(前稿は、携帯からPCに写真データを移し貼り付けるのに手間取り、書くのに半日がかりであった。以下その続き。)
さて、小屋からいきなり急下降が始まり、30メートルほど下りたところでもう脚がだるくがくがくとし始め、一歩一歩がすでに覚束ない感じがする。このとき、このままあと400メートルの高度差(垂直に近いところの連続で)を無事に下りられるのか、今までで初めて本当に不安になった。が、恐怖というより、このまま終わりになっても、勝手なことをやった末、半ば仕方がないか、という感覚が半分である。歳をとったせいもあるが、もうひとつ、上から見下ろす大キレットの景観がすばらしいこともあるだろう。
それと、今から思うと、幸か不幸か次々と登ってくる反対方向への登山者が予想外に多く、しかもルートが険しくすれ違いのできる場所が限られるため、予想以上に対向者待ちの時間がかかったため、結果的に脚を休ませる時間が十分とれた。登りが苦しいのか、10人近いパーティーが全部通過するのに数分待ったこともあった。
登りが下りより技術的にやさしいのはこのような崖の場合当然で、登りは自分の脚を置く場所を眼前に確かめ(加えて先に手でも確認してから)移動できるのに対し、下りの場合、常に1メートル以上上から見るだけで(なかなか見えないが)体重をかけるべき安全なステップを探さなければいけないことだ(梯子を考えれば簡単にわかることでしょう)。また崖ではない場合にしろ、階段を考えれば下りが危ないに決まっている。
いよいよルートの傾斜が垂直に近くなり、ざらざらしたところを数十メートルも鎖に頼って下りたり(左側は数百メートル切れ落ちている)、まさに飛騨泣きの核心部に差し掛かる。何年か前にここを逆方向で通ったことが1回あるが、そのときの印象に残っているのは、のっぺりとした垂直の5メートルくらいの岩に何箇所か打ち込まれたボルトだけで乗り越える場所があったことで、今回も「ここがそうだったか」とはっきりわかった。そこでは、下に対向者を待たせながら、置く脚を左右間違え、一度行き詰った後、次はあのあたりに右足、次はこのあたりに左足という具合に、下が見えない状態で脚探り?をしながら下りた。
そうこうしながら、岐阜県側に垂直にどこまでも落ち込む圧倒的な岩壁の迫力に引き込まれるうちに、A沢のコルまで1時間半の下降劇が終わった。この間のコースタイムは1時間10分とのことだが、待ち時間と休憩時間を考えてもやはりコースタイム程度で来ている。終わってみると、ほっとするとともに、何か虚脱感や、一方でもう一回行くのはごめんだという複雑な思いが入り混じっていた。ガスが湧き始め、もう岐阜県側は見えなくなった。
ただ、前回の記憶ではこの先に、立ち上がるのが危険なためナイフリッジ状の角度のある岩にまたがったままずりずりと腕の力で摺りながら進んだ箇所があったはずで、実はさきほどコルに降り立つ前に上の方から見た時にだいたいその箇所の見当は付いていた。そこは60度くらいの傾斜の岩盤を下りる(今回は登るのだが)箇所が続いており、足場がなく3メートルくらいずり落ちた記憶もある。まだ息は抜けない。問題の箇所に来ると、前回ずり落ちた岩盤には真新しいステップが打ち込まれており、またがって摺り進んだナイフリッジは、今回またがると悲しいかな筋肉が老化して内腿が痙攣しそうになる有様で、しかたなく立ち上がって通過する。![]()
キレットを進み、今度は南岳へ登り返す箇所が結構高度差のある梯子が連続しており(前回は危険な印象はなかった)、実は今日一番危なかったのが、その先もう少しで南岳小屋というところがざらざらと崩れており長い鎖が備わっているのだが、動かないと思っていた一抱えもある岩に頼ったところグラッと来てあわや大落石を引き起こすところであった。
14時前に南岳小屋到着。ここは混まないだろうと予想していたが、結構な人数がすでにいる。が、幸運にも、割り当ての場所は、2段ベッドの上の6人スペースにわずか2人で、ほかの場所はだいたい想定人数きっちり押し込まれている。(予想どおり、その晩ほかの場所からその空いたスペースに2人ほど無断でやってきて寝床としていた。)
何はともあれ、夕食までの間、小屋の缶ビール(最後の冷えた1本)と持参の乾き物で、本日の無事を祝う。今日も夕刻にガスが晴れ、近くの見晴らし台?からは北穂の小屋から今日通って来た稜線に至る壮大な景観が望めた。
その晩の7時のNHKのトップニュースは、北島選手の100メートル平泳ぎ制覇と感動的?なインタビューであった。(山行と何の関係もないが、とりあえず記す
。そういえば、オリンピックも高校野球も始まっているのだ。)
(またまた、とりあえずここまで。)