昨日は世界経済のリスクが頭によぎってましたが、今日は精神生活におけるリスクが頭の中で
グルグル回ってました。バクティ・ヨガは誰でも出来ますし、入り口はとても幅広いですが、なぜか多くの人は引きつけられません。おまけに引きつけられてもかなりの人が継続できない。一度、僕のグルが「それはダイエーと田中貴金属店の違いみたいなもんだ」(ちょっと正確ではないけど)。ダイエーは安売りでたくさんの人々を引きつけますが、高価な貴金属店にはお客はちらりほらり。バクティ・ヨガは安い買い物ではないようです。ハレークリシュナを唱えたりプラサーダムを食べることは老若男女を問いません。うちの猫に水を飲ませようと水を与えても「飲む」のは猫次第。飲みたくない時は絶対に飲もうとしませんから、肝心なのは本人の望み次第。ですから「無関心」は大敵です。そしてそれは現代社会に蔓延してます。

「ああ、このグルはだめだ。この人はいい説教してる、インド人以外のグルは問題外」とあれこれ自分の限られた脳ミソでグルを批判するのは、将来もしくは来世におおきな災難を降らせることでしょう。別に心で思ってるだけなら全然影響しませんが、言葉にしたり行動を起こすことは、良い悪いの区別なく、自分に跳ね返ってきます。それはこの世界の掟「カルマ」です。人に親切にすればその行為がいつか自分にかえって親切にされることでしょう。人に暴言を向ければ、壁にボールを投げて自分に返ってくるように、そのうち跳ね返ってきます。「眼には眼を」とは「眼には耳を」ではなく「眼」にです。それ以上でもそれ以下でもありません。そしてそれが献身者に向けられた場合は何倍にもなって返ってくる、、、。心と言葉と体のすべてをクリシュナに捧げた「グル」には、敬意を持って接することが望ましいでしょう。そうでなければ、近づかない方が身のためです。

若い頃は平気でそれも気楽に吉野家に立ち寄ってよく牛丼をいただいてましたが、じっくり考えるとかなりひどい、そして恐ろしい過ちです。バガヴァーン・クリシュナがもっとも愛している牛を自分の舌に踊らされて胃袋に入れてしまうことは神様の大きな反感を買います。基本的に「ピース・平和」を唱えている人で豚骨ラーメンを食べている人は偽善者です。世間を騙せても神様は騙せません。僕らは「神様を喜ばせる」ために行動しましょう。自分の感覚を満足させるための生活から抜け出さないと、もしくは抜け出そうという努力がないと、スピリチュアル・ライフは出来ません。

5000年前に降誕されたクリシュナをバガヴァーンと理解しない人は、結局のところ無神論者の部類に入っているわけですから、輪廻の輪から抜け出すことは不可能です。生まれて死んで生まれて死んでの繰り返しを延々と続けます。それが好きな人は特にスピリチュアル・ライフは必要ない。

世界経済なんていうのは僕の思考外ですし、どうにもなりません。でもこの世で生活して単に寝る、働く、食べるのレベルから飛躍したいのであれば、今すぐ行動に移すことをお勧めします。