新型コロナウイルスが長期に渡り
その影響を全国に及ぼ事が分かった段階で、
われわれ国民がやるべきことは何か。
それは、
過度に恐れぬこと
過度にあならど(軽視)らぬこと
過度の過敏な反応をせぬこと。
今回のウイルスによって重篤な症状に陥る人は
極めて限定されるということ。
中には風邪の症状と何ら変わらないため、
感染に気付かないうちに治ってしまう人がいるということ。
潜伏期間が長いため、多くの人が感染する可能性が大きい。
そのために、恐怖心だけが独り歩きしている現状。
確かに有効な治療薬がない現状では、やむを得ないものかと。
しかし、では、抗体が作りうる人にとって
そんなに命にかかわる危険なウイルスなの?
というと、そんなことはないのです。
健康な人が感染しても、
十分な休息により抗体が出来るまでの間、
養生すれば、完治してしまうのです。
新型コロナウイルスといっても、
従来のインフルエンザウイルスとは
基本的には相違はないからです。
だから過度に恐れる必要はありません。
医学手根拠に基づいた対応をしていれば
全く心配はないのです。
留意すべき点は、潜伏期間が長いので、
感染拡大をさせない防衛措置が必要ということです。
いついかなる時に感染させられてしまっているかが分からない。
だからこそ、それ以上の感染拡大を防がなければならない
各個人の責任が問われる時代とも言えます。
自分が感染していて、それを社会に拡散させたなら。
緊急事態宣言は全国に及び、
遂には自分の生活さえも破綻に追い込まれてしまう。
そう考えれば、最低限の防疫は可能でしょう。
それがいま求められている事でもあります。
完璧な自己防衛を果たしても、なおかつ、
新型コロナウイルスによる損害を被った時には
政府の不備を指摘する正当な資格が与えられます。
そのような資格者が出ないことを願いますが、
もし出てしまった時には、
全力で応援したいとも思います。
なぜなら、それが、民衆の心だからです。
幅広い国民の心を忘れた政権であってはならない。
心こそ第一なれ!!!
この「心」とは、
利己の心ではなく利他の心です。
大災害が起これば、利己ではなく利他の心が
多くの人に芽生えます。
失われた本来の「心」を取り戻す機会が、
「心」ある人々に芽生えるのです。
人々がより善く生きるために、
災害等の困難が起きるのが、
この世の法則としたなら、
より深淵な哲学を行政の基とすべきでしょう。
人の欲望。
これを良い意味で克服する哲学があれば
最優先で用いるべきです。
これをしなかったため失敗したのが
共産主義の先駆となったソ連です。
マルクスの最大の悩みは
最終的な理想の経済体制は明確に分かったのに、
では、それを実現させる哲学が見つからなかった。
マルクスも、徹底した利他の哲学しか、
自身の理想とする経済体制が
創出されるとは考えてなかったでしょう。
本来その哲学は、宗教の中にこそ見いだせるものでしたが、
当時のマルクスの知りうる限りの宗教には、
そのような宗教は実在しませんでした。
それゆえ、マルクスは宗教アヘン論を述べたのです。
そのようなマルククスの懊悩も知らぬ輩が、
単に「宗教アヘン論」のみを標榜する姿は、
余りのも哀れで、滑稽ですらあります。
話が大いに反れてしまいましたが、
今大事なことは、
一日も早く、元の正常否生活に戻る事。
そのために最も必要なことが、
「心こそ第一なれ」
日本の教育では、何が一番大切な「心」かという
最も肝心な点の教育がありません、。
ここをご覧いただいた方の多くが、
何を言いたいのかすら分からない、
と思うことでしょう。
自分に余力があれば
それを誰かに、誰かのために使いたい!!
その「心」が最も大切な心です。
「心」とは、「人」として「出来得る限りを尽くす」
そうした人々が充満した世を
どうか、想定してみてください。
・・・1万年後には、
間違いなくそうした世の中になっているのです。