マイミクの多数のお友達は、日本人でなぜか顔写真がない。フェイスブックのほとんどのお友達は英語圏の方々で顔写真がアップされて近況写真も豊富でその人なりを知ることができます。アメブロではアクセスによると毎日100人ほど訪れているようですが、どんな人が訪れているのか、全く情報がありません。これは国民性なのか、文化の違いか、サイトの性質か、時々悩んでしまいます。キャッチボールしていて、いつも投げた球が暗闇に消えて戻ってこなければ、つまらない。なんでアメブロに書き込んでるのかもう少し深く考える必要があるみたいです。
来週の予定が出てるはずなので会社のサイトをのぞくと、、、水、木、金、4時間ずつの3日間だけでした。家内も働いてるので合わせると35時間かな? フードスタンプがなければ、生きていられません。アパートに移ってもローンと同じぐらい払わないといけないから、全然無意味。なんか仕事探さないとだめですね、これでは。ボルボ君もそろそろ手放さないと維持できるほどの余裕もないし、いったいどうなることやら。まあ僕が出来ることは、仕事を探し続けることと、祈ることだけでしょう。
翻訳

このようにして悟った魂から真理を知ったならば、君は再び幻想に陥ることはなく、全宇宙の生物はすべて私の一部であり、私の中にあり、私の所有だと知るのだ

解説

自己の本性を悟った魂、つまり万象の実相を熟知している人から知識を授かった結果は、生きとし生けるものはすべてバガヴァーン、主シュリー・クリシュナの一部であるという真理を悟ることです。クリシュナから分離した感じ、これをマーヤーといいます(マーは非。ヤーは、これ)。クリシュナは歴史上の偉人であって、自分たちとは関係がない、絶対者というのは、人物ではない無相のブラフマンだ、と考えている人々がいます。本当は、バガヴァッド・ギーターに書いてあるように、非人格のブラフマンはクリシュナ自身の光輝なのです。そしてこのバガヴァーン・クリシュナが宇宙万象の本源なのです。『ブラフマ・サンヒター』には、クリシュナはバガヴァーンであって、すべての原因のそのまた原因である、と明確に述べられています。無数の化身たちは彼の多様な分身です。同様に一般生命体もまた、クリシュナの分身です。マーヤーヴァーディーの哲学者たちは、無数に増殖し分身するとクリシュナはもとのままのクリシュナではなくなる、という誤った考えをしています。これはまさに物質的思考です。一つの物体を細かく分割してしまうと、もとの物体ではなくなります。これは私たちが物質世界で経験していることです。しかし、マーヤーヴァーディーの哲学者は、“絶対”とはどういうものか理解していません。絶対世界では、1+1=1であり、1-1も、=1なのです。

絶対学についての知識が不足しているために、私たちは妄想の雲に覆われて、その結果、クリシュナと分離しているように感じています。私たちはクリシュナの部分ではありますが、といってクリシュナと別のものではありません。不異なのです。生物それぞれの肉体の相違は、マーヤーです。私たちは皆すべて、クリシュナを満足させるために存在しています。アルジュナが、“身内”と称する一時的な肉体的関係を、クリシュナとの永遠な精神的関係より重要に思うのは、ひとえにマーヤーのせいです。ギーターのなかのすべての教えは、実にこの点を目標としています。生物は、主の永遠の召使として、決してクリシュナから離れることはできないのに、クリシュナとは関係ない何か別の存在だと感じています。この感覚をマーヤーというのです。生物は至上者から割り当てられた部分として、満たすべき目的をもっています。だがその目的を忘れてしまって、太古このかた人類とか動物とか神々など、違った肉体をとって存在してきました。この肉体的相違は、主への奉仕を忘れたことから起きたのです。しかし、クリシュナ意識による超越的奉仕に従ったならば、その人は直ちに、この幻覚妄想を払い去ることができます。こうした純正な知識を授けてくれるのは、正統なグルだけであり、これによって私たちは、生物がすなわちクリシュナだとか、神は我なり、とかいう幻想を打ち砕くことができます。スーパーソウル、クリシュナは全生物にとって無上の保護者であり彼の保護を離れると、生物はたちまち物質エネルギーに幻惑されて、自分はクリシュナとは無関係の存在だと妄想するようになります。これが完全な知識です。肉体や物質に対する執着の程度によってクリシュナを忘れている度合いにも強弱があります。ですがいずれにしてもこうした幻覚状態にある生物がひとたびクリシュナ意識に目覚めると、その場で直ちに真の自由が約束されます。『バーガヴァタム』にも次のようにはっきりと書いてあります。クリシュナの永遠の僕という自己の本来の位置に安住すること(クリシュナ意識)、これが解脱です。

私見

プラブパーダは、ここで断言してます。「クリシュナの永遠の僕という自己の本来の位置に安住すること、これが解脱です。」
世間では、「解脱」についての定義がありますから、たぶんそれを調べるだけでも頭が痛くなることでしょう。自分のものさしをどこに当てるべきか、まずこれがしっかりしないと翻弄されます。世の中にはたくさんの偉人がいます。どの人を「師」とするかは個人の自由ですから、どうぞ「曇りなき眼」で選べるよう常に自分を磨いていただきたいというのが僕の願いです。

「解脱」「悟り」という事自体に興味がない人には何もいう言葉がありません。でも世の中には「この世界、何かおかしいぞという人」「電車に乗れなかった人」「世間の波についていけない人」「目に見えないものを信じる人」、、、が存在します。僕はそういう人々の中から「クリシュナに会いたい人」「輪廻の輪から抜け出したい人」を探してます。
去年、更新手続きをして「いつ来るかな~」と待ちわびていましたが、ようやく届きました。3月で切れるので「最悪の場合、4月5月にずれ込むかも」と勝手に心配してました。実のところ、グリーンカードより免許証の期限切れのほうを心配してまして、ようやく新しいグリーンカードを持って免許更新ができます。ある人は未だにグリーンカードが持てず一体どうするんでしょう。まあメキシコとの国境では、ビザなしでメキシコ人たちが入国しているようですが、アメリカはそんなに住み心地のよいところとは思えない。というよりこの世界自体、僕には魅力的に見えません。クリシュナカードを手にしてゴーローカに移り住む努力が大切です。
僕の場合は『バガヴァッド・ギーター』に出会ったおかげでいわゆるスピリチュアル・ライフを現在まで歩んでいられると思いますが、人によって「スピリチュアル・ライフ」の定義が若干異なるでしょう。ですから僕ら凡人が「これこそが王道だ!」と言っても人の共感を得られるところまで進むのは、ちょっと困難です。おまけに世間では数多くの仏教、キリスト教、神道、新興宗教があって時々世間を騒がせているわけですから、選択することさえ難しい。

「こわい」
「信じられない」

もし人が泳ぎ方を学びたいならプールに飛び込むしかありません。「鼻に水が入って痛い」「眼が塩素で真っ赤になりたくない」「冷たい」と言って脇で見てるだけならほとんど無意味です。古毛布で体をくるんで、上から人が泳いでいる姿をみて型を覚えていく道もあるけど、最終的には水の中に入る以外方法はありません。「泳ぎたい」という望みだけが唯一の希望です。のぞみはなくともひかりはありますが、自分の意思をしっかり持ちましょう。
「謙虚さ」を忘れるとたぶん全てを失う羽目になるでしょう。「頑張れ社長」のメルマガで以下の記事が見られました。

【再起できない15ヵ条】

 1.怠け者でマイナスシコウ(思考)
 2.時間をムダにする
 3.絶対再起する心構えが不足
 4.確かな目標と目的がない
 5.非情さが足りず、相変わらずお人好しであり何ら変わってない
 6.世の中のこと、自分のことすべてに甘い
 7.お金がない
 8.なぜ失敗したか確かな分析、反省なし
 9.他人の意見を聞かず素直でない
10.我が強く感謝の念なし
11.知識、知恵不足
12.金銭感覚に乏しい
13.あせりすぎ
14.良き相談者、良き友人なし
15.内助の功なし

さてどれがあてはまるかな?
昨日は世界経済のリスクが頭によぎってましたが、今日は精神生活におけるリスクが頭の中で
グルグル回ってました。バクティ・ヨガは誰でも出来ますし、入り口はとても幅広いですが、なぜか多くの人は引きつけられません。おまけに引きつけられてもかなりの人が継続できない。一度、僕のグルが「それはダイエーと田中貴金属店の違いみたいなもんだ」(ちょっと正確ではないけど)。ダイエーは安売りでたくさんの人々を引きつけますが、高価な貴金属店にはお客はちらりほらり。バクティ・ヨガは安い買い物ではないようです。ハレークリシュナを唱えたりプラサーダムを食べることは老若男女を問いません。うちの猫に水を飲ませようと水を与えても「飲む」のは猫次第。飲みたくない時は絶対に飲もうとしませんから、肝心なのは本人の望み次第。ですから「無関心」は大敵です。そしてそれは現代社会に蔓延してます。

「ああ、このグルはだめだ。この人はいい説教してる、インド人以外のグルは問題外」とあれこれ自分の限られた脳ミソでグルを批判するのは、将来もしくは来世におおきな災難を降らせることでしょう。別に心で思ってるだけなら全然影響しませんが、言葉にしたり行動を起こすことは、良い悪いの区別なく、自分に跳ね返ってきます。それはこの世界の掟「カルマ」です。人に親切にすればその行為がいつか自分にかえって親切にされることでしょう。人に暴言を向ければ、壁にボールを投げて自分に返ってくるように、そのうち跳ね返ってきます。「眼には眼を」とは「眼には耳を」ではなく「眼」にです。それ以上でもそれ以下でもありません。そしてそれが献身者に向けられた場合は何倍にもなって返ってくる、、、。心と言葉と体のすべてをクリシュナに捧げた「グル」には、敬意を持って接することが望ましいでしょう。そうでなければ、近づかない方が身のためです。

若い頃は平気でそれも気楽に吉野家に立ち寄ってよく牛丼をいただいてましたが、じっくり考えるとかなりひどい、そして恐ろしい過ちです。バガヴァーン・クリシュナがもっとも愛している牛を自分の舌に踊らされて胃袋に入れてしまうことは神様の大きな反感を買います。基本的に「ピース・平和」を唱えている人で豚骨ラーメンを食べている人は偽善者です。世間を騙せても神様は騙せません。僕らは「神様を喜ばせる」ために行動しましょう。自分の感覚を満足させるための生活から抜け出さないと、もしくは抜け出そうという努力がないと、スピリチュアル・ライフは出来ません。

5000年前に降誕されたクリシュナをバガヴァーンと理解しない人は、結局のところ無神論者の部類に入っているわけですから、輪廻の輪から抜け出すことは不可能です。生まれて死んで生まれて死んでの繰り返しを延々と続けます。それが好きな人は特にスピリチュアル・ライフは必要ない。

世界経済なんていうのは僕の思考外ですし、どうにもなりません。でもこの世で生活して単に寝る、働く、食べるのレベルから飛躍したいのであれば、今すぐ行動に移すことをお勧めします。
大前健一氏のメルマガで言われてます。

1.「米国ドルの崩壊」
2.「欧州経済危機の連鎖」
3.「隣国である中国で起きる可能性のある不動産バブルの崩壊」
4.「日本の国債暴落」

せっかくのアドバイスも、当事者(ここでは役人?かな)が興味を持たなければなんにもなりません。おまけに国自体にもカルマがありますから、どういう運命になろうがそれを人の知恵で変える事はできないでしょう。天界のインドラ様も、自分のグルのアドバイスを聞かず地位と力に溺れてクリシュナを侮りヴリンダーヴァンの住民を混乱させてしまったのですから、地上の人間たちが同じ過ちを犯してしまうのは当然といえば当然かもしれません。でも賢い人ならやっぱり「聞く耳」を持つように心がけることでしょう。カリユガを生き抜くのはちょっと大変です。
個人的に、電話は大嫌いです。人が仕事、もしくは考え事をしている時に電話がなると、完全にその作業が中断されて、再び始める時にかなりの労力を要するから。といっても裏を返せば単なる怠惰にすぎないかも、、、。おまけに身振り手振りで意思が伝わらないし、早口でしゃべられると全くわからない。

「ハロー、マイケルズです。オーダーしていた額縁が出来ました。」
「ん?」
「・・・・・・・」(無言)
「誰?」

半分以上のお客さんが理解しなくて「う~ん、やっぱり通じない」と自分の言葉にしょんぼりしていたら、バレットさん(額縁職人9年!で体中が刺青だらけのおにいさん)が

「違う、違う、お客さんは自分の注文のこともあんまり覚えていないんだよ」

と慰めてくれました。まあ9年もこの仕事をしていますから、かなりのお客さんと接していろいろ知ってるのでしょうから、半分は本当かもしれません。でもやっぱり電話は大嫌いです。
昨日は学校が午前10時半でお終い。大雪が予想されてました。ケーキのデコレーションクラスもキャンセル(無念)で今朝はたっぷり雪が積もったかなあ、と思いきやそんなに積もってませんでした。薄化粧の感じでしょうか。でもみぞれまじりで車はしっかり氷?で包まれて落とすのに一苦労。路面もそんなに掃除されて折らすちょっとつるつる状態、この調子で日が暮れた後には運転がやばそうな感じで心配でした。案の定、通常夜9時閉店がくりあがって午後5時に閉店、6時にはみんなお店から離れました。今年はホントによく降ります。学校は今日、明日と休校です。天界のインドラ様には一体どんな思案があるのでしょう?