すべての存在は瞬間瞬間の現実の積み重ね。
その中に明確な因果関係があることを説いたのが
他ならぬ「法華経」

すべてのものに因果関係が有る事が説かれています。
すべての経典はこの「法華経」を理解させるために説かれたもの。
「法華経」以外の経典は個別の因果関係を説いたものにすぎません。
これだけ明言するのですから、
仏教関係者から「妖怪」呼ばわり
されても・・・。それはさて置き、科学は事象の原因と結果を解明するもの。
すべての因果関係を明確して、法則性を見出す事が目的です。
ねっ、まさに「法華経」も、科学そのものでしょう。
ここで、もう少し「時の流れ」を考えてみましょう。
未来は次の瞬間現在となり、現在となった瞬間に過去になりますね。
現在は未来と過去の境目でもあります。
そして、我々は現在に存在している

この現在と言う結果、すべてはここから始まります。
少し話がずれてしまいますが、
もともと仏法は、釈尊がすべての人が
生まれながらに差別(=違い)が有るのはなぜかという
根本的な問いかけが、始まりのきっかけになっています。
結論として、現在の姿は過去にその原因が有り、
溯(さかのぼ)っていくと、この世に生まれた時にも
必ずその原因となる前・・・つまり前世が存在する。
そして、前世にもさらにその原因となる前世の存在が・・・。
こう考えた時、永遠に続く時の流れに至った

そこに大きな法則性を見出したのが、
釈尊の「悟り」の正体です。
何かどこかで聞いたことの有るようなお話でしょう。
そう、宇宙編で
我々の居るこの宇宙の始まりが、
異次元宇宙のブラックホールから誕生して、
その異次元宇宙も別の異次元宇宙から誕生している。
そして遡ると・・・。
人間と宇宙。
全く規模の異なる、この両者に
同じ法則性を見出したのが、
釈尊の『悟り』だったのです。
さて、話を戻して、
現在は過去の結果。
そして、これが大事な事ですが、
現在は未来の原因

仏法では、過去、現在、未来の時の流れを
過来、如来、未来としています。
「如来」・・・皆さん聞き覚えがあるでしょう。
「薬師如来」とか「大日如来」とか・・・。
そう、「如来」とは「仏」の別号(=別の呼び方)です。
仏法(ここでは『法華経』)とは、今をどう生きるか。
因果関係を明確にした上で、
最善の生き方を示した科学と言ってもいいでしょう。
仏法の事はさて置き、
大事なのは、
『すべてのことには原因と結果がある』
と言う事

今と言う現実の中に、未来の結果があるということ

今をいかに大切に生きるかで、将来が決まる。
この「いかに」に重大な意義がありますが、
それはまた後日に。
そして次回は、時空の空間について。
次回はとんでもない数字が一杯出てきます。
夜なかなか寝付けない人には、
羊の数を勘定するよりも、手っ取り早い・・・かも


では、みなさん、次回までお元気で、ごきげんよう

