黒胡椒を欲するのは、
バハラタへの道を開いてくれたポルトガ王に対する感謝の意から。
いや、一応交換条件であったような気がするかいんだったが、
それは、胡椒屋が普通に商売をしている場合の話であって、
緊急事態で店を閉めている今となっては、
ポルトガ王との約束を果たせそうにもない。
そもそも、ポルトガ王との取り引きは、
東で見聞してきたことを報告せよ、とのことであったので、
今、ポルトガに戻って、
東の国は、誘拐事件などが起こる危険な場所でした、
と報告すれば、十分なのではないかと、かいんは思った。
後は、バラモス探しに専念すればいいだろう、とかいんは思った。
そう考えながら、ふと閃いたことがあった。
もしかして、誘拐犯こそがバラモスではないだろうか。
だとすれば、この事件を解決すれば、
ポルトガ王に、ここでの事を報告すればいいし、
晴れてアリアハンに凱旋して王に報告すればいい。
そう考えたかいんは、誘拐事件の目撃情報を探した。
そして、有力な情報に辿り着いたときに、かいんは気付いた。
自分は、バラモスの姿を知らないので、
犯人の情報をバラモスと照合することができないことに。
しかし、犯人の身なりを聞くにつれて、
バラモスではないある人物像に、かいんは思い当ることになる。
犯人がバラモスかどうかはわからない。
でも、犯人の身なりに、僕は心当たりがある。
かいんは、自分が知っているその人物のことを思い浮かべた。
そして、残念な気持ちになった。
残念な気持ちを抑えて、かいんはもう一度考え直した。
まだ犯人だと決まったわけじゃない。
会って確かめる必要がある。
もうすぐだ。
もうすぐ会えるよ。
・・・父さん。
カンダタは夢を見ていた。
それは、自分が死んだ後の夢。
悪人のカンダタは、当然死後には地獄に行くことになるのだが、
蓮の池から地獄を見下ろしていたお釈迦様が、
カンダタに1本のクモの糸を差し伸べて来るのである。
カンダタは、この糸を伝っていけば、天国に行けると思い、
糸を登り始めた。
ところが、カンダタの後について、地獄の亡者たちが、
同じ糸を登って来ようとしているのである。
カンダタは糸が切れることを恐れ、
後に続く亡者を蹴落とそうとした。
その瞬間、クモの糸はぷっつり切れて、
カンダタはもとの地獄へと墜落した。
墜落しながら、手足をばたつかせるカンダタに、
クモの糸がまとわりついた。
ばたつくうちに、クモの糸はカンダタを雁字搦めにし、
カンダタは、身動きが取れず、受け身も取れず、
地獄へと真っ逆さまに・・・。
ドスン。
椅子から落ちたカンダタは、その衝撃で目を覚ました。
夢、か。
イヤな夢だった。
カンダタは悪い寝汗をかいていた。
ここは、カンダタのアジト。
タニアを誘拐し、それを助けに来たグプタを捕えたカンダタ。
生け捕りにした2人をどうするか、
カンダタはまだ決めていなかった。
ここで殺すことも考えた。
しかし、わざわざアジトに連れ帰ってから殺すなんてのは、
ちょっと利口なやりくちとは言えない。
殺すなら、バハラタで殺すべきだったし、
誘拐したなら、身代金を巻き上げるべきだし、
その前に、だいたい何の目的で誘拐したんだったっけな?
泥棒業界での名を上げたかった、と言えばそれもあるのだが、
とりわけ、バハラタでタニアを誘拐したのは、
カンダタ自身にも、理由のわからないことであった。
かいんは、悩んでいた。
アッサラームあたりで、情報が途切れた父オルテガと、
今出会おうとしているかもしれない、という気持ちからだった。
犯人と決まったわけじゃない、と思いながら、
犯人かもしれないとも思う。
もうすぐ会える、と思いながら、なかなか足が進まないでいる。
かいんは、よくよく考えた。
もし仮に。
もし仮に父さんが誘拐犯だと仮定してみよう。
そうだとしたら、何か理由があるはずなんだ。
そう、例えば、
タニアはグプタと結婚することを望んでいなかった。
だから、父さんはグプタからタニアを盗み出したんだ。
そう考えたときに、矛盾することはあるか。
かいんは、今までのことを思い返した。
かいんが知っている事実は、
タニアがさらわれたというグプタの証言と、
グプタを心配する老人のことだけだった。
グプタと老人が口裏を合わせれば、
人のいい冒険者を騙すこともできたろう。
でも、僕がオルテガの息子だということまでは、
考えが及ばなかったに違いない。
僕でなかったら、危うく、
正義感から、オルテガを討とうとしたかもしれない。
僕でよかった。
この依頼を受けたのが僕で、本当によかった。
ほっと胸を撫で下ろしたかいんだったが、
次の瞬間には、さらに恐ろしい仮説に辿り着いた。
オルテガを討伐させようと考える存在とは何か。
それこそバラモスなのではないのか。
はじめ、僕は誘拐犯がバラモスの可能性を考えた。
しかし、真実は逆で、
誘拐犯がオルテガで、依頼人の老人がバラモスなのかもしれない。
かいんは悩んだ。
もし老人がバラモスならば、今すぐに討つべきだ。
でも、それは仮説の上に乗りかかる仮説の話で、何の確証もない。
では、証拠はどこにあるだろう。
それこそ、父オルテガが握っているかもしれない。
そう考えたかいんは、
あれほど尻込みしていたはずなのに、
すぐに盗賊のアジトへと足を向けた。
盗賊のアジトには、盗賊の手下が見張りをしていた。
かいんは、見張り番に声を掛けた。
「なんだ?お頭の仲間になりたいのか?」
見張り番は、そうかいんに訪ねた。
仲間になりたい・・のか・・、僕は?
父さんに会って話がしたい。
真相が知りたい。
でも、それと仲間になることとは違うような気もする。
かいんは、見張り番の質問に否定の言葉を返した。
見張り番は、かいんの応対を敵意と見なし、
かいんに襲い掛かる。
かいんは、その攻撃を簡単に凌ぎ、
降りかかる火の粉たちを払い、一掃した。
一掃した見張り番たちの奥に進み、
囚われのタニアとグプタを発見するかいん。
かいんは、少し混乱していた。
なぜなら、かいんは、
グプタと老人バラモスがグルだという仮説を立てていたのだから。
グプタが捕えられているということは、
かいんの仮説が間違っていることを示していた。
しかも、会ってみてわかったのだが、
タニアはグプタとの結婚を拒否してなどいなかった。
かいんは、ここに来て、また頭を抱えた。
じゃあ、なんでこんなことしたんだ、父さん!
僕は、父さんを討たねばならないのか!
かいんが頭を抱えているところへ、
カンダタが帰ってきた。
カンダタはかいんを見て驚きながら憤った。
「またお前たちか!今度こそやっつけてやる!」
かいんは、ふり返り、カンダタを直視した。
鈍い鈍いかいんも、ようやく事実を察した。
カンダタ・・・。
また騙したのか、カンダタ。
また父さんのフリをして僕を騙したのか、カンダタ!
かいんの怒りは尋常ではなかった。
襲い掛かるカンダタと、いきり立つかいん。
因縁の対決は、こうして幕を開けたが、
勝敗は、意外なところで決着した。
それは、あべるがカンダタに向かって投げた、
まだらクモ糸だった。
あべるからしてみたら、
カンダタの素早さを少しでも下げたい、
というくらいの考えでしかなかった。
事実、まだらクモ糸は、
カンダタの素早さを絡め取るには至らなかった。
しかし、カンダタは、このクモ糸を見てパニックになった。
それは、つい先日見た夢を思い出したからであった。
クモの糸に雁字搦めにされて、地獄に落ちる夢。
それを思い出したカンダタは、
もはや戦い続けることなどできなかった。
「悪かった!もう悪いことはしねぇ!だから許してくれ!」
カンダタは手をついてかいんに許しを請うた。
かいんに謝りながら、
かいんの向こう側に見たお釈迦様に許しを請うていた。
だが、怒りの収まらないかいんは、もちろん許したりしない。
「もうこれっきりにするから。なっ、なっ!」
カンダタは、武器を手放し、かいんに平謝りした。
かいんは、そんなことをされても許すつもりはない。
「もうこれっきりにするから。なっ、なっ!」
カンダタは、何度も頭を下げた。
しかし、かいんは信じなかった。
当たり前だった。
前回、同じ方法で逃げられたのだから。
かいんは、抵抗を諦めたカンダタに、剣を振り上げた。
勇者オルテガを貶めた罰だ!
僕を騙した罰だ!
カンダタは追い詰められていた。
オルテガを貶めるつもりもなければ、
かいんを騙すつもりもなかった。
しかし、そう釈明したところで、
かいんが納得しないこともわかっていた。
もう一度同じ台詞を言ったら、
オルテガを貶めるつもりだったことと、
かいんを騙すつもりだったことを認めることになってしまう。
それでも、カンダタには、同じ台詞しか言えなかった。
「もうこれっきりにするから。なっ、なっ!」
かいんが剣を振り降ろそうとしたとき、
あだむが、かいんの肩をポンと叩いた。
自分を騙した罰、というのは、
勇者らしくない発想じゃないか?
あだむは、かいんをそうなだめた。
替わりに、カンダタを見て、顎で出口を差した。
「もう行け」という意味だった。
カンダタが去った後も、なお立ち尽くすかいんに、
あだむはまた声を掛ける。
これで親父さんが死んでいるって決まったわけじゃないさ。
かいんの怒りが、
父オルテガが生きていると思ってぬか喜びしたことに、
端を発していることを見抜いての言葉だった。
父は死んでしまったと思っていた。
でも、生きている可能性だってあることを考えていた。
そんな父に会えるチャンスが巡って来ようとした。
でも、会ってみたら、それは父ではなく、姿の似た別人だった。
会えると思った父に会えなかった。
父が生きていると思う微かな望みを断ち切られた気がした。
だから、かいんは激情した。
カンダタが罪人だから、トドメを刺そうとしたわけではなかった。
自分が勇者だから、悪を滅しようとしたわけではなかった。
父への想いが強すぎて、
その希望が叶わなかったことが悔しすぎて、
この怒りを誰かにぶつけたい、という思いが募って、
たまたま、そのターゲットがカンダタだっただけにすぎない。
あだむが見抜いていたのは、そういうことだった。
あだむは、かいんのこの複雑な心境を共有することで、
かいんが少しでも気を楽にできるように努めた。
そして、あだむも勇者オルテガの無事を信じた。
それは、かいんと思いをひとつにするために重要なことだと、
あだむが思ったからだった。
こうして、タニアとグプタを救ったかいん一同。
複雑な気持ちを乗り越えて、バハラタへと戻るのだった。
かいん(勇者・男):レベル15、HP121
あだむ(戦士・男):レベル17、HP136
あべる(商人・男):レベル18、HP128
いぶ(魔法使い・女):レベル16、HP77

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