伝えたいこと | 千葉大学男子ラクロス部

千葉大学男子ラクロス部

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自分が伝えたいことを3つ書こうと思う。
文章を書くのが苦手なので、途切れ途切れの拙い文になってしまうのはご容赦ください。



継続、発信
24シーズンが始まったときやろうと思った。なんでやろうと思ったのかは自分の中の芯としてあった「感動を共有できるチーム」にするということを1年生の後半から思っていて、それを体現するための手段としてこれをやろうと思った。



この「感動を共有できるチーム」って言うのはいつだか忘れてしまったが、1年生の時に協会主催のミーティングがありその際にこの言葉を聞いたのが始まりだった。



ここからは自分の経験とかを整理するのに順を追って行こうと思う。



自分がこの部活に入った原点は人と人との繋がりがとても面白そうだったからだ。変な先輩達がよく分かんないスポーツを楽しそうに勧めてきて、何をしても褒められて、とにかく楽しかった。



時が経って自分がこの「感動を共有できるチーム」という言葉を聞いてこれだって思った。誰一人欠けることなく感動できるようなチームにしたいし、そのチームの一員になれたらどれほど誇らしいのか、どんなにみんなが楽しめるのかと思った。



2年生の時にはとにかく1番関わる1個下の代と深く関わろうと意識的に取り組んだ。22シーズンはそれしか出来なかったのかなと振り返ってみて思った。怪我人によるOFMFからLへのコンバートや人数不足による練習の疲労とかによって、言い訳になってしまうのかもしれないが自分に、ワンプレーに必死で本当に周りまで見れていなかったと思う。



このシーズンを通して自分の中のラクロスをやるってことの意味を知れたのかなと思う。それは「他人を幸せにすること」だった。



言葉にしてみるとなんやそれってことだけど、本当にこの言葉に尽きる。この時の4年生にはとてもお世話になっていて、ずっと何も出来ないヒョロがりの自分に自信を持たせてくれたたけさんがいて、いつも自分の知らないところでフォローしてくれるひろきさん、普段はめちゃくちゃでかっこいいのに練習では死ぬほどまじめなうめきさん、厳しさとかビジネス用語を教えてくれたそらさん、いつも自分たち後輩が楽しめる場と雰囲気を作ってくれていたたいすけさん、見るからに仕事過多なのに頑張ってるひなさん、見守ってくれてるせいらさん、人数は少ないけれどこの人たちのことが好きで勝たせられなかったのが本当に悔しかった。



引退していく先輩たちを見て、絶対に周りの人を笑顔にする、幸せにすると心に誓った。



こんなことがあって23シーズンが始まった。勝負の舞台は3部となったこの年は周りを巻き込むことに目を向けた。偉大なけんたさんにまだまだだと気付かされながら、一つ一つ積み重ねていった。



このシーズンで一番の衝撃は勝つことを知れたことかなと思う。自分が経験した中では練習試合は勝てないし、リーグ戦なんかもってのほかであんなに練習したのにボコボコにされる。そんなことが続いていた。



段々と部員も増え、戦力や環境が整い始めてやっとリーグ戦で勝てた。死ぬほど嬉しかった。この感情を全員で味わえるような環境を作りたいと改めて思った。結果としてチームは昇格することが出来た。しかし、個人としてはまだまだ先輩達に頼りきってしまっている部分もあったと感じた。



そして迎えた24シーズン。このシーズンに2つ大事にしたことがある。それが継続と発信だ。長々と前置きしてしまいすみません。とにかく1日何かを積み重ねることをした。それを発信するようにした。前任のDFリーダーゆうたさんから受け継いだ #Dの意思 の投稿をし続けた。



積み重ねのはなしだがこれは受け売りになってしまうのですが、たしか千葉大の元ヘッドコーチの渉さんのブログに書いてあったと思う。探してみてください。まとめると視座を高くという話で、今日自分が過ごした一日が本当に1部昇格に繋がる一日で、1部にいて全学優勝に向けて過ごしている一日と何が違うのか、ペースは本当にそれでいいのかってことです。



その1日は他の人も平等な1日であって、もちろん自分がやりきったと思った一日も、他の人もやりきったと思った1日かもしれない。そのやりきったの基準がウェイトの1回多いかもしれない、壁あての時に考えていることの次元が違うかもしれない、もしそうなのであれば差は広がる一方だ。この差を埋めない限りは昇格は出来ない。



そして、発信の方は偉大なブログの千葉大OBの駿さんから影響を受けて始めた。誰しもがインフルエンサーになって周りにいい影響を与えることが出来たらチームは良くなる。そんな思いを持ってやった。



自分はとにかく「誰かを幸せにする」「全員が感動を共有できるチーム」そのために発信した。誰かがモチベが落ちてしまった。たくみさんはなにかやってる。なんかこの人のためならやってみてもいいな。こんな人もいるなら頑張ってみようかな。そんなように思えるようにと考え取り組んだ。



結果としてはどうなんだろう。今年の1年生の継続率は例年に比べたら高かった。新歓のおかげです。段々と自主練に来る人の人数が増えてきた。ウェイトの頻度が去年より増えたり、数値自体も伸びてきた。昇格は出来なかったが4年生プレイヤーが3人のみ、しかもDFリーダーは怪我で殆どまともに動けてない(自分です。すみません。)そんな状況でも何とか昇格戦を掴み取り、ハーフまでは1部のチームに勝ち越していた。自分の頑張りが1つの要因であったらと思う。



長々としてしまったがこのような経緯で継続と発信を取り組んだ。この行動が未来の千葉大を少しでもいい方向に動かせたのであれば幸いです。



怪我
自分の4年間の思いを記すに当たって避けては通れない。多分学生ラクロスの半分以上はプレーをしていない。



22シーズンの初期シンスプが悪化し、疲労骨折してしまい新歓期間まで数ヶ月動けなかった。リーグ戦期間には初戦で腕を変な方向に曲げてその後の試合はガチガチに固めながら出場した。



23シーズンの初期には指の骨折。6月からは地獄のような足首の捻挫の悪化。歩くのも痛い、何もしてないのに痛い。そんな日々で本当に辛かった。何度もプレイヤーをやめようかと迷った。そんな中でも続けてリーグ戦に合わせながら復帰、試合後は安静を繰り返した。



24シーズン、少し良くなったと思いメニューに入り、強く捻って足首が悪化した。それは治らなかった。そのままプレーできずに4月に手術。復帰は無理をしながら8月の初旬になった。そのまま治ることはなく、痛みと思い通りプレーできない悔しさと共に引退した



とこんな自己管理が甘い学生ラクロスでした。この経験を通して言えることは本当にやばいと思ったら1歩我慢することが大事ってことだ。そんなん分かってると思うかもしれない。自分にはそれが出来なかった。



このメニューには人数が必要でそのために入らなければいけない。無理すればできるから練習のために入る。段々と環境が整ってきた今の千葉大にはその必要が無くなってきたと思う。



1歩踏み出せばいいプレーに繋がる。ここで動けば練習試合に勝てる。そんなことはどうでもいい。怪我をして、思うようなプレーがリーグ戦に発揮できない状況になるのと引き換えにするほどのことでは無い。



自分の体を大事にして欲しい。学生アスリートらしくケアするのはもちろん。貴也さんから教わった弱い部分の筋トレするとか、トレーナーと相談して負荷調節するとか、自分の健康のために睡眠時間考えるとかして欲しい。



二度とこんな悔しい思いをする選手が出ないように。



繋がり
最後にこのチーム、千葉大、chargersの特徴は何かってことを書き記したい。それは「繋がり」だと思う。個人的な思いなので違うだろって思った方も居ると思う。



OBさんが土日に集まり雨の中クリライに付き合ってくれて、部員一人ひとりの距離が物理的にも心理的にも近くて、近所のうどん屋さんに行くと野菜天とご飯つけてくれて、いつもの居酒屋ではいろんなご飯をサービスしてくれて、接骨院にはめっちゃよくしてくれて、キッズラクロスに行くと子供達と一緒に切磋琢磨するそんな繋がりがこの部活にはある。



そんな部活に居れたことを誇りに思う。そして、大切な思い出になった。これから先もどんどん繋がりが増えて行くのだろう。



この4年間で関わって頂いた全員に感謝しています。ありがとうございました。



30期 4年 DF #5 林拓実