画時代的とかエポック・メーキングとかいわれるできごとは、9・11同時多発テロなど驚天動地の事件をのぞけば、リアルタイムにそうと認識されることが案外に少ないものだ。ずいぶん時を経てから、そういえばあれは時代を画する現象だったのだと、回顧の過程で後知恵のように位置づけられることがしばしばである。実時間にあってはなにごとにつけ高をくくりがちなのだ。

 

テレビのニュース番組をみていたら、来年の五輪に出場予定の選手が目をキラキラさせて「ええ、クニのために一生懸命がんばります!」と、よどみなく話していた。はっと息をのみ、たじろぐ自分とテレビ画面の間の乖離が尋常ではないことに気づく。向こうは“新時代”を晴れがましく生きているのに、こちらは旧時代の暗がりにいじけて屈んでいると一瞬、思わされ、ややあって、いやそうだろうかと自問する。

 

わたしは「クニのために…」と言うことができない。なぜかはつきつめてかんがえたことがないが、「クニのためにがんばる」とは死んでも口にしないだろう。例外はいくらでもあろうけれど、わたしだけではなく、少なからぬ老人たちがこのフレーズをかたるのをみずからに禁じているはずだ。「禁句」とまではいえないにせよ、体内でなんらかの重い自制がはたらくと思われる。

 

戦争を直接に経験した人びとと、そのような人びとから教育をうけた世代が少なくなりつつある。「クニのためにがんばる」の文言がためらいなくかたられるのは、この文言が国家規模の動員・服従・奮闘の歴史をおびていると知らない者が絶対的に増えていることをものがたる。それだけではない。「クニのために…」の彼方には「死」が待っていたのだった。そうした過去に思いがおよばない若者が大多数をしめるようになったということでもある。

 

改元ときたるべき五輪は、人びとの心の在処を、まるですばらしい未来がやってくるとでもいうかのように、根拠もなく浮つかせている。これにくわえて、新旧天皇の退位と即位と関連の儀式が、直視すべき重大事を押しのけて最大級に報じられている。しかし、本来なされるべき議論は皆無にひとしい。

 

たとえば、天皇制とはなにか?それはこの社会にとって必要欠くべからざるものか。天皇制がなければ社会は崩壊するとでもいうのか。平成の天皇は昭和天皇の戦争責任を公式に批判したか。天皇にはなぜ一般的な「人権」がないのか――等々。

 

しかし、先達らは昔時、堂々と天皇制の病理を論じたのであった。「象徴としての『天皇』は、或は、『神』として宗教的倫理の領域に高昇して価値の絶対的実体として超出し、或は又、温情に溢れた最大最高の『家父』として人間生活の情緒の世界に内在して、日常的親密をもって君臨する」――と述べた(『天皇制国家の支配原理』)のは藤田省三である。いうまでもなく、これは天皇を社会的頂点に戴き、かつ、天皇を人間精神の中核に内在させることの“美点”を強調したのではない。

 

逆である。天皇制という非論理的レジームの珍妙さと、にもかかわらず事実上神聖不可侵としてあがめたてまつることの、ファシズムにつうじる危険をかたっているのである。

 

それかあらぬか、新旧天皇のマスコミへの露出ぶりはこのところじつに激しいものがある。それは「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」と規定されるシンボリック・エンペラー・システムというより、(メディアと民衆にささえられ、政治権力者に利用される“道具”としての)新たな実質天皇制の顕現にも見える。

 

天皇賛歌と「クニのためにがんばる」発言の本質的危険と外見的他愛のなさは表裏をなしつつ、このクニが浮かれてさわいで新たな水域に入りつつあることのあれわれなのではないのか。

 

『生活と自治2019年6月号』(生活クラブ事業連合生活協同組合連合会発行)

連載65「新・反時代のパンセ-不服従の理由-」 辺見 庸

 

 

 

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