分かっていても
世の中、もっと不幸で陰惨な羽目を食っている人がいることくらい。
それでも、心を割く余裕がなくなってしまったら、自分自身にすら優しくできないのがペットロスにも言えるんだ。
弱虫と笑っていいよ。
意気地無しと罵ってもいいよ。
だけど、できるならその前に、自分にとって譲るに譲れないほど大切なものを失ったと想像してもらえないか?
よほどに強靭なセルフイメージ、精神力、主体性がなかったら、ひとつ間違うだけで心が病むんだ。
意味付けが悪い?
そうかもしれない。
思い入れる方がおかしい?
もしかしたらそうかもしれない。
だけどね、かわいいが、大切になって、友達になって、最後に家族になったら、
飼い主には自然のなり行きであって、誰も責める権利なんて無いんだ。
そのくらい可愛いんだ。
替えなんてないくらい。
それだけ宝になっちまったら、新しい子を迎えることもできなくなる人だっているんだ。
というのも、血を分けた家族でないから。
理解してもらえない不安と恐怖、これは体験しないとわからないんだ。
だから、なお苦しい。
心でどう思ってもいい。
けれど、そんな見方や思いを許す余地はないかな?
悲しみがわからなくても悲しい時
断言はしないけれど、悲しみのあまりに感情がわ
からなくなる、そう言えば納得できるだろうか。
プロセスを簡単にまとめるとこうなる。
先に来るのが喪失感だったりもするんだよね。
言葉を変えると、自分に優しくできなくて、他人
に関心を抱く余裕を全く持てない程に、心が麻痺
している。
元気があると自分を責めて、疲れてしまうと後追
いしたくなるとか、自分をかきけせれば何て願う
とか、ぶっちゃけ心に壁作って自分を隠す。
そんな感じになるケースを知っているけど、
命と言う代償を払って学ぶって心も体も疲れるん
だよね。
だから、他人が怒り出したり、理解してくれなかっ
たり、否定してきたって、あくまでも、ひとさま
は意見しか言えないってことがわかっていたら、
なんとかなるんじゃないかな。
骨折なおって3カ月ぶりにギプスをはずした腕で
100回腕立てをしろと強要されてしまうに等し
いあっぱくだから、へこたれても僕は言う。
あなたがあなただから大丈夫と。
言葉はなくても気持ちは通じてて、
体を使って懸命になにかを伝えてくれた温もりを
なくした心は、その大切な家族が「この人」と、
選び抜いてくれたのだから。忠誠のために。
だから、今が辛くてもね、あなたは、立ち直れる
んだよ。
あなたがあなたである事実。
そのあなたを選んでくれた事実。
あなたに尽くされた忠誠。
あなたはそれでも自分を卑下して、貶める必要が
果たしてあるだろうか、余裕ができた時に考えて
見るのはいかがかな。
もっと余裕ができたら、自分自身にこう言って
見るのはどうだろう?あの時は何もわからなくな
るほど辛かったんだね、よく頑張ったねって。
余裕が出たら、改めてしみじみとあの子を偲んだら
それでいいと思うんだ。立ち直るあなたの気持ち
の方が、あの子も嬉しいと思うよ。
ペットロスの記事をアップしていて思うこと
僕はこのテーマを使って共感マーケティングのテストはしていない。
ステップメール・コピーライティングの練習もしていない。
当然、商材も扱っていないし、情報も個人的に軽く持ち合わせているだけでビジネスに使えるものではない。
僕は僕の持つ経験と知識、情報で悲しみやくやしさをシェアしようとしている。
それは読んでほしい人たちの力になりたい面もあるが、自分に対しても決着をつけたいからだ。
過去の出来事は変えられない。
だったら、自分を変えていくことで過去を書き換え、過去の現実を支配することはできる。
その現実を支配した時に、有り難うが本物になるのではないかと試行している最中だけど。
あの子に関するすべてが性質はどうであれ、自分をポジティブに変換してくれるレバレッジであるととらえたら、どうしてその時の幼さが、拙さが贖いのつかない罪で終わるだろうか。
償い、次の子らに引き継いでいける愛情を引き出すことに成功した事実を考えたら、あの子のいない現実も、あの子がいてくれたことで何かを学ぶステージにいることになる。
あの子の思いを考えたら、自分を否定してばかりでは何も変わらないし、あの子が安心して過ごせる人生を歩めない。
あの子が気が気でなくなり、穏御霊でなくなってしまう。
それは、運命である寿命を終えたあの子を今でも鞭打つことになるのではないかと愚考するのだ。
だから、ビジネスには使えない。
人の力を借りても、最後は自分で解決するしかない問題だから。
それをビジネスにするなら、顧客になるのは情報弱者として見下された存在になる。
あの子らが認めてくれた自分を捨てて逃げ出すのと同義である。
悲しみは悲しみとして
大切な友達、あるいは家族を亡くして
心が空ろになると、悲しみが罪に思えたり
悲しみ自体を感知できなくなっていたりと
人それぞれあると思う。
ただ、たかがと思う人がいても仕方ないけど
らしくない状態になるのはその人の持ち合わせた
価値観とメンタリティーが原因だから、
評価するのはあまりお勧めできることではないと
コメントしておく。
それから、とにかく辛い、でもはたして自分が
悲しいのかどうかわからない、悲しむのは罪だ
なんて思う人はそう思えるなら思っていいとも
コメントしておく。
八方美人だなとそしられても構わない。
価値観を変えるのは個々人であって、
他人がするものではないから。
それに、無理に感じる必要もないし、
無理に怒りを押し殺すほどでもない。
自分に優しくなれて、自分を許せるようになったら
やっぱり悲しいことはいつだって悲しいし、
その時に泣いてもいいと思うんだ。
悲しみがわからない人は、
悲しい気持ちが強くて自分が耐えられないこともあるし
耐えられないからそれが罪になるということもない。
ペットに価値をたくさん見出したことに関しても
悪くも弱くもない。
その価値をどのように認めているかで
悲しみ方がケースバイケースになる。
だから、分からなくなるほど悲しいのも、
それは悪いことではないし、その気持ちを
押し殺してまで生きなければならない法律もない。
大切なのは、あの子がいないから悲しい、
それを自分の心でしっかりと受け止めて。
それを自分に許して、認めて。
そうして、あの子を自然としのべるようになることに
あると僕は確信する。
あの子の宝は、大切な大切なあなたの笑顔だから。
涙が出ない?
いいんだよ。
自分が悪い?
いいんだよ。
あの子さえいれば……
いいんだよ。
あの子を思う気持ちがそうなって
自分の気持ちとして表れてるんだから。
わるいなら、それは「あなたではない」
悪いのは、あの子が気持ちよく過ごせるように
笑顔でしのべる時間を作れるのに作らない
わがままが悪いだけではないだろうか。
だからこそ、僕は思う。
悲しいものは悲しい。
それはごくごく自然な気持ちで
罪でも恥ずかしいものではないと。
やっぱり僕はインコが好きだ
今回はちょっとわき道にそれてみようと思う。
最近、大型書店に行く機会に恵まれて、
欲しい本を買い漁っていた時のことだ。
通りすがりの書架に、コンパニオンバードという
鳥と暮らすのにお役立ち情報からうちの子自慢など
インコをはじめとした鳥情報誌が置いてあったんだ。
気が付いたら手に抱えていた本たちを本台において
ページをめくっていた。
紙面を飾るインコやオウムなどの姿に、久しぶりに
開放感をもって笑顔を浮かべていたことに気付いた。
こうして、愛らしい鳥たちを素直な気持ちで可愛いと
しみじみ思えるのも、あの子が僕と過ごしてくれた
時間があればこそなのかなと思うと、一緒に暮らして
くれて有り難うと、心から思えた。
そして気づいたんだけど、前なら自責の念で潰れそうに
なっていた自分とこうしてほかの鳥さんを通してあの子を
心地よく偲んでいられる自分との差にあの子のくれたものを
ようやく受け止めて受け入れられたのだと思えた。
終わりは悲しかったけれど、癒しの時間と励ましの時、
共に過ごしたぬくもりを、ありがとう。
帰るときには鼻の中でインコの背中のにおいが蘇って
とても心地よかった。
僕は思う。
終わりも大切だけど、プロセスにおいて手に入れたものの
意味と重さもとても大切で、それにもまして、あの子と過ごせた
そのことが一番大切なのだと……
苦しいのは自分だけ?
僕なら、よく解けましたと答える。
他の人は、苦しむ焦点が違うからさ、
出来て共感くらいが関の山、なんて殴られるかな(苦笑)
ここで言いたいのは、自己憐憫で悪いとか、
自己正当化でおかしいとかね、
そんな強い人の擁護や胡麻擂りじゃない。
自分にとって宝をなくした。
なんと言うのかな、崇拝するほど尊敬する人はいるけど、天皇は別格、みたいな、
他にも勿論亡くすと耐えられないものはあるけど、この子は特別枠って言うのかな。
だから、苦しみの焦点がシンクロしている人がいなければ、
孤独な世界な訳ですよ、実際にどう取り繕って見せても。
道義的にどうこうって言われなくたってわかるから、
さらに苦しんで、酷いと疾患に向かってまっしぐら。
だから、悪いのではなくて、条件が揃っただけで自然なわけですよ、
そこに善悪の白黒つけるのは不毛な審判なんですね。
あの子が大切だから、いなくなって寂しい、あの喜びの様を見れなくて悲しい、
辛く思っていいんです。思うだけなら、誰も傷つかない。
共感が得られなければ、一休みして、共感を得る場を探してもいい。
一版大切なのは、悲しみを悲しみとして、しっかり受け止めて認めること。
笑顔であの子を楽しく偲べるようにあなたが力を取り戻すことなんです。
後は、心配かけてごめんと謝ればすむことなのだから。
あの子だって、あなたが笑っている姿の方が楽しいに決まっているじゃありませんか。
規則正しい朝
ブログネタ:今朝起きた時間は? 参加中憧れてしまうな。
あさまだきに心地よく1日のスタートを切る。
僕は幸い疑似体験している。
日の出にカーテンを開けて日を浴びる。
小鳥の声が聞きたくなったら、戸を開ける。
目に染みるけど心地よいひとときだ。
仮眠休憩がないから、夜勤の夏の定番だ。
帰ったら、昼間ごろまで寝て、昼終わったら、夕方まで寝てる。
だから憧れるんだよう

え、早番

眠くて萌えなきゃ目が覚めません←
今は燕に萌え~


雛が糞をするトコなんて、なかなか見れないだけに歓喜。
遅番は砂糖で強制起床(笑)
そして迎えた夜勤明け。
お陰で今朝は、寝てないの

朝日が目に滲みるのよ
ブログネタ:だいたい何時に帰宅する? 参加中朝食の無い朝を迎える僕は、必ずではないが午前様だ。
仕事で夜に寝る暇もないんだ( ̄▽ ̄;)
9人の美女?のために仕事でハッスル。
あっ、ダメ
夜勤だってばらしちゃダメ
いやん、バカーン、そこは……☆(゜o(○=(゜ο゜)o
お後がよろしいようで。
4交代はきついのよ
(血涙)