル17、HP83

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