NHKの番組「数学者は宇宙をつなげるか?」を見ていて、
面白いのは、
異なるものを同じとみるか、
同じものを異なるとみるか。
仏法は両者を矛盾なく説いています。
異なるものを同じものとみるとは
すべてに仏性が具わる
同じものを異なるとみなすとは
桜梅桃李、過去の宿業に拠ると。
仏法で説く『久遠』とは
仏のみが存在する世界(宇宙)。
『久遠元初』から宇宙が動き出し今に至ります。
『久遠元初』とは一瞬のうちにバランスが崩れた時で、
今の宇宙はこの時から動き始めています。
元の姿(久遠)をすべて『仏』とするので
仏法ではすべてに仏性があるとします。
数学で「異なるものでも同じものとみなす」も
仏法から見れば、正しいのです。
根源的には、皆まったく同じ『仏』なのですから。
ここで、『久遠』を科学的に言えば、
素粒子が完全にバランスの取れた安定した状態。
宇宙のすべてのものは、最小の素粒子が
組成の素(もと)になっています。
素粒子自体はエネルギーを持っていて、
あらゆるエネルギーや物に変化します。
光や引力、放射線や電波。
素粒子同士が衝突して元素が出来、
あらゆる物質を創り出します。
宇宙の始まりとされるビッグバンも
極限まで圧縮された素粒子が
爆発的に膨張拡散したものです。
その直前までが前の宇宙で
その時、素粒子はすべての素粒子を
引き寄せる引力となっています。
すべての素粒子が完全に等しく極限まで圧縮されると、
引き寄せるものが無くなった瞬間
引力は逆方向に働くため
爆発的な拡散となるのがビッグバンです。
宇宙の終わりと始まりは、一瞬の時に重なっています。
ビッグバンの時に高温だったという説は
素粒子が熱エネルギーに変化していたことになるので、
この考えは科学者の盲点を突いた誤りです。
なぜこのような過ちを犯すのかと言えば、
極限まで圧縮された素粒子は
物質的には完全に同じなので、
爆発的に拡散すれば決して衝突することはない。
しかし実際には3億年に満たないうちに衝突しているので、
ビッグバンは以前から考えられているように
光さえも閉じ込めてしまうほど高温だったとしてしまったのです。
仏法では宇宙は『成住壊空』を繰り返すと説きます。
つまり過去遠々劫(かこおんのんごう)に積もり積もった宿業が
個々の素粒子に刻まれているということです。
この宿業は素粒子ごとに完全に異なります。
この素粒子の宿業の相違により
素粒子間にわずかな速度の違いが生じ
素粒子が衝突して今のような宇宙が創られたのです。
仏教で説く『願兼於業』とは、
新たな宇宙を創るにあたって、
それぞれが相応の違った役割を果たすため、
それぞれが違った宿業を刻むということです。
この事により、どのような宿業も
あらゆるものを育む『仏の慈悲』とします。
さて、すべてのものは、本をただせば素粒子の結合です。
その素粒子自体が、物質的には同じでも、
個々の素粒子の持つ宿業はすべて異なる。
本(もと)は等しく『仏』であっても
『願兼於業』によりすべてが異なった宿業を持つ。
数学で「同じものでも異なったものとみなす」もまた
仏法から見れば、正しいと言えるのです。
仏法ではこのことを『桜梅桃李』と言い表しています。
根源の法則を解き明かしたものが仏法なので、
数学という側面からのアプローチであっても、
根源の法則の一端をうかがうことはできるのです。
あらゆる道を究めるほど仏法の説く根源の法則に近付く。
数学もまた例外ではありません。
さてここからは表題からは外れた余談です。
お時間のある方はお読みいただけると幸いです。
仏教界は仏法を理解できないため迷走していますが、
真の仏法は科学より科学的です。
科学が至らないことを良いことにして
何か人知の及ばぬものがあるように人々に思わせ、
人々を惑わせる仏教は、既に仏法ではありません。
仏の智慧でしか本質が分からないことは事実です。
正しい仏教とは、
その「仏の智慧」を出す方法を教えることを使命とします。
釈尊の教えを天台大師が完全な形で集大成し、
妙楽大師、伝教大師が正しく受け継ぎました。
受け継いだ内容は、
末法に釈尊の解くことが出来なかった法を説く本仏が現れ、
釈尊が説きたくとも説けなかった法を説く。
釈尊の説けなかった法とは『妙法蓮華経』です。
『妙法蓮華経』は釈尊当時の
古代インドのサンスクリット語では顕わせなかったのです。
釈尊は、このことも含めて悟ったので、
そのことを『法華経』で説き現しました。
この事は本来正しく釈尊の一代聖教を学べば
誰でも解るはずなのですが、
中国に伝えられた経典の前後により
天台大師の明確な指標があっても、
名聞名利の輩が、伝えた経典を
勝手な解釈で自己に都合よく誤って伝えたため、
迷誤に惑うものが多いという現実になっています。
その最たるものは弘法大師の真言密教ですが、
伝教大師亡き後にはその理論を論破できる者はいませんでした。
伝教大師(最澄)は弘法大師(空海)が帰朝してすぐに、
空海が密教の教えに執着していることを知り、
高野山の空海のもとを訪れ、
空海に密教を捨てて法華経を修行するように諭します。
この時、空海は最澄の諫言を執拗に拒み、
最澄、空海両者の激烈な法論となりました。
この法論は実に21日に及んだと言われます。
最後には空海は最澄に返す言葉が無くなり
密教を修行しないと約束します。
最澄にとっては空海は優れた僧であり
惜しむ気持ちから諫めたので、
空海が密教を修行しないと約束したことで
目的は果たしたと考えました。
ただ恐らくは、思いもよらず長く比叡山を離れてしまったので、
留守を預けた弟子の義真にだけは
事の顛末くらいは告げたと考えられます。
一方で高野山では大変な騒ぎとなっていたようです。
空海が最澄に大法論の末に敗れてしまった。
これを師の空海の恥辱と思った弟子たちも多かったでしょう。
これを糊塗するために、法論の時の
都合の良い部分を切り取って
秘かに朝廷の公家たちに触れ回ったのです。
「最澄が密教を知らなくて、空海に教えを乞うた」と。
最澄は空海が恵果から授かった教えを尋ねましたが、
それは授かった教えが分からなければ
その過ちをただすことができないからです。
授かった教えを聞いた後に、その誤りを教え諭しましたが、
そのことはあえて省略して、
「最澄が空海に密教の教えを聞いた」と触れ回ったのです。
最澄の弟子の義真が亡くなり円澄の代になると、
比叡山の中にも慈覚(円仁)や智証(円珍)のような
密教も修行に取り入れるべきと考えるものが出て、
伝教大師の教義は失われていきます。
このような流れの中で、それまでの根回しも功を奏して、
空海の真言密教が法華経より優れているとする説は、
広く公家たち貴族や朝廷に広まりました。
空海の真言密教は、最澄の天台法華の上に置かれ、
空海は日本の仏教界の支配に成功します。
釈尊の教えが人々を救う力が亡くなる末法まで、
あと百数十年の事でした。
平安時代以降、天皇や公家たちの朝廷では
真言密教に敵調伏を祈らせ、ことごとく敗れる結果を招きました。
鎌倉時代に日蓮大聖人によりこのことが明らかになります。
しかしすでに400年近くも経っており、
歴史の重みにより容易には受け入れられませんでした。
しかし鎌倉時代の高僧たちは、法論をする知識、知恵では、
日蓮大聖人に遠く及ばないことを知っていたのです。
また日蓮門下も、日興上人以外の弟子たちは
師の存在を正しく受け止めることができませんでした。
中には日朗のように、日蓮大聖人を誰よりも慕い、
自身にとっての『主師親の三徳』を備えた仏としてみていながら、
釈迦如来を本仏としてしまう者もいました。
まして他の弟子たちは、師と仰いではいましたが、
『本仏』と考えるものはいませんでした。
さらに、日興上人の流れを汲む『興門流』でさえ、
日蓮大聖人を『本仏』と立てる者は
ほんの一部にすぎませんでした。
これ故、現在に於いても
何が『本仏』なのか惑ってしまう現状となっています。
正しい道筋に沿って研究すれば、
誰でも比較的容易にたどり着ける結論ですが、
800年の歴史の重みが迷路となって、
なかなかたどり着けない人が多いようです。
仏法を学ぶ際に大事なことは
根幹と枝葉末節を明確にして、
枝葉末節にこだわらないことです。
仏法の根幹が分からないから枝葉末節にこだわる。
謙虚に探究することは常に求められます。
ただ、仏法は科学より科学的なので、
現実生活の中で実践した方が分かりが早い。
科学とは実験証明なので、
所詮は「やってみなければ分からない」
最終的には、そういう結論になりそうですね。