考えすぎ
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2018年07月13日(金)

”『人工知能は敵か味方か?』  Emileのコラム171”

テーマ:サイト紹介

古代ギリシアのアテネの政治は、直接民主制だったと聞く。
市民の誰もが参政権を持ち、市民の多数決で政治の方針が決まり、動いていく制度。
理論上は、とてもシンプルで理想的な民主制度なのだが、
実は、古代アテネにおいては「市民」とは成人男子のことであり、女子や奴隷はその中に含まれていなかったという。


「市民」の定義が変われば、「直接民主制」の意味も違ってくる。




古代アテネの奴隷に法律上の市民権が与えられていなかったように、
現代社会において、犬、猫のようなペットには法律上の市民権が与えられていない。
ペットの死は「器物損壊」であり、
法律上、ペットには「主権」が認められていない。


しかし、近年では、ペットを家族の一員として共に暮らす人が増えている。
住宅環境や法制度の整備など、社会の仕組みもそれに追随して変わりつつある。
近い将来、ペットにも「主権」を認めるような時代が来るかもしれない。
それに、脳科学や生命科学の研究がこのまま進んでいけば、
ペット自身がみずから「市民」として意思表示するような社会、というのも単なる絵空事ではなくなりそうだ。




もし、そのような時代が来たら、その時、AI(人工知能)は、どのような位置づけになるのだろう?


AIもまた「市民」として意思表示するようになるかもしれないことは想像に難くないし、
AIにも「主権」を認める時が来るかもしれない。


その時こそ、「主権」とか「主体」といったことの意味を根本的に再発見、再定義する時かもしれない。
あるいは、
今のうちから、人としての生き方を問い、自分自身の在り方をよく見つめ直しておくべきなのかもしれない。




沖永良部島で暮らしながら、自立した生き方を研究・提唱している
『地球村研究室』ブログ
で、とてもピンポイントな指摘がされていたのでリブログさせて頂く。


2018年07月05日(木)

メルカリ始めました

テーマ:特別企画/イベント

最近、「持続可能性」ということについて、よく考える。
経済にしても、社会にしても、
些細な日々の営みもすべて、まず持続可能であることがとても大切なのではないか、と。


目先の利益とか、一過性のもの、一度限りの成功等々。
・・・確かに、夜空に咲いて散る打ち上げ花火は、本当に美しいと思う。
人生そのものもまるで打ち上げ花火のようだとも思うし、
打ち上げ花火のような生き方をした人たちに対しては、大きな魅力を感じることもまた事実。


でも、それだけでいいとはどうしても思えない。


個人だけで完結せず、世代を越えて受け継がれてきたことの中にこそ、
この世界の核心である何かが通底しているはずだと思う。


消費メインの社会は、将来的には決して持続しない。
持続可能な社会とは、消費に依存せず循環している社会のことだろう。
消費メインの生き方から、循環メインの生き方へ。
まずは、自分自身の生き方から見直し、変革していきたい。
消費しない、ということは具体的には「ごみを作らない」ということだ。




消費は最小限に。生活はシンプルに。
情報が多すぎる世の中だからこそ、必要なことだけに絞っていきたい。
・・・ということで一念発起し、このたびフリマアプリのメルカリを始めました。


●買ったけれども未使用のまま不要になったもの
●使わなくなったけれどもまだ使えるもの
を中心に出品致します。


よろしくお願い致します。
まこっちゃのメルカリ出品情報

2018年05月24日(木)

消費しない、ということは具体的には

テーマ:Simplog(今日の「まこっちゃ」)
消費しない、ということは具体的には
「ごみを作らない」
ということだ。

そもそも循環する世界に「ごみ」は存在しない。
自然界の生態系に「ごみ」が存在しないのと同じ。
循環する社会を目指すなら、
1.ごみになるものを買わない
2.ごみを出さない(再利用したり、きれいにして欲しい人に譲渡したり、最低でも資源ごみとして出す)
といったことが不可欠だ。

「1人がやったところで世の中変わらない」
と思う向きもあるかもしれないが、
決してそんなことはない。
昔はタバコの吸い殻が町中に散乱していたが、
もう今はほとんど見かけない。
もちろん1人だけがやっても社会が変わらないのは事実。
政府や自治体が一緒になって社会変革を続けたからこその変化だとは思う。
しかし、最終的には本人の意識が変わらなければ実態は変わらない。
そもそも最初の1人がいなければ、政府や自治体が動き始めることもあり得ない。

自分がどう生きるか、ということは、未来がどのような世の中になるか、ということと(緩やかではあるけれども)連続的に繋がっている。


2018年05月24日(木)

原点回帰しよう、と前記事で書いたけど、少し補足。

テーマ:Simplog(今日の「まこっちゃ」)
原点回帰しよう、と前記事で書いたけど、少し補足。
(前記事→https://ameblo.jp/bursted-dam/entry-12378263701.html)


別に「さあ退行しましょう」と言いたいのではない。
例えばAI技術が発達すれば、古代ローマのような完全民主制の社会も実現し得る。
けれども、
AIがもし"自意識"を持ち始めたら、かつて奴隷だった人たちが反旗を翻したように、AIが反乱を起こすような時代も来るかもしれない。
その時にこそ、AIとも共生できる生き方、あり方が必要になるに違いない。
そのための原点回帰でもある、と思っている。


歴史に学び、自身の生き方を反省する。
21世紀のルネサンス。


2018年05月24日(木)

消費メインの生き方から、循環メインの生き方へ。

テーマ:Simplog(今日の「まこっちゃ」)
消費メインの生き方から、循環メインの生き方へ。
成長志向ではなく、持続可能志向へ。

これまでの社会の価値基準を否定しようとは思わない。
ただ、がむしゃらに頑張ってくださった先人が築いてきたものだ。
そのおかげで今の生活がある。

しかし、おかしくなってきている。
このままでは長くは続かない。
「人間らしさ」を問う時、自然との共生を求める時、
「消費」や「成長」は、作為的で不自然な考え方だ。
原点回帰しよう。

一人ひとりが持続可能な生き方をしていかなければ、
持続可能な社会など望むべくもない。


2018年05月22日(火)

実感できることの大切さ。

テーマ:Simplog(今日の「まこっちゃ」)
実感できることの大切さ。

いくら法で守られていても、
そのことを実感できなければ、そのことはわからない。
そして、
平和な時、それは実感しにくい。
法による力の行使は、ふつう、
平和が脅かされた時にこそ現れるものだから。

・・・かと言って、痛感させられてばかりいるようじゃ、
それはそれで苦しい。
空気みたいな存在なのが、一番いい。

実感できることも大切だけど、
実感させられてばかりでは息苦しい。
風が吹くからこそ空気の存在を感じられるのだ。
けれども、
強風が吹き荒れ続けていたら、もはや「空気みたいな存在」ではなくなってしまう。
実感できることは大切だけど、
それを実感し続けなければいけない謂れはない。


2018年05月22日(火)

急ぐ時でも、慌てない。

テーマ:Simplog(今日の「まこっちゃ」)
急ぐ時でも、慌てない。
たとえ死を目前にしても焦らない。

そういう人間でありたい。

そういう生き方をしたい。


2018年05月21日(月)

もっと、のびのびとしていけたらいいのに。

テーマ:Simplog(今日の「まこっちゃ」)
もっと、のびのびとしていけたらいいのに。
無邪気さがかえって追い詰めてしまう。


2018年05月09日(水)

例えば、まぶたがない人は、

テーマ:Simplog(今日の「まこっちゃ」)
例えば、まぶたがない人は、
「見ない」ことができない。
嫌でも見えてしまうのだから。
刻一刻と見えてしまうものを、意志の力だけで「見ない」ことにするのは非常に難しい。
できるとしても、せいぜい、
体の向きを変えるなどして実際にそれを視界の外に追いやるくらいしかない。

心にも、たぶん、まぶたがあるのだと思う。
でも、中には心のまぶたがない人もいて、
その人はきっと、心の目を閉じることもできない。
「気にしなくていい」といくら言われても、
見えてしまうから、どうしても気になってしまうだろう。
刻一刻と見えてしまうものを、意志の力だけで「見ない」ことにするのは極めて難しい。
できるとしても、せいぜい、
情報を遮断するなどして実際にそれを意識の外に追いやるくらいしかない。

普通のまぶたがない人なら、誰が見てもそれとわかる。
しかし、心のまぶたの場合、
有っても無くても、他人からはそれとわからない。
もしかすると本人ですら気づいていないかもしれない。
そうした状況の中で「気にしなくていい」と言われても、
周囲からの無理解や自己矛盾などとも相まって、むしろ二重苦、三重苦を背負うことになるだろう。

周囲からの理解は、本質的に重要ではないのかもしれない。
けれども、現実を生きる上では欠かせない、大切な要素だと思う。


2018年05月02日(水)

シルクロードの最果てに

テーマ:Simplog(今日の「まこっちゃ」)
シルクロードの最果てに
おいでなさいませ




エーゲ海の潮騒も
アラブの丘の砂の香りも

辺境に浮かぶ島から
聞いていかれませ

仏の歩んだ茨の道も
神の記した光の跡も

揺れる火山の国で
ご賞味くださいませ

世界中の料理も
それを容れる器も

どれも伝わってきたものばかり
どれも素晴らしくて
どれも大切で

だから

素晴らしいものをどれも受け継いで
大切にしながら生きていく

私たちは その良さを知っているから



もし 互いに争いあったりして
迷ったときには どうか

私たちの暮らしかたを
ご覧なさいませ


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