ひと詩庵 -45ページ目

11月18日〜11月24日に投稿したなう



よいではないか~ 萌えるではないか~ 『■萌えCanちぇんじ!今日のマイロイド527』 http://amba.to/182Qy6k
11/18 20:09

[ツイッターやってる?]アカウント二つある
11/19 10:34

[K-POP好き?]韓流でも素敵な音の使い方をするのは知ったけど、興味わかないな。
11/19 10:36

[コーヒー飲める?]紅茶党ですご免なさい。
11/19 10:36

[目玉焼きには何つける?]この10年喰ってない(苦笑)
11/19 10:37

ペットロスは痛いのか、自己中か?

ぶっちゃけ悪い言葉でいうと、関心のない一般人からしたら痛いペット自慢と愛情深さのアピールばかりで人の事を考えていない自己中ととられてしまう面があるかもしれないかなと思うこともあるんですよね。

ただ、ひっくり返したら、関心のない人の見えないところで他人の目を気にして訴える場を絞り込んだ場が独りだけでペットロスの状態ですごす、ペットロスを訴えるメディアで悲しみを訴えたり励ましたり、他人の事を慮っても深く考えていられるほど力を回せないしそれを伝える力も出せる余裕がないだけなんですよね。

自分に価値を認めていないから。

それだから、そういうハンディキャップを抱えてなお人であろうとしていることを受け入れてもらえた時は体から無駄な力がすっと抜けて安心感や喜びなんか感じることもあるんですよね。

えっ、自分の気持ちは分かってもらえる価値があるの? 共感してもらえる価値があるの!? なんて感じで感動するっていうか。

半面、ペットへの意味付けが、その位置づけが理解できないとそこらへんは難しいものか、ペットロスに関して悪気はない言葉であっても読んでみると、その場で受け止めきれずにあとから粘土層に水がしみていくように深く傷ついた自分に直面したりして落ち込んでいるのに追い打ちを食らうこともあります。

特定していうのがとても難しいところなんですが、何気ない変化へのいざないが、かつてあの子を愛して充実していた自分とそれに応えてくれたあの子の気持ちを否定してなかったことにしてしまうのではないかと怖くなってしまうっていえばいいのかしら。

だから、理解のない言葉は凶器だし、理解や共感があってもまだ変化へのプロセスにむかってゆっくり進んでいる状態の時には、一気に変わることが怖いのと同時に今頑張って耐えているのにこれ以上何をがんばれるんだと感情が溢れてしまうこともあると言えるんです。

特にピークにある人はあの子を愛して輝いていた時間を思い返しながら自分を断罪するのに余念がないから、疲れているし考えも浅はかになりがちです。

そっとしておくのも必要だし、僕も知っている人からそこに触れられないでいる解放感は自分を保つのにとても役だったですね。

だから、執念深くて自己中みたいに言う人には言わせておいていいというのは、ペットロスで辛い最中の人ではなく、ペットロスになった人に共感した人や経験者だと思うんですね。

真っ最中の人には、そうだよね、愛したからそう思うよねと受け止めてもらえたら、その場では反発されるかもしれませんが一人きりになった時に救いを見出すことかと思います。

僕もあの子との別れを受け止め受け入れる段階を経てから、一所懸命励まそうとしてくれたペットロスの人たちがまるで命の恩人のように思える時があります。

僕はあの子を守れなかっただけでなく見送ることもできず、ただ気づかぬ形で見殺しにした罪人と自分を傷つけていたことから、ある日に疾患の鬱様状態での自殺願望を覚えたことを家族に笑われた時に人としての道を踏み外したからです。

失敗した後から、今になって今からならあの声にこたえることができるかなと思うようになりました。正直つらさがピークな時に他人を思いやれても力が持たないからそこあげつらうのも、理想論の押しつけであり、そこにとらわれてしまうのもそれを感じていなければ自分に愛を証明できなかったからだろうなと振り返っています。

11月4日〜11月10日に投稿したなう



僕は勉強になるから興味あるブログにリンクしているけれど、このブログはモバイルで登録したアカウントなので、ビジネス情報を抑えると利用しなくてもリンクは増えてしまった(苦笑)
11/5 23:06

『【転載記事】皆さんにも知ってもらいたい現実・・・』 http://ameblo.jp/pmadog/entry-11669320594.html
11/6 12:51

これは知ってほしい話です

『【転載記事】皆さんにも知ってもらいたい現実・・・』 http://ameblo.jp/pmadog/entry-11669320594.html


この内容は犬さんに特化されていますが、毛皮をはがせる生き物なら、実はどれも使われかねない現実が潜んでいます。


以前、別のSNSで警鐘を発してくださった方の情報では、狸の毛皮をはぐ動画が公開されていました。

もちろん、こちらでの犬と同じように、麻酔もなく死んだあとでもなく、生きたままべりっと引きはがしています。


確かに、安くて暖かい、手触りのいいものがあるよねって、下手したら、感触がなじみ深いものである可能性があるわけです。


狸はともかく、ウサギや犬猫なんて、子供のころ、触ったことのある人のほうが多いのではないでしょうか。


あの可愛らしい心を持つ生き物の体が搾取されていく=生きたまま生皮の引き剥がしです。


ちょっと想像したら、恐ろしくありませんか?


リンクからたどると元記事に飛んでいきますので、興味のある方は読んでください。


犬猫などは縁がなければ、今傍らにいる子がその運命にさらされる危険もあったのですから。



僕が僕でいられる宝物

正直、最近までの僕は、僕が僕でいられる支えが、あの子自体だったです。

それだけ別の解釈や意味づけが怖かったんですよ。

何が怖いか?

単純です。

解釈や意味づけを変えるだけで、あの子を「また」失ってしまうんじゃなかってね。

解釈や意味づけを変えてきたわけですが、それをできるまで、怖いままだった。

今回も意味づけが変わって、変わったから言えるんだけど、変えられるまでは本気であの子をまた失うんじゃないかと怖かった。

失うってことは、あの子のいた証明を無くすような気がしてならなかったんです。

それって、一緒に過ごしてくれたあの子自体が幻みたいでいやだったんですね。

思い出の中だけでも失いたくない。

それが僕の持っている恐怖でした。

完全に消えたわけではありませんよ。20年超えて引きずってきたわけですから(苦笑)

だからこそ伝えられることができました。

あの子がいなくて辛い人への朗報です。

あなたが愛しているなら、あの子の不在証明はあの子を否定することはありません。

あなたがあの子を思い出す時間が少なくなっていっても、あの子への愛が薄れるということはありません。

あなたがあの子へ対して何もしてやれなかったことの証明でもありません。

そこには、あなたが時間軸の違う世界に生きる者同士、魂の交流を持ったというその大切な思い出と体験が残るからです。

この世界に絶望したとしても、なんでもいいから一つだけでも諦めないでくださいね。

あなたにも安らぎの時が来ますように。

喪失感がくれたもの

喪失感で胸がいっぱいだと、正直あの子の事以外は他の事に対して関心が持てなくなるんですよね。


厳しくいったらわがままですよね。確かにそうなんです。


ただ、言葉にできる人もできない人も、そこの点に関して分かっているけれど、心で納得するだけの余裕があるかどうか。


僕の私見でいうと、ないです。


あったら、そもそも喪失感で心が参るようなイベントとしてあの子を亡くしたことを意味付けなんてしやしませんよ。


何といったらいいのかな。


喪失感にやられている間っていうのは、ピーク時には周りの事が全く見えていない。


心に余裕ができてきたころには周りの事に関心が向いてもあの子への免罪符にするために言い訳しているばかりではないかと思うんですよ。


ちなみにこれらは僕の実体験ですが(苦笑)


それでもね、こんな僕でも恩恵はあずかったです。


何が恩恵であるか。


愛し方は間違えたかもしれないけれど、あの子を心から愛していることには変わりはないと再確認できたこと。


自分があの時、あんな自分でなければ、あの子があの場所にいてくれなければ、この出会いはなくて、楽しい思い出も、嬉しかった体験も、全く得られなかったという再確認。


思い出は自分を貶めるものではないし、あの子が命がけで僕に更な幸せへの切符=新しい子への幸せの仕方をバトンタッチしてくれたこと。


あの子は僕が苦しい思いをするほどにまっすぐに愛してくれたこと。


こんな程度ですが、僕には何にも代えがたい恩恵です。


あの子が僕の存在の要を担ってくれて、そこから成長につなげられるから。


だけど、自分を許せないでいると、喪失感はネガティブフィードバックよりも、自分を否定することにレバレッジを利かせてくるんですよね。


だから、欲を言ったらよき理解者、できることなら共感してくれる人が傍にいるか繋がっているかしていると回復へのステップは早くなったかもしれません。


それでも、喪失感から何かを得るには意味づけを変えていく必要があります。つけるのは自分ですが、ヒントをまわりに求めるのは恥ではないし、見つけ出すのも自身の成長にもつながります。


回復も成長も、あの子が大好きだった自分に戻って、もっと胸を張ってもらえるようになることだから、恩返しにもなるんですよね。


だから僕は言います。


どんなに暗闇の中をさまよっていても、諦めなければ光はさしてきます。


絶望したとしても、諦めないで。


あの子の思いも、あなたを大切に思う人も必ず現れてくるから。

10月28日〜11月3日に投稿したなう



#gruppo 愛どうぶつ家族(思いはひとつ☆)「ブログ更新しました」http://group.ameba.jp/thread/detail/9wdpC8gN6w3o/m08c0-d95b-4e3f-b8a1-7707a5062a96/
10/28 12:03

山口県北上なう
10/30 22:02



夜勤前にハロウィン。関わることなく夜勤迎える。かくして眠ってはいけない夜を過ごしている。一昨日は久しぶりの発泡酒飲めたからいいや(笑)。今年の飲み納めだったら、悲しいかも。
11/2 1:51

同情が一番辛い

気持ちを汲み取ってもらえると言うのは、何よりも心の助けになるんですよね。

ただ、それでも辛くなってしまうのが、同情されることなんです。

ワガママですが、亡くしたことを受け入れられない間、これは辛かった。

あの子の何を知って理解したとのたまうの?って、反射的に考えてしまったものです。

申し訳ないけどね、したり顔を見ている錯覚を覚えましたね。

あの子の振る舞いに関して何か言われても、ここまで理解してくれるなんて幸せ――エゴ丸出しになるからそうなるんです。

ただ、悲劇のヒーローになりたかったに過ぎないかもしれませんね。

それでも、あの子が示してくれたものをさも見たように言うのなら、自分の立場を固定してほしかった、そんな感じでしょうか。

消耗していて、構ってちゃん大解放だから、お返しに思いやるなんて芸当は無理だったんです。

今なら、

辛い中、励ましてくれるんだ。有り難う!あなただってこんなに心配り出きるんだから、卑下することもないと思いますよ。あなたも、早く安らぎを得られるといいですね。

何て感じにホイホイ言えると思いますけどね(苦笑)

まず、亡くした人が現実を受け入れていない時は同情もタブーに加える余地はありかと思います。

受け入れていない間はピーク真っ盛りの可能性が高いんですよね。

言葉にできていても、ポイントを押さえてみたら、余裕の無さが見えてきます。

だからといって、その人が単にわがままって訳ではないし、構ってちゃんって訳ではないと思います。

人には理解してほしいと言うよっ気ゅぅがあって、ものが見えてないからなりふり構う余裕何て全くないんじゃないかしら。

僕は脳機能系統の疾患に移行したので例外かもしれませんがね(苦笑)

まあ、例えるなら、溺れている真っ最中かな。

同情が効果を表すのは傍観です。これはきっぱり言えます。

僕もしてしまったから。言うだけなら自分は安全だもの。

共感こそ、浮き輪を投げるに等しいと思いますよ。

そこで、今、苦しんでいる人にいいニュースと悪いニュースを。

悪いニュースは自分を責める限り、救いは決して届かない。

いいニュースは、少しくらいなら自分を許してもいいかもしれないと、あの子の愛情を汲み取ることが出来はじめたら、あなたはあの子をしみじみと偲ぶことが出来はじめます。

だから、どんなに辛くても、どんなに怒りに苦しんでいても、諦めないでください。

あの子の思いは、あらゆるものを通してあなたに届こうとしているかもしれないから。

ちょっと振り返ることはできますか?

あなたが微笑んだ時のあの子の喜び方を。

僕にはわかりませんが、あなたを大切に思う気持ちか、あなたを大好きと思う気持ちばかりではないかと思うんです。

今は無理せず悲しみましょう、苦しいなら苦しいと感じてよいのです。

余裕ができたら、ちょっぴり見方を変えていくようにしてみると、思い出すのが少しずつ嬉しくなってきますよ。いかがですか?

辛さが代償になるとき

現在進行形の問題をまとめるのはやり始めると湧き上がってくるものがあるけれど、それでも辛くなる自分を否定はできない。


言葉にまとまったことで思考は整理できたと思うけれど、自分の中で解決できたかどうかは自信がない。


それが、今の辛さだと思う。


断言するときに、胸がうずく。


こんな自分でいいのかなって。


だから、今は「まよったら、YES!!」と自分を肯定しているんだけどね。


そうしないと、僕を支えになっているあの子を否定してしまうんだな。


それって、屁理屈になるけど、僕に笑顔を向けてくれたり、優しくしてくれた厚情をも否定することになってその人たちをも否定することになるんだな。


だから、僕は何もない上の不完全で断言する。


どんなに苦しくなっても。


一歩引いてみたらMです!って宣言しているみたいだけど(笑)、自分と戦うならたまに勝つくらいいいと思うんだ。

亡くしものの副作用

亡くしものをすると、心がマヒする代わりに、渇望が芽生えてきますね。


ただとにかく、あの子に会いたい。あの子に触れたい。あの子のぬくもりを感じたい。あの子の瞳を見たい。


叶わないってわかっていますよ。もう同じ形で存在していないから。


ただ、そこに自分を責めたてる気持ちも吹き上がる。


そんな時に何がつらいって、この「副作用」ってやつです(苦笑)


元気な姿のあの子と同じ種族の子が楽しげにしている姿。


飼い主と幸せいっぱいに過ごしている姿。


飼い主まで幸せそうなら、もう絶望的でした。


みんなであの子がいないって現実を突きつけなくたっていいじゃないかって思うんですよ。


目にしたら目を離せなくて癒され、うらやましくなる半面でね。


この時の思いは、本当に分かってくれる人ってリアルタイムで見つからなかったから、ものすごく孤独にもなりましたね。


共感だけでもいいからしてくれないかなって、周りを見回しましたよ。


そうしたら、すがった相手はみんなそれくらいの事でどうしたと取り合ってくれなかったな。


もう、怖かった。理解してくれる人も共感もしてくれる人も求めることが。


だから、僕はネット世界に逃げ込みました。面白いことに、ネットを介在させると距離を関係なくやり取りできるから、以外にも見つかったのは自然の成り行きだろうかと頭をかしげました。


そこで僕は共感してくれる人たちを見つけることができて、心を休ませることに成功しました。


そこに集っていた人たちはみんな傷ついていてそれでいて共感してくれたんですね。


嬉しかったですね。それで怖くなって管理人さんに、僕の言葉はみんなを傷つけていないかと相談のメールをしたくらい(笑)


もしも、似たような感情にある人がいるなら、大丈夫とは言わないけれど、同じ立場なら同じ思いになるよっていて言いたいです。


亡くしたショックだけでもてんてこまいなのに、亡くしものが「人間でない」だけで差別されるんじゃないかって怖さはわかるから。


実際に僕はそれで差別を受けていました。


だから言えることが一つある。



家族になったんだから、他人に関係ないでしょ、あなたの宝物なんだよ!!



家族にするのは弱さではないし、あなたがその子に対しても愛情深くなれただけってことです。


愛情深くなれるってことは、あなたは優しさにあふれかえった人だから、胸を張っていいんです。


優しくなんてないよなんてあの子が悲しむような言葉はやめにしましょう。


あなたはあなたらしい優しさに相応しい人です。


あなたは人でなくても愛せる情の深さで、愛の対象を無くして戸惑っているだけ。


それは自然だし、そこから湧き上がるいろいろな思いもどれも自然な流れであって、どこにも異常はないです。


ただ、精神系障害を負った人は考え方が不器用なだけなんです。


ならなくたって、十分に悲しいんです。


それが、言葉を使わずに想いを伝え合った家族を亡くしたものの悲しみではないかと思うんです。


何かをきっかけに嬉しいのに、あの子にしてやれない思い、あの子に触れられない現実が心を引き裂くとしても、諦めないでいてください。


理解することはできなくても、共感して思いを受け止める人はいます。


世界は狭いかもしれないけれど、案外見えない距離で見つかりものもするくらいには広いから。


もし、注意できることがあるとしたら、僕の言えることは、自分だけの世界に閉じこもらないでということ。


世界に目を向けるんです。そして同じ思いの人を探すんです。


そうしたら、僕が見つけたように、理解者と共感者を同時に見つける場合も起こるから。


誰にも口を利きたくなくなるし、何もしたくなくなるし、感情がわからなくなることがあると思うけれど、亡くしものが大切だったから、自分と変えてもいいと思えてしまうくらいに大切なだけだから。


だから、世界に絶望しても希望を捨てないでくださいね。