王として、城を散歩している間に、
こんな話を聞いた。
ノアニールを救ってください、と。
ノアニールは、カザーブのすぐそばにある町。
不思議なもので、
ロマリアに、ノアニールを救ってほしいと思う人がいるのに、
カザーブでは、
ノアニールの存在など知られていないかのようだった。
ノアニールは眠りの町だった。
町の人々は、立ったまま寝ていた。
この状況を見て、今度こそバラモスの仕業だと、
かいんは思った。
かいんの想像はこうだった。
バラモスが、お化けキノコを集結させ、
一斉に甘い息を吐かせて町を襲撃する。
甘い息の効果は、すぐに消えてしまうので、
度々、お化けキノコを集結させる必要がある。
そのとき、もしかしたら、
バラモスがノアニールにやってくるかもしれない。
かいんは、そうなった場合の作戦を考えていたが、
このかいんの想像は、すぐに霧のように散った。
あべるが否定するまでもなく、
ノアニールで唯一起きている老人が、
エルフの仕業だと教えてくれたので。
老人の話によると、
ノアニールのある青年が、
エルフの村長の娘と駆け落ちして、
夢見るルビーをエルフの村から持ち出したことで、
エルフの怒りを買って、眠りの呪いをかけられた、
ということだった。
情報の裏をとるために、エルフの村へ行ってみたが、
エルフの村長は、娘のアンが、人間に騙されて、
村の至宝夢見るルビーを持ち出したのだと考えていた。
これを聞いて、かいんはよくわからない。
騙されたのだとしたら、
今はもう人間の青年とは一緒にいないはずで、
だとしたら、
今頃エルフの村に帰ってきているはずではないか。
逆に、今、帰ってきていないということは、
今でも、人間の青年と一緒にいるわけで、
うまくやっている、ということではないのか。
騙されたのだと思う根拠が、
非常に乏しく思えるかいんだった。
要は、アンを連れ戻せばいいのだろうか。
しかし、うまくやっている2人の仲を引き裂くことは、
気の滅入る頼まれ事。
2人とも連れてきて、うまくやっていることを証明すれば、
それが一番の解決方法かもしれない。
いや、そもそも、村長が怒っているのは、
アンを連れ去られたからなのか、
夢見るルビーを持ち去られたからなのか。
かいんには、後者であるように思えてならない。
では、なぜ、アンは夢見るルビーを持ち出したのか。
駆け落ちするだけならば、
ルビーは特に必要ないはずである。
思うに、それは、アンのささやかな抵抗であったのではないか。
どうしても人間を受け入れようとしない母親への抵抗。
そんな気持ちがあったのかもしれない。
かいんはそう思った。
いずれにしても、アンと青年の2人を連れてきて、
アンの手から、夢見るルビーを返すことでしか、
事態は解決できないように、かいんには思えた。
ところが、アンを探すうちに、
かいんは最悪の結末を知ることになる。
アンと青年は、洞窟の奥で、
夢見るルビーを残して、身投げしていたのである。
かいんが見つけたとき、
夢見るルビーと一緒に、置き手紙があった。
この世で結ばれぬ仲ならば、せめてあの世で。
手紙には、そう綴ってあった。
かいんは、手を合わせて深々と頭を下げはしたが、
どうして、こういう結末を選んだのかが理解できなかった。
駆け落ちは成功していたではないか。
身投げする理由などないではないか。
苦々しい気分のまま、
かいんはルビーを拾い、またエルフの村を目指す。
かいんは気が重かった。
アンがすでに亡き人になっていたことを
母親にどう伝えればいいのか。
娘を死に至らしめた原因を作った人間を
あの母親は、より憎んでしまうのではないか。
なにより、自分も人間である。
このままでは、
自分たちも呪いで眠らされてしまうのではないか、
とも考えた。
しかし、そんな心配は、無用の心配であったことが、
母親に会ってわかった。
村長は、ルビーが戻ったことを単純に喜び、
呪いを解く、目覚めの粉をかいんに渡した。
また、アンが死んでしまったことは、
自分のせいだと反省した。
人間にとばっちりが行かなくて、かいんは安心した。
そもそも、青年を呪うならまだしも、
ノアニールの村を呪うということ自体、
ひどいとばっちりだったわけではあるが。
かいんは、こうも思った。
この村長は、人間不信であるにも関わらず、
人間である僕の言うことをすんなり聞き入れたわけで、
騙されやすいのは、アンではなくて、
母親のほうなんだろう、と。
娘の死をそう簡単に信じる親がどこにいる、とも。
しかし、
これで晴れてノアニールを眠りの呪縛から解くことができる。
とはいえ、何年も眠っていた町。
最新の情報は聞けそうにない。
事実、眠りから覚めた人々の情報は古かったが、
気になることを聞くことができた。
父オルテガが、かつてこの町に立ち寄ったという話。
オルテガは、魔法の鍵を求めて、
アッサラームへ向かったという。
しかし、オルテガが旅立ったのは10年以上も前のこと。
オルテガの後を追っても、
もう、魔法の鍵は残っていないかもしれない。
そして、オルテガに追いつくこともできない。
父は、もう死んでしまったのだから。
そう思ったとき、
かいんは、先刻の自分の気持ちを思い出した。
『娘の死をそう簡単に信じる親がどこにいる』。
確かに、エルフの村長に対してそう思った。
しかし、自分はどうか。
父の死を簡単に信じているではないか。
目撃者の話も聞いていない、
遺体に対面してもいない。
確かに音信不通にはなったけど、
父オルテガが死んでいる証拠など、ひとつもない。
だから、オルテガの情報を辿っていけば、
いずれオルテガにたどり着く。
もし、オルテガがすでに死んでいた場合でも、
父が生前どんな町を訪れたのか、
どんな旅をしたのか、僕は知りたい。
そして、かいんは、アッサラームへと進路を向けた。
オルテガにたどり着いたとき、
それが、生きていようと死んでいようと、
僕は、その状況を受け止めるつもりだ。
かいんは力強くそう思ったが、
死ぬ瞬間に立ち会う可能性など、
かいんが、この時点で想像できうるはずもなかった。
かいん(勇者・男):レベル11、HP82
あだむ(戦士・男):レベル12、HP87
あべる(商人・男):レベル13、HP98
いぶ(魔法使い・女):レベル11、HP47

にほんブログ村