私自身、自閉症スペクトラムとADHDの診断済みで、9歳の自閉症+ADHD+学習障害(LD ディスグラフィア)の息子と、
7歳の息子を育てるワーママです![]()
学習支援業の事業主をやっています
4月2日は世界自閉症啓発デーでした
この1週間は、発達特性と共に生きる
【見えない困りごと】をテーマに、
当事者として、そして支援者としての視点から記事を綴っています。
今日はその第4回目です。
◆「え?普通に見えるよ?」の一言に
私が「実は発達特性があるんです」と
打ち明けると、
返ってくることが多かったのがこの言葉…
「え?でも、普通に見えるよ?」
今なら全く嫌じゃないこの言葉ですが、
以前の私はどこかモヤモヤ
してしまっていました。
——なぜなら、「見えていないだけ」で、
実は毎日、「普通」を目指して、
全力で頑張っていたからなんです。
「普通に振る舞う」ため
対面での会話、PTA、保護者会、職場…。
一見“普通”にこなしているように
見えるかもしれません。
でも実際は、
私の中で常にこんな処理が行われています…
(まだまだ上手くできているかはわかりませんが
)
• 相手の目線と表情を読み取るのを自信がない中やっている。
• タイミングを外さず相づちを打つのに必死
• 話のテンポに遅れないように、でも喋りすぎないようにの狭間で揺れている。
• 「変な人」と思われないように、言葉を選ぶが自信がない…
まるで脳内CPUが常時フル稼働
しているような状態です
しかも感覚過敏もある私にとっては
音・光・におい・温度の過剰な情報処理も
加わります。
つまり、
社会的状況下での“マルチ負荷”は、
「普通に見せる努力」そのものでもあるんですね
◆「風呂敷を広げすぎる」私のクセ
じつは私、「特性を開示している場」ほど
緊張してしまうことがあると
最近気づきました。
というのも、
• 「ここでやらかしたら、発達障害の人って思われるかも…」
• 「私のミスが、他の当事者のイメージにも影響するかも…」
…と、誰にも頼まれてないのに
【全体を背負ってしまう】
思考に陥ってしまうからなんですよね
こういった思考は、
心理学的には以下のような認知の
パターンとして説明されます
過度な責任感(Hyper-responsibility)
→ 自分の責任じゃないことまで背負い込んでしまう
パーソナライゼーション(Personalization)
→ 他人の反応や状況を“自分のせい”と
結びつけてしまう
自己犠牲スキーマ(Self-sacrifice Schema)
→ 自分を後回しにしてでも、他者を優先する
これらはすべて、「頑張って普通に生きようとした結果」、後天的に身についてしまったものです
私はそうやって、
知らず知らずに“やりすぎる自分”を
育ててしまったのでしょうね…
「特性があるのに、ちゃんとしてる人」の呪縛
最近は、特性のある子が支援を受ける機会も増え、
療育や支援級の経験も
特別なものではなくなってきました。
でもその一方で——
• 「支援を受けたなら、ちゃんとできるようにならないと」
• 「もう“普通側”に見えてきたから、大丈夫でしょ?」
そんな無言のプレッシャーを、
当事者自身や当事者の家族が感じてしまう
現実もあるのではないかと思うんです。
◆ じゃあ、どうしたらいいんだろう?
ここで、支援者・親としての立場からも、
こんな視点を持ってくれる方が多いと
嬉しいなと思ったものをあげてみます。
「できるようになった」=「困らなくなった」ではない
→ 支援を受けて“見えにくくなった”だけで、困りごとが消えたわけではありません。
寄り添ってもらえると気持ちが落ち着きます
「できることが増えた」=「期待をかけてもいい」ではない
→ 子ども本人の努力は成果より過程を評価し、
期待ではなく尊重で受け止めたいところです。
「無表情」や「言葉が少ない」は「反抗」じゃない
→ 感情表現にタイムラグがある子も多くいます。
→ その場で笑えなくても、あとで「楽しかった」と言える子もいるんです。
“ちゃんとしてなくても、ここにいていい”社会をつくりたい
現在、
私は今、当事者でもあり、母でもあり、
支援者でもあります。
でも何より、人として、
まっすぐに生きようとしているだけのひとりです。
発達特性があるからといって——
「支援を受けた過去があるから」といって——
未来の行動や可能性まで、
枠に閉じ込められないように。
ひとつひとつの言葉や態度で、
【ちゃんとしてなくても、ここにいていい】
という空気を、
これからも一緒に
つくっていけたらと願っています
今日の問いかけ📝
「普通に見える」あの子も、見えないところで今も全力かもしれません
自分の「こうであってほしい」という期待が、誰かを苦しめていないか…
そして、
ご自分にも、「完璧にちゃんとしてなくてもいいよ」と言ってあげられていますか?
明日もまた、「見えない困りごと」
を通して、
誰かの視点がやわらかくなるような
記事を綴れたらと思っています
子どもたちは今、支援の中で成長しています。
でもその先の未来、「支援を受けた過去」を背負い続けなきゃいけない世界にはしたくないんです。
「あの子、支援級にいたんだよね」
と“過去で語られる人生”じゃなく、
「今ここにいるそのままで、大丈夫」
と“今を生きられる未来”をつくっていきたい。
ではまた
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