「毎日がお正月のように」というのは、僕のグルの言葉ですが毎日を新鮮な気分で迎えるのは結構たいへん、、、でした。社会のムード、自分の性格などいろいろからまって「新鮮」で居続けるのは大変です。こういうのもマーヤーかもしれません。お寺では毎日、神像が衣装、花輪などとても丁寧にそしてきれいに飾り付けられます。そしてそれが何年も休みなく続けられて、毎日、献身者の眼を楽しませてくれます。そういう「献身」の意識に近づくには自分で自分を押していかないといけない。その熱意、胸にある熱いはずの炎は、時によって消えそうになったり、燃えさかったり、もしくは消えてしまったり、、、。いったいどれだけの人々が、この人生の後、クリシュナに近づけるのでしょうか。
「耳元で鈴の音が鳴って眼を覚ますと、そこにバガヴァーン・シュリークリシュナがにっこり笑って立っている」
一人でも多くの人がクリシュナに魅了されて、死を迎えた後にこんな状況が待っていますように。
「耳元で鈴の音が鳴って眼を覚ますと、そこにバガヴァーン・シュリークリシュナがにっこり笑って立っている」
一人でも多くの人がクリシュナに魅了されて、死を迎えた後にこんな状況が待っていますように。