所  謂、  東  京  散  歩。 -30ページ目

所  謂、  東  京  散  歩。



世 間 に 遍 く 知 れ 渡 っ た 名 所 や、

少 し 胡 散 臭 い 好 事 家 向 き の 数 多 の 珍 ス ポ ッ ト。

倦 む こ と の な い 東 京 散 歩 の 備 忘 録 で す。

OTOJIRO

 欧米で日本人初の海外ツアーを行い
 世界的エンターテイナーとなった「川上音二郎」の像。
 1900年の“パリ万博公演”では
 妻で主演女優でもあった「貞奴」の
 エキゾチックな魅力が人気となり、
 ロダンやドビッシー・ピカソも絶賛したとか。
 ※アンデルセンの「裸の王様」のように“愚か者”には見えない訳ではありません(^▽^;) 戦争で金属製の像は供出されてしまったため、今残るのは台座のみ(T▽T)
 
 キワモノアイドルかと思ってたのに、
 凄く度胸が据わっていてビックリした
 異才「きゃりーぱみゅぱみゅ」は
 来年は“ワールドツアー”に出るようですネ~。
 しかし今から100年以上も前の明治の時代、
 国内での低迷から“一発逆転”するために
 無謀な世界巡業へと旅立った「川上音二郎」の
 クソ度胸には流石に勝てないかな?
 ※音二郎の低迷は、自負心が強く激情家だったため「裸の王様」になっているのに自分で気づかず、“衆院選”に出馬して大敗したことから始まるですが・・・(^▽^;)


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MEGUROGAWA


目黒」駅から「目黒不動」に向かって
「行人坂」を下った所にある、
「目黒川」に架かる“太鼓橋”という名の橋の上。
 ※この川は古くは港として使われ“品”が行き交ったことが、下流域「品川」の地名の起こりとされています。
 
 江戸時代の「目黒川」は川幅が狭く水深が浅く
 曲がりくねった流れだった為、
 大雨が降ると水が溢れ周りの田畑が冠水することもしばしば。
 広重の絵(名所江戸百景「目黒太鼓橋夕陽の丘」)にも描かれた“太鼓橋”は
 その名の通り美しい西洋式アーチ型の石橋だったようですが、
 大正9年の豪雨で流出し名前だけを残して
 普通の橋に架け替えられています。(現在の橋は平成7年完成)
 
 この真っ直ぐな川の流れは昭和12年に完成したもので、
 その両脇に並ぶ有名な桜並木は春のお花見のみならず
 紅葉のこの季節もなかなか風情ある景観を見せてくれます。
 ※すぐ左のビルは「アマゾンジャパン日本本社」が入る、「目黒雅叙園」の敷地内にある「アルコタワー」。その裏あたりに【夕陽の丘】があるはず!(^-^)/


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asuka


 高低差18m・レールの長さ48m、
 2分間掛けてゆっくりと“飛鳥山”に登る「アスカルゴ」。
 ※時速は1.44km。「アスカ」+「エスカルゴ」のネーミング(^_^)v
 “飛鳥山”は都内有数の「桜」の名所と
「渋沢栄一」の旧邸が有名な場所で、
 山の上に広がる「飛鳥山公園」は明治6年(1873年)
「上野公園」などと共に【日本最初の公園】に指定されたそうです。

 しかし“飛鳥山”は“山”ではなく“丘”だと認識され、
 国土地理院の地図には“飛鳥山”の名は記載されていないとか。
【都内で一番低い山】だ!と主張する北区が行った測量結果では、
 港区“愛宕山(25.7m ※都内一低い山で有名”よりも低かったみたいですが・・・。
 ※正式には発表されていませんが、25.3mだったとか・・・。そもそも「丘」と「山」の違いが解りません(-。-;)

 なんともハッキリしない話ですが、
 この「アスカルゴ」が【都内で一番短くて遅い“モノレール”】であることは、
 誰にも文句を言われない事実かと・・・。
 ※「日本一」(いや、世界一かも?)はちょっと言い過ぎ?


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maigo


 日本橋川に架かる「一石橋(いちこくばし・いっこくばし)」の袂に立つ石碑に
 掘られているのは“満よひ子の志るべ”の文字。
 ※橋の両側に「後藤家」があり、5斗(約18リットル×5)+5斗=1石(約180リットル)という、尺貫法を知っていないと理解できない“駄洒落”が橋の名の由来とか(^_^;)

 左面には“たづぬる方”、
 右面には“志らする方”とあります。
 これはこのあたりが繁華街だった江戸末期、
「迷子」を探し出すために作られた【掲示板】みたいなモノ。
 左の凹みには探している子の特徴:赤いフリースを着て、ウィザードの変身ベルトをした4歳の男の子を捜しています」
 右には保護している子の特徴:ザックリと編んだブルーのロングニットカーディガンを着た3歳くらいの女の子を保護しています」
 を書いた紙を貼り付けて利用したようです。
 
 私の小さい頃の“迷子体験”はデパートの【店内放送】。
 今は【GPS端末】があるから、
 必要なときにはいつでも子供の位置くらい
 簡単に確認できちゃう時代?


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baku


 アゴ髭をたくわえた“人面”に“牛”のような体、
 顔に3つ・胴体に6つの目、
 額に2本・胴体に4本の角を持つ、
 “麒麟”や“鳳凰”などと同じく想像上の聖獣“白澤(はくたく)”。
 聡明で森羅万象に通じ、
 “白澤”に遭遇すると子々孫々まで繁栄するとか。
 ※像の下には「夢を食らう獏」と説明がありますが、きっと間違え・・・(T▽T;)

 徳の高い“為政者”の時代に姿を現すとか。
 早く「五百羅漢寺」に行って遭遇しておかないと、
 政界の現状を憂えてどこかに身を隠してしまうかも・・・。
 ※凄い“ビジュアルインパクト”ですが、この寺のメイン「五百羅漢」の方がもっと強烈な強者揃い。でも撮影NGだったので、是非ご自身の目で!(・Θ・;)


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kirin


 動物について学ぶ「ヤマザキ動物専門学校」の玄関前、
 洋画家・鈴木勝之さんの作品です。
 

 夏前に盛り上がった
 上野の“パンダ”シンシンの赤ちゃんは、
 妊娠約4ヶ月で生まれ体重は133gと
 あまりにも小さくか弱い存在でした。
 それに比べ“キリン”は妊娠期間は450日以上、
 体重70kg・身長2mで生まれるそうです。
 ※赤ちゃんと言うには、あまりにもでかい!
 
 出産は立ったまま行われ、
 約2mの高さから落下する形。
 他の哺乳類と同じように生まれると
 頭から落ちて危険、
 後ろ足から生まれると最後に
 首を吊った状態になってしまいます。
 そこで子供が生まれてくる時には
 首を折り曲げ丸くなって生まれてくるそうです。
 ※「動物専門学校」でも、さすがに“キリン”については学ばないか・・・?(・ω・)/


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zou


 公園の「ゾウ型滑り台」にこだわって
 こんなのや ⇒ ★★
 あんなのや ⇒
 こんなのまで ⇒
 過去ブログで紹介してきましたが、
 ついに三つ星の「ゾウ」を捕獲しました。
 
 巨大な顔が公園の傾斜に
 上下に並べて付けられ、
 その鼻を一本のスライダーが滑り降りています。
 上のゾウは耳が大きく牙があるオス、
 耳が小さく足場が付いている下がメスです。
 小さな公園なのに山のような大きさで、
 全体を画面に入れるのがギリギリやっと。
 ※オスの立派な牙も写せてないし・・・(´_`。)
 
 誰か脚立と広角レンズ持参で
 奥まった公園にひっそりと隠れている
 この珠玉の滑り台の撮影にチャレンジして~!


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hashira


『国際子ども図書館』3階の「本のミュージアム」の中。
 
 1906年(明治39年)完成の
「旧帝国図書館」の建物を受け継いだもので、
 ルネサンス様式を取り入れた
 日本に残る古い洋風建築の代表作の一つ。
 ※外壁の外側に箱形の構造物を増築し、エレベーターや空調などの近代設備を歴史的建造物を傷つけることなく設置。これを見るだけでも行く価値があるかと・・・(^_^)v
 
 この図書館の役割の一つは、
 “子どもの本離れ”を防ぐため
 “子どもと本とのふれあいの場”になること。
 しかし見た目があまりにも重厚過ぎて
 子どもの関心は引かないような・・・。
 ※私みたいなおじさんは興味津々、大好物ですが・・・(^▽^;)
 
 でも、
 見たことも触ったこともない“革表紙金箔押し”の分厚い本を、
 背筋を正して開くような貴重な体験(ハリーポッターのような・・・)
 期待できるような雰囲気も・・・。
 ※ざっと見たところ、並んでいる本はいたって普通でしたが・・・(^_^;)


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SHIBUSAWA


 小っちゃな「常盤橋公園」に立つ
 実業界の巨人【渋沢栄一】の像(身長は150cmと小柄ですが・・・)
 
 江戸時代末期の1840年、
 武蔵国(今の埼玉県)の豊かな農家に生まれた【渋沢栄一】は
 25才から一橋家(最後の将軍・徳川慶喜は一橋家の元当主)に仕え、
 パリ万国博覧会の使節団などを経て
 明治政府では大蔵省(今の財務省)のトップにまで登りつめます。
 1873年(明治6年)には官僚を辞め、
 日本最初の銀行「第一国立銀行」(国立の文字があるけど民間企業。いまの「みずほ銀行」)の初代頭取に。
 ※その後、東京証券取引所・東京ガス・東京海上日動火災保険・王子製紙・帝国ホテル・キリンアサヒサッポロビール・清水建設・秩父セメントなど500以上の会社に関係(@_@)

 しかし資本主義のプロモーターに自分を律した【渋沢栄一】は
 三菱財閥の【岩崎弥太郎】などとは異なり“財閥”は作らず、
「富は分配されるべきだ」の考え方を貫徹。
 晩年には慈善事業にも力を注ぎ“寄付魔”と呼ばれたとか。
 
 
 銅像の前にはお供えするように、
 近くで拾ったらしい“銀杏”が
 段ボールの上で干されていました。


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tsuri


 マラソンフリークで賑わう“内濠(うちぼり)”の
 もう一回り外側を囲う“外濠(そとぼり)”。
 ここまでが江戸城の大きさを表しているそうです。
 ※水の入った“堀”が“濠”。“外濠跡”はほとんどが千代田区と周辺の区との境界線になっています。(千代田区は江戸城!)
  
 “外濠”が掘られたのは家光の時代で、
 手堀りで3ヶ月で完成させたという大プロジェクト。
 今はこれが人工のモノだと想像することすら困難です。
 その“外濠”(新見附濠)
 JR「市ヶ谷」駅のホームからも見下ろせる場所にあるのが  
 創業50年以上を誇るこの“釣り堀”。
 
 東京で“木枯らし一番”の発表があり肌寒かったこの日も、
 たくさんの熱狂的な釣りフリークで大盛況でした。
 ※私は〈食べない魚は釣らない〉主義なので、ここを利用したことはありません。水槽に凝っていた頃、併設のショップに魚や水草を買いに来ましたが・・・(^▽^;) 


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