戦時中、叔父が「日本は負ける」と言って上官にかなり痛い目にあったと生前、僕に語ったのを仕事中思い出しました。
誰もが富国強兵、日本は勝つ、天皇は神様 と信じられていた社会、テレビ、新聞、ラジオからしか情報がない時代に比べると今はメガデータで受け手はちょっと溺れそうになることもしばしばあるわけです。でも大昔のように統制された情報で真面目に受け取る日本社会よりは良いかなあと思うけど、今の状況もちょっとこわいなあと。

2回も原爆を落とされても、50以上の原子力発電所をつくって「安全」と教育し続けた上に、一国の総理が公式に「完全にコントロールされている」と発言する。政治家の方々がすべての日本人をハッピーに出来るなんて期待はしないけど、、、一歩下がって投票率50%以下という普通の人々の態度も問題だとは思うけど、これからどうするんでしょう。狭い国土で地震国(自信じゃありません)、廃棄する場所もないのに、「それ」は生まれていくばかり。リニアモーターって聞こえはよいけど、いったいどれだけの電気を消費するのか、その電源はどこから?資本主義の世の中ですから、お金を回さないとみんなが生活できなくなるのはわかるけど、ほとんどの利益って上で止まって年収200万円以下の人にはなんの益があるでしょう。

来年から実施されるオバマケア、いいと思うけどその保険が払えないと罰金が待ってます。貧しい人、すべてがそうだとは限らないけど、保険なんて払う余裕がないから払わない、払えない底辺の人たちにオバマケアの出費なんてありがた迷惑(すみません、言ってしまった)。

経典によれば今はカリユガ、偽善と闘争の世の中、みんな下心?があって大変です。そういう世界で「バガヴァッド・ギーター」は心に明かりを灯してくれます。キルタンは濁った心を洗ってくれます。菜食のプラサーダムは舌だけでなく心も楽しませてくれます。

歌おう学ぼう味おう バクティ・ヨガ

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全く動かなくなったチェーンソーをlowesに修理に出して10日後、電話があって「チェーンがロックされている状態で動かなかったようです」。あのねえ、もう10年以上、使っててロックされてる、されてないっていうのはわかるんだよ、といいたかったわけですけど、残念ながら50%以上、僕の発音、文脈は相手に伝わらないし、電話だと80%以上の確率でだめ、という状態なので、とりあえず取りに行きました。修理に出した紙を見せて待ってたら

「58ドルいただきます」

「what...?」

「これ2年の保証付だよ、無料でしょ?」

「レシートは?」「誰が受け付けました?」

(そんなの知るもんか、レシートは受付の時にもって見せたよ)

「これは私では決めかねます、マネージャーを呼びます」

彼女は電話を入れましたが、誰も来ない、、、ので

「チェーンソー持ってきます」

チェーンソーを抱えてきた彼女はレジを操作して

「ハイ、どうぞ お金はいりません」

だいぶ前にこの店でウイードワッカーを修理に出した時はそれ自体どこに消えたか不明で新品をいただきました。

ホームデポでブローアーを修理に出した時は
「あんたオイルを添加せずにガソリンだけ入れたでしょう」
(あのねえ、そんな間抜けなことするのはレッドネックだけでしょ、)おまけに修理できずに80ドルぐらい請求してきたので、受け取りを拒否したのでした。

たぶん小型エンジンのトラブルは僕の大昔に起こしたなんらかの行動の結果が現れているのでしょうが、もう年でひもを引っ張ってエンジンを作動させる動作が、しんどい。ので家のまわりは今年は手付かず、、、ほぼミニジャングル化しつつあるわけで、放置しておくともっとひどい状態になる。

昨日から重い腰を上げて草刈をはじめました。

黒澤明監督の「天国と地獄」は未だに自分の脳裏から離れることはありません。果たして本当に天国と地獄があるかというと、最終的にこれは個人の倫理観に委ねられることになります。が問題はその倫理観を形成してきた過程が人によってみんなバラバラで、科学的なメスを入れられる状況にない。その上、誰も「天国にもう一回行ってみたい」「二度と地獄には行きたくない」という証言者が現れることもなく、仮に現れたとすると普通の人からは「おまえは丹波哲郎か?」と変人払いされるのがオチです。

さてどの時点で人は人生の意味を理解し実践することができるか、それはすべてあなた次第です。
久しぶりに書いた記事に112人もアクセスして下さり、なんとも恐縮してしまうわけですが、みなさんは何を求めてるんでしょう。「楽しいこと」「ワクワクすること」時には「恐怖」を求める人もいますから世の中、不思議なものです。もしそれらの根本が「自分の感覚」みたい、ききたい という満足感を味わいたいのであれば、一時的でそのうち空しいものに変わってしまうでしょう。それはどんな人でもいつか悟れる。この一生のうちに理解できるかもしれないし、そうでなくてもこの体を離れる時にすべてあきらかに「させられる」。バクティー・ヨーギーと呼ばれる人々は、「死」の瞬間に思うことが「来世」を決定する、シュリークリシュナが神々の長である、マハーマントラを唱え続けることがカリユガにおいて最も効果的な悟りを得られる、、、ことを理解しています。

現代社会はあまりにも物があふれ、情報が錯乱して、自分を見失いがちになってしまいます。この世に生まれ、歩けるようになり、学校を卒業して 仕事を見つけ、伴侶に出会い、家庭をつくる。これだけが全てではありません。生きている間、どれだけの時間を主クリシュナに想いを寄せられるかが大きな課題です。

このキルタンは今年6月、ウエストバージニア州ニューヴリンダーヴァンで行われた24時間キルタンの一部です。今月19日にも行われます。もちろん参加!今回は9年落ちのプリウスがあるのでミニバンの半分以下のガソリンで行ける。

全然更新してなくてすみません。時間は24時間しかないのに、ユーチューブのビデオ管理、フェイスブックの更新、家の周りは草が伸び放題で小ジャングル化しつつあり、毎日出るゴミには掘り出し物があってつい家に持ち帰り、その整理もつかず、ケーキをつくる時間もとれない。バーフィは一回作るのに3時間はかかるし、最近はwww.harekrishna.jpの管理も始めて、それでも週40時間の仕事にありつけない。(全く脈絡がないデス)

来週末は24時間キルタンがウエストヴァージニア州で行われます。もちろん私も長男を連れて参加予定です。たぶんmayapur.tvで生中継されるので時間のある方はどうぞ。

フェイスブックは非常に更新しやすくて、布団の中でもトイレでも仕事の休み時間でもipodtouchで見られる。のでお時間のある方はどうぞフェイスブックで「yutaka baba」でフォローしてみて下さい。
ようやく編集を終えました。「百聞は一見にしかず」ということで10分41秒、お楽しみください。来年の夏はトロントに行ってみませんか?


今日は、新学期の初日!おまけに3人みんなバラバラの学校で時間帯がバラバラ、スクールバスが来る時間も帰りの時間もバラバラ。長男カピラは朝8時30分頃にバスが来るはずが来ない。40分になっても来ない。学校が始まるのは8時45分、で家内が慌てて車に彼を乗せたところ、目の前をバスが通過していきました。

さて下校では、三男ナーラダは、バスを使うと1時間30分も乗らなくてはならず、自分の車で迎えに行けば6分もかからない。ので家内が迎えに行って帰ってきたのは2時40分ごろでした。次男ラサラージは4時15分頃にバスが家の近くに来るはずが来ない。そのうち長男カピラのバスが到着。5時になってもラサラージは戻ってきません。学校への電話は通じない、バスの補修担当の人の電話にたどり着くまで果たして家内は何度かけなおしたか、知らないけどようやく「人」とお話できました。

「下校時に誰がどのバスに乗るか、はっきりしてなくて混乱、どのバスもかなり遅れて出発したから、、、」

と話してる間に目の前にバスが到着、運転手はバツが悪そうにラサラージを降ろしました。5時半ですから1時間15分遅れました。

学校にはかなりの電話がかかってきたようですが、一言電話で

「今日は○分遅れます」

と各家庭にメールするなり電話するなりすれば、お互いの時間も節約でき、不要な心配をせずに済むと思うのですが、日本だったらどうなのかな?

いちおう学校にはバスの手配?担当の人がいて、バスの路線の設定、誰がどのバスに乗るかいるわけですが、毎年、初日がこんな感じなら、たんに

「給料泥棒」ですよね。
10日(水)
仕事を早めに切り上げて11時半には家にもどり、旅行の仕度。困った事にプリウスの後ろはかなり狭い、、、。ミニバンで行くことも考えましたが燃費が倍以上違うのです。だいぶ荷物を切り詰めて予備のタイヤの間にも着替えを詰めたりしてなんとか5人分の着替えとビデオの機材も入れこみ1時には出発できました。

たぶん1人や二人だったら14時間走ってトロントまで直行できたでしょうが、子供3人含めてあんまり無理はしない方がよい。ので途中ペンシルバニア州ハニントンで一泊。

11日(木)
2年前の冬にトロントに来た時は、やむなく通過しましたが今回はとうとう「ナイアガラの滝」を訪れました。入り口では専用のサンダルとポンチョを渡されエレベーターで下に向かいます。「ポンチョなんているのか?」と思いながら帰ってくるお客さんをみればほとんどぬれてないし、時々ずぶ濡れの人もいましたが「たいしたことないだろう」と高をくくりながらいちおうサンダルに履き替え安っぽいポンチョをはおって滝に近づいてみると

「オオゥ」

滝のちょうど脇に階段がつくられてまして(よくあんなところにつくったもんです、さすがアメリカ人!)その一番上を見上げるとその階段の踊り場まで滝が落ちてました、、、。

ときどきスーパー銭湯の中で見られる「滝」にうたれた事はありましたが本物の滝行なんてしたこともなく、、、でもやっぱり滝に背を向けてその流れに身を寄せたのでした。

安物の薄っぺらいポンチョにはやっぱり穴が空いていて背中はもちろんズボンもずぶ濡れとはいいませんが、かなり濡れてしまったわけですが、今度行く時は海水パンツを着て行こう!

トロントのハイウエイはけっこう混んでまして、有料ハイウエイは使う余裕ないし下を走ったり上を走ったりしてGPSはかなり使えました。

12日(金)

12時間キルタンがお寺で朝10時から夜10時までお馴染み?のメンバー、ゴウラマニさん、マーダヴァさん、アジャーミラさんなどなど。たぶん明日には全部アップロードできるはずなのでこれはあとでじっくりご覧下さい。個人的には3番目のゴウラさんのキルタンがきにいってます。

13日(土)

ラタヤトラは寺院近くの図書館前から出発してフェリー乗り場まで約3時間かけて行進します。僕らはとりあえず車をフェリー乗り場の近くに駐車。すると隣に駐車してきた車から「ジェトー君?」このお祭りのメンバーの1人で「よぉ!歩いていくの?地下鉄でいくの?」僕らは全然この辺知らないので「地下鉄!」。彼は両親がヒンドゥー教の家で育ってハレークリシュナが気に入ってるようです。昨日のキルタンでもリードしてたのでよろしければあとでご覧下さい。地下鉄から降りて外に出ようとドアを開けたらちょうど目の前に
3台目の山車が行進していたのでした。脇ではボトルウォーターが無料で配られおまけに冷たいローズミルクまで、、、あんまり冷たいのは僕の胃が受け付けないのですがこれはしっかり飲ませていただきました。

山車に最後までいっしょにいると「フェリー乗り場の大混雑で1時間以上待たされる」と聞いていたので長男カピラを残して僕らは先に「アイランド」へ向かいました。(つづく)
アメリカに移って初めて買った車がVWのラビット、友達から$800ドルで、それもお金がないので毎月100ドルの分割払いでした。その後一年もしないうちにトランスミッションがこわれて、、、家内の両親が使っていたフォード・エスコートをタダで譲ってくれたのでした。その後、在住日本人のVWバナゴンを確か$2000ドルで買ったと思うのですが、トランスミッションが駄目になって、1500ドルを費やして修理。2台所有もこの時からだったかな。仕事から昼ごはんに家に戻る途中、エスコートはエンジンが止まって全く動かなくなりそのままジャンクヤードへ。個人売買で買ったいすゞ・オアシスが今の所、一番の長寿で健在。バナゴンは燃費が悪く家計に重くなり知り合いに900ドルだったと思うけど売り渡しました。新聞で見つけた個人売買のトヨタ・カローラバンは1800ドルで買ったもののひどい状態で修理代がかさんできて友達に600ドルで売ってしまいました。カローラの次がボルボだったかな。乗り心地は一番でしたが修理費がかなり大きく、ちょうど東日本震災で日本に帰る頃でお金も必要で2200ドルで売りました。しばらく一台でしたがやっぱり2台目がないと生活に困る、、ということでまた家内の両親が所有していたフォード・フォーカスを譲ってくれました。残念ながらこのフォーカス、マニュアルでなぜか僕の腰と相性が悪くてどうも苦手。オアシスは完璧ですが燃費も良くないしそろそろ走行距離30万キロに近づいて、3台目がいるかなあと、しばらく物色。今年の初めに「これだ!」とニッサン・バルサを購入したものの、車体の歪みが気になって3日目で「返品」。全額戻ってきたのは驚きでした。次の「これだ!」は車で4時間かけて再びボルボと思ったのですが、実際いって見るとかなり酷い状態でこれで3000ドルはないぞ、と4時間かけて家に戻りました。次の「これだ!」が2004年式プリウス、すでに20万キロを超えてましたが、新車なんて一生無理ですし、「購入」したのが先週のお話。「パネルとか電気系がいかれたら、かなり修理かかるだろうなあ」「バッテリー交換もだいぶかかるなかなあ」といろいろ思い悩みましたが、結局の所、どんな車を購入しても「壊れる時は壊れる」「これも業のひとつだろう」。

乗りはじめて「しずか」「燃費の良さ」走って面白い車です。なんか覚えのある匂いだなあとずっと考えてましたが、「新幹線の匂い!」と思ったのは僕だけかな。

さすがに地元の修理屋に見てもらうには不安があって今日はじめてトヨタ・ディーラーにオイル交換など点検のために行ってきました。これでちゃんとカナダまで走ってくれると良いなあと。水曜日から一週間休みをとってみんなでカナダ・トロントのラタヤトラに参加します。
母親の見舞いの帰り、大船駅でふと顔を見上げると大きな観音様が丘の上に!日本に生まれて神奈川で育って沖縄を除いてほぼ日本全国を旅したのに、大船観音の存在を全く知らなかった。(神様の存在ってそんなものかもしれません。絶対的な存在は大きな光、もしくはとても掴みきれないもの)。

興味を持って狭い坂を上って近づいてみれば、門があって「拝観料」を払わないと中に入れない。手持ちに帰りの電車賃しか持ってないのでとりあえず眺めてみればあの大きな顔の上にも小さな像がありました。真っ白な像ですからきっと掃除するのも大変だろうと勝手に想像しながら後を去りました。(探求の道は一応開かれています。その気になれば聖書を読み、寺院に行ってお坊さんにお話を伺うとか。そのうちヴィシュヌ神に出会ってその荘厳なお姿に圧倒されることでしょう)

後日、拝観料を払ってお寺に入り、その大きな観音様に出会えば、後ろに回って小さなお部屋に入れる事がわかります。小さな仏像や千羽鶴などなど。(4本腕のヴィシュヌ神をもう少し調べると実はその源がシュリー・クリシュナ、薄黒い肌をして、フルートを奏でながらたくさんの恋人を魅了する永遠に若い青年に出会うことでしょう)