ひと詩庵 -44ページ目

12月16日〜12月22日に投稿したなう



寒いので縮んでる 毛布が小さいの
12/16 2:11

インコは素敵な生き物☆ニコニコドキドキかしましい声に癒されるぅニコニコラブラブよいではないか~
12/16 20:57

メールでなうのテストした。ガラケーで見るとつまんない。
12/16 21:31

[もし総理大臣になったら]小鳥関連のビジネスに援護する制度作る。良い薬品は可なり少ないし専門医も少ないから。
12/16 21:41

萌えるではないか~
12/16 21:44

カワイイカワイイサラリチャン…よいではないか~
12/16 21:46

ショック!あせるダウン
12/16 21:48

[数えると、羊より眠くなるものは?]自分の知らない言語の文字
12/16 21:49

見たことある

カラスの死骸って見たことないよね…ブログネタ:カラスの死骸って見たことないよね… 参加中



山の中で見たよ。山に棲んでいる野良犬がくわえて持っていった。

当たり前の事にカルチャーショックを受けた記憶はあるけど、生きていたらいつか死ぬんだと納得したものだ。

回数が少ないから不思議って思える純真さを失った気がする。

力及ばずってところなのかな?

抑うつ状態に当てはまるとプロの見解があり、薬を処方された……

初診であっても曲げずに予約制を通してきたクリニックだから、きっとリピーターとなっている患者さんを大切にしているのだろうと信用して状態を見てもらった。

仕事を失いたくないし、自分で病気を作りたくないから。

甘えと言えば甘えだろう。

僕はあえて戦略的撤退という言葉を喜んでパクリたいと思う。

自分のことは自分がよくわかるという面を否定はしない。

しかし、自己診断で失敗した場合のリスクを考えると、自分だけの問題で収まるのであれば自己責任でいいだろう。

しかし結果が関係各位に類が及ぶのならば、プロがいるのだからその助力がどうして、どのように必要なのかを表明して助力を仰ぐと、回復へのプロセスを加速することができる。

だから僕は今回このような結果になったとしても動いてよかったと思っている。

必要な期間必要な助力があれば、あとは自力で過ごせるからだ。

自尊心はないのかと突っ込みを受けそうだが、大切なのは

僕が僕である

という事実をゆるぎなく自分の中で保持できること、

僕が僕になる

ためにできることに進むことであるから、一過性の出来事で自尊心などというものを介在させるなんて愚の骨頂なのだ。

だから、弱い自分でもいいじゃないかと思うことにした。

今ここから変えていく姿勢さえ持っていたら、行動する原動力を導くきっかけにもなると僕は信じているから。

動けないのはチャージ中

あの子がいなくなって世界が変わると、ぶっちゃけ動けなくなりますよね。

僕もそうでした。

外面は微妙な精神不調をかこちながら学校行って、友達とだべって……

僕は精神疾患やっちまったけれど(苦笑)

心が動かなくなるっていうか、僕の場合は感動しなくなった。無関心になった。

形容するなら無間地獄があるならこれなのかと思い知る気分って言ったらいいのかしら。

いわゆる医療系の言葉でいうなら抑うつ状態なのかしら。

自分の生きている意味も存在する理由もわからなくなって、ただただあの子が恋しくて、人に知られるのが怖いからひた隠しにして悲劇のヒーローという痛い子になったものです。

でもね、痛くたっていいんだよ。

呆然って言葉を実感した一番インパクトのある出来事があの子の旅立ちなんだもの。

言葉の無い家族のひっそりとした旅立ちに立ち合えなかった。

お礼の言葉すらかけれやれなかった。

僕はそんな恩知らずです。

それなのに、あの子は死んでなお僕を励ましてくれました。

それに気づいたのが20年以上たってというのも悲しすぎていたいんですが(苦笑)

あの子の思い出は考えてみたら、僕の価値を証明してくれる宝なんですよね。

だから、動けない時って、動かないことに耐えられなくなるまでエネルギーをチャージしているんだと思うんですよ。

僕は現実逃避ばかりに走ってしまった大ばか者だけれど、ようやくあの事きちんとしたお別れもできたし、自分の人生を生きたいって願って僅かだけれどそのための行動をすることができました。

これで恩返しの旅路に付けると思うと、人生という旅路は悪くはないと思いました。

今、ダメ人間なりに誰かの役に立てる職に就くための行動をしようと動いています。

全く感動もできず、行動の一つも取れなかったこの僕が、動き始めました。

精神疾患と二人三脚で。

だから、あなただって自分自身を信じられないなら、それで構わない。

あなたの中に力が充ちたら行動に昇華される時が必ず来る。

諦めないでください。

諦めないでください。

あの子が愛した事実のために。

あの子の宝物であるあなたのために。

猫の十戒、紳士猫の十戒

猫の十戒も、紳士猫の十戒も、犬の十戒をネットカフェで検索した時に初めて見つけた記憶があります。

当時、苦しいばかりで泣けなかったので(疾患に伴う感情鈍麻と思われる)、泣きたくてたまらなくなったらフラッシュアニメのキミとボクか犬の十戒にはまっていたからでした。

当時、僕は犬派だったのですが、猫のかわいさ、愛らしさを改めて体験することになりましたよ。

どうせこんなかわいい顔した子猫も育ったら鳥を襲うんだなんて決めつけていましたから(苦笑)

読んだ時に、頭の中でキジトラや三毛猫だったかしら。

当人まじめではたから見ると滑稽でキュンとくる姿をありありとイメージできた時には僕にとって青天の霹靂っていうんですかね、ありえないことが起こったって感じでものすごく新鮮でした。

それでいて、さりげなく僕らだってあなたのことを思っているんですってメッセージがあって、愛してくださいっていうのもあって、すさんだ心でも和んだのを覚えています。

生き物だからね、そりゃあ本能に従って生きる時間もある。

達観できた瞬間をくれたの過去の両作品でした。

僕はインコラブなのですが、猫が好きな人なら必須の作品だなと確信するものがあります。

だって、家族の姿がありありと描かれているんですから。

言葉がない、生きる時間も違う家族。だからこそ、手が届く範囲で幸せでいたい。

僕が猫を飼うなら、忘れたくはない作品です。

猫と暮らす人なら「この子」を思い浮かべて笑顔になれるだけの思いがメッセージにまとまっています。

ぶちゃけ、猫と暮らしている自分を想像して悦に入ったこともあります。

いなくなっても、心の中には住みついていてくれるから、追い出さずにこれらの作品を読みながら心の中の心友と過ごすのも乙なものではないでしょうか。

引用は控えます。

自分で探してみてください。 自分で探すことは、あの子を思い出す価値のある存在だと自分で再確認するための儀式です。

検索窓で直接1語でも検索できますよ。

12月2日〜12月8日に投稿したなう



(ノд<。)゜。リカバリに贅沢してIE11入れたら投稿できないよぅ。
12/6 18:08

『■萌えCanちぇんじ!今日のマイロイド535』 http://ameblo.jp/moecanblog/entry-11718932104.html ポンチョと背景公園あるよ。着替えさせようかな。萌えるではないか~←廃人
12/6 18:46

何でペタする大半は営業なの?
12/8 1:20

このブログでビジネスできないっていうの!(-"-)
12/8 23:01

最近気になる歌姫

最近ちょっと気になる歌姫さんがいる。

そう、ツインテで緑色の美しいか(ry←廃人

じゃなくて(;A´▽`A

KOKIAさんと言う歌手。


小さなうた


初めて聴いた時は、運よく一人だった。

歌を聴いて泣いたなんて、まともに泣いたなんて初めてだった。

僕にとってショッキングな体験だった。

年甲斐もなく「生きる」を表現したいと心を揺さぶられた。

僕は趣味で詩を書いている。

読者はいるけれど、ファンなんていない。

納得がいく。

生きている実感を心から伝えるだけの情熱が足りていないから。

表現を学びたい人間の端くれとしては、悔しい。

KOKIAさんはそんな気持ちを掻き立てておきながら、メッセージに満ちた歌を歌っている。

僕はどれだけメッセージを込めているだろう?

彼女は自分が納得してはいなかったことに気づかせてくれた恩人だ。

夜勤が開けたら時間をつくって、小さなうたを聴くとしよう。

序でにWikipediaで調べてみようかな?

犬の十戒

有名な作品で、作者不詳だったと記憶していますよ。

初めて見たのが、一昔は前でしたね。

当時で検索したらワンクリックで見つかると言う有名さで、ぶっちゃけビビってウェブページを開いた記憶があるほどです。

当時の説明にもありましたが、誰かが文献からアップしたのではないかと推測されていて、作者に関しては分からないとのことでした。

かなり古い作品出はないかとも説明があり、僕の見たウェブページの公表より何十年か前に見つかったそうです。

それで、これがまたいい訳が出回っているんですよ!

日本語をしゃべったら、礼儀正しく言ってくれそうな気もして胸が熱くなったのを覚えています。

夢想して、セントバーナードを抱き締めたっけか(*/□\*)

ただ親類の家がボクサーなどを飼っていただけなのでミーハーなんですが(苦笑)

犬の真っ正直な忠義がたまらなくいとおしくて、こんなに思ってもらえる飼い主は、いや心友は幸せだと思ったものです。

僕は読んでいてその思いが去来する度に自分を苦しめる質問にぶつかりました。

僕はインコのあの子がこれくらいメッセージを残してくれるほど、愛しただろうか。尽くしただろうか。

答えがないから、ついつい自分を責めてしまい、傷つく反面癒されると言う複雑な経験を繰り返したものです。

犬だったら、自分を早く許せたかも……と思わずにはいられない作品です。

興味がわいた方は、検索エンジンに「犬の十戒」と入力したら、すぐに見つかるので自分で見つけてくださいね。

動くことがあなたの生きる証しにも、価値のある証しにも繋がるので。

気持ちの面でも自分で探すのが一番です。

11月25日〜12月1日に投稿したなう



明日更新したいな。
11/29 1:07

[一番よく使うSNSは?]うーん、mixi。ガラケーでもTwitterと連動してくれるから。
11/29 1:11

金が飛ぶ。財布泣くなり。懐で。 ビンボー変に暇(泣)
11/29 1:13

[猫舌だったりする?]口に入れて熱かったら粗相します←オイ
11/29 1:17

精神的な疲れ

今回のテーマは精神的な疲れにしてみようと思います。

ぶっちゃけ、ペットロス症候群に陥っている時点で疲れているんですが、理解できない人には無駄に落ち込んで悲劇のヒーロー(ヒロイン)になっているようにしか見えないんですけどね。

それだから、言えることもあるんですよね。

わざわざ好きで悲劇の主人公してませんって。

それは外から見た結果であって、内側から見たらプロセスの途中でしかないんです。

大切なあの子との大切な時を頭の中で、心の中で繰り返し経験することで、お別れに向けて進んでいるんです。

そりゃあ例外はいますよ。

あの子を亡くして鬱などの精神疾患に陥った人なんてそう。

例外と言っても、疾患特有の考え方の混乱で遠回りした結果、あの子の愛してくれた自分に、そこからさらに成長した自分に向かっているには変わりないんですけれど。

お別れに向けて進むって、亡くしたことで心の余裕がなくなってしまった人にとっては、正直絶対向かえなければならない儀式と自分を縛り付けるほどに理解しているんですが、怖いんですよね。

何度もあの子を亡くすような怖さがあるんです。

もうね、そんな感覚にとらわれたら、精神的に回復に向かっていたとしても、どっと疲れてしまって、それこそ病変増悪みたいに落ち込んでしまいます。

自分の失敗ゆえに、あの子の死を早めた、あるいはあの子を死に至らしめたと自分を責めている最中です。

頭でもっと不幸な人たちがいると分かっていても、もっと辛い人がいると分かっていても、同じ苦しさと辛さにしか心を開いて共感することしかできないんですよ。

だって、理解されずに否定される恐怖はいつだって隣り合わせで過ごすんですから。

これで悲劇の主人公になっているというなら、勝手に言ってください。

僕でなくても共感して理解できる人がいると思うけれど、僕だっていう。

自分の殻に閉じこもってしまったって、それは今ここのあなた自身には耐えられない辛さを味わったから当たり前の感情なのだと。

言葉が無いからこそ、気持ちが通じた時の喜びは至上の喜びで、その喜びゆえに心友であり家族になってしまったのだから。

それだけ大切になったものを亡くしたら、家族を亡くしたかのように呆然となるのは当然で、そこから元の自分に戻るのは並大抵のことではなくなってしまう。

周りに迷惑をかける、周りは理解してくれない、そうなったら地獄です。

だからこそ、共感してくれる人がいてくれることが何よりの薬になるんです。

どんなに疲れてどんなにひどい考えに取りつかれてしまいそうになっても、一握りの自分を取り戻せるから。

あなたも絶望が無くならないなら、無理に無くそうとしなくていい。

かえって苦しいですよ、素直に味わい尽くしましょう。

それ以上の苦しみはないと感じきった暁には、あなたは心にあの子への愛ゆえに辛さに耐えられる力の元を手に入れられるでしょう。

周りの人も、どうしてと質問しないでください。共感できなければ、そういうことなのかと受け止めてあげてください。

受け止めるのと理解するのは次元が違うので、気持ちを受け止めた時にすべてを受け入れる必要が無いからです。

正直、分かってもらえないのは直感で分かりますが、それでも藁をもつかむ思いで思いを吐き出した時に受け止めてもらえると、最悪「否定される」ことを避けることができて、それ故に再度地獄を見なくて済むからです。