マレットの囁き -19ページ目

マレットの囁き

ご訪問ありがとうございます。

政府の対策が的外れなので、

 

自己防衛が必要です。

 

一番大事なのは、

 

感染しそうな所に行かない。

 

どうしても行かなくてはならない時には

 

極力、人を避ける。

 

会話は必ずマスク着用で。

 

飲食事は少人数で

 

換気の良い人の閑散とした場所を選ぶ。

 

人の出入りする場所に長時間留まらない。

 

特に屋内では、換気が良くても

 

必ず空気が溜まる場所が出来てしまうので、

 

同じ場所に長時間居る事は

 

感染リスクが高くなります。

 

誰もが感染する可能性があり、

 

潜伏期間が長いので、

 

誰が感染しているかが

 

すぐには分かりません。

 

人の多い所へ行ったら

 

感染するものと思っても良いくらいです。

 

そこで大事なことは

 

家族も含めて他人に移さないこと。

 

人の姿を見かけたらマスクを必ず着用する。

 

電車内や店舗内等では

 

出来るだけ人との距離をおく。

 

会話はマスクや遮蔽版を通して

 

出来るだけ短時間で。

 

これらの事は今までも言われてきましたが、

 

一部の人は自分には関係ないと思っているようです。

 

新型コロナウイルスは感染すると

 

治った後も後遺症が残ることがあり、

 

出来るだけ感染を避けることが重要です。

 

もっと政府等が後遺症について

 

積極的に広報すれば

 

多少は効果があると思いますが、

 

それすらも行わないので。

 

店舗での飲食による感染は

 

利用者が減れば避けられます。

 

店舗への時短要請よりも

 

不要な会食をしないように徹底する。

 

特に国会議員や県会議員が

 

夜毎に会食を持つ等は論外です!

 

また時短の要請に応じない店を公表すると言う。

 

遅くまで営業している店を広告して

 

そこに人が集中して感染を広げる。

 

そうした考えは持てないのでしょうか。

 

 

政府も目先の経済しか見てないので

 

結局は事態を長期化させてしまっている愚かさに

 

そろそろ自ら気付いて欲しいものです。

 

 

 

 

 

 

 

誰もが知っている宇宙の法則に

 

作用と反作用があります。

 

何か作用をすれば、必ずそれに対する反作用が起こる。

 

何かをすれば必ずそれに対して

 

様々な作用が起きてきます。

 

その因果関係を明確にしたのが仏法です。

 

ところが化学が未発達だったことを良いことに

 

長い年月の間に仏法は何か神秘的なものとされました。

 

そうした方が仏法を職業とする人たちには都合が良かったからです。

 

しかし本来の仏法は、科学的も科学的で

 

究極の科学ともいうべきものなのです。

 

何故なら、仏法はすべての因果関係を明確にしているからです。

 

あらゆる事象に因果関係がある。

 

これを証明するのが科学です。

 

しかし科学ではどうしても証明できない事象もあるのです。

 

例えば、宇宙の終わりに至るまでの道程。

 

数千年後には理論的に証明されることですが、

 

それはまた、決して実証することができないということも

 

同時に証明されることになります。

 

今の化学では、そのことすらも説明できませんが。

 

 

話を変えて、ハップル宇宙望遠鏡で

 

宇宙の誕生(ビッグバン)後

 

約5億年は暗黒物質のみが存在する空間だった。

 

ということが判明しましたが、

 

驚くべきことに、今日では否定すらされています。

 

何故なら、そこには科学の致命的な欠陥があったからです。

 

暗黒物質が極限まで圧縮された状態から

 

一気に爆発的な膨張をしたものがビッグバンとされたのですが、

 

この説には早々に非難が寄せられました。

 

それは、極限まで圧縮されたのであれば

 

その暗黒物質は物質的に均衡なはずで

 

爆発的に拡散しても決して衝突することはない、と。

 

この非難に反論できないところに、

 

今の科学の限界がありました。

 

仏法では極めて簡単にこの問題を解き明かしています。

 

この宇宙は、成住壊空を繰り返してきており

 

その過程で積み重ねられてきた宿業が

 

個々の暗黒物質に刻まれているのだと。

 

このことは仏法の創始者の釈尊初め、

 

中国の天台大師や妙楽大師、

 

日本の最澄(伝教大師)や

 

末法に出現した日蓮大聖人も分かっていました。

 

ただ当時は解き明かすには、

 

様々な例えを用いたり、

 

身近な事例に引き当てて諭さざるを得ず、

 

本来示すべきことが明瞭に出来なかった時代でもありました。

 

現代の科学ですら明らかに出来ないのですから、

 

それをその時代の人たちに分からせるのは容易ではありません。

 

現代でも因果関係は科学の領分と分かっていても、

 

そこに完璧な因果関係を説く仏法が関係してくるなどという事は

 

容易に信じられないのが実情でしょう。

 

本来ならば、本当にそうなのかと疑って

 

自ら調べてみようとするところですが、

 

現代人は頭ごなしに否定をして楽をしようとします。

 

それが「面倒くさい」の本質です。

 

因果関係が明らかになることを恐れる心。

 

因果関係を明確に知りたいと願いながらも、

 

いざそれが明らかに出来ると知ると

 

急にその結果に恐れをなす。

 

どうやらそれが人間の本質のようです。

 

「面倒くさい」と思う心理の裏には

 

どうせやっても結果が伴うとは限らない

 

やった結果が出なければやっても意味がない

 

たとえ意味があってもやった労力に見合わなければ馬鹿らしい

 

このようなもっともな理由で

 

やらないことを正当化した結果が

 

「面倒くさい」となるのでしょう。

 

もし因果関係が明確になっていて、

 

やっただけの結果は必ず出るとわかっていれば、

 

生き方が随分変わるのではないでしょうか。

 

仏法ではその生き方を教えるところから始まっています。

 

仏法といっても、現在は末法ですから

 

末法で有効な仏法となります。

 

このことを釈尊は法華経で明確に説いていますが、

 

そのことが分からない高僧や学者が多いのは何とも不思議で、

 

現代人が迷ってしまうのも容易に理解できます。

 

身勝手な解釈をするのは弱い保身のせい。

 

これも宇宙の法則なのです。

 

宇宙の法則は明確な因果律

 

一見、知らなくても良さそうに思えますが、

 

知らないと地獄に堕ちるのも宇宙の法則。

 

宇宙の法則とは、かくも面白い。

 

 

 

 

 

 

物事の本質を見抜くこと。

 

これは非常に大事なことですが、

 

だからこそ、本質が見えないようにしようとする、

 

そんな人たちが存在するのです。

 

国連環境会議で、何の変哲もない

 

わずか16歳の少女の主張に、

 

世界の大国の首長が恐怖したのです。

 

それ故に、少女の主張を

 

年端もいかぬ未熟な少女の戯言として済まそうとした。

 

主張された場は国連の会合です。

 

もし本当に戯言だと言うなら、

 

謙虚に批判すれば良いでしょう。

 

それを頭ごなしに否定したのは

 

いかに少女の主張が的を射ていたかの証明になりました。

 

これが本質からの見方です。

 

自国の経済のことばかりで、

 

居住している島が水没の危機に瀕し

 

生活はおろか生命の危機に直面している。

 

その様な人たちのことは全く考えようともしない。

 

日本の哲学者に

 

利害にとらわれて善悪を無視することは悪である

 

という価値観を示した偉人がいます。

 

16歳の少女がこうした価値観を知っていたとは思われませんが、

 

人々が危機にさらされている現状を思い、

 

自然とこうした価値観に立った主張をしたのでしょう。

 

この少女の叫びは全世界の共感を呼びました。

 

彼女の価値観が正しいことの証明とも言えます。

 

生命の危機に直面している人たちを無視して、

 

自分たちの経済的利益を追求することは悪である。

 

今一度、我々は「豊かな生活」とは何かを

 

考え直してみる必要があるのではないでしょうか。

 

新型コロナウイルスで経済活動が自粛。

 

これも自然界からの当然の報復と思えてしまうのは、

 

私だけかもしれませんが…。