考えすぎ
2016年10月から、 Makot として別ブログでも発信しています。
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非社会的であれ。ただし反社会的にはなるな。

非社会的であれ。
ただし反社会的にはなるな。

高校卒業の時、担任の先生が
最後のホームルームでくれた激励の言葉。
・・・20年の時を経て、いま脳裏に蘇る。

そして再び、この胸に陽を点す。

人間らしさの定義

人間らしさ。
それを、
「変なこだわりがあること」
と定義してみたい。

『杜子春』じゃないけど、
人間らしさを失ったらお終いだと思う。
つくづく罪作りな存在だよね。
やっぱりそれでも、僕は人間がすきなんだと思う。

いいとか悪いとかの話じゃなくて、ただ、個人的に。
なんでだろう?

祈る

沸き起こる怒りや悲しみを糧にして
ただ烈しく祈る。

全国民のために、
自らのすべてを捧げ、人類全体の幸福を烈しく祈り続けてこられた平成の天皇のようなかたもおられるのだ。

僕は一歩も引き下がらない。
目を背けるつもりもない。
ただ烈しく祈る。届いてくれ。

売られた喧嘩には

売られた喧嘩には素直に応じるのが、自然あるいは世界に対する礼儀だと思う。

もちろん、相手にする必要のない喧嘩については
この限りではない。
しかし、
抜き差しならない事柄に関して売られた喧嘩を買わずにのらりくらりしているような奴は、
所詮、余分な喧嘩を吹っかける奴と同じ穴の狢だと言っていい。

自覚があっても止むを得ず生き抜くためにそうせざるを得ない人なら話は別だが、
そうした特別な事情でもない限り、
売られた喧嘩には素直に応じるのが
自然あるいは世界に対する礼儀だ。
(相手に対する礼儀ではない。ここ重要。)

ちなみに、
ここでいう「特別な事情」を意図的に作って相手を陥れようとする行為は、
ここで言う「喧嘩を売る行為」に他ならないので、
これに対しては断固として抗するのが生きる者としての当然の礼儀である。

はげまされると

励まされると、ちょっと嬉しくなる。

 禿げ増されると、ちょっと哀しくなる。

同じ響きでも、意味が違う。

  言葉って不思議。



               まこっちゃ

操縦桿を握れるようになった

取扱説明書のないこの身体で呼吸を始めてから、
あとひと月で、まる38年。

やっと操縦桿を握れるようになってきた。
ずっと、まともに操縦桿を掴むことさえできなかったけど、
やっと、なんとかここまでできるようになった。
随分、時間がかかったけど、
ありがとうございます。本当に。

一所懸命

もともと
一所懸命
だったのが、いつの間にか
一生懸命
と言われるようになった。

そうして、人々は、おかしくなった。

一生懸命なんて、できるわけがない。
一所懸命ならできる。

一所懸命を重ねていって、後で振り返って初めてわかるのが一生だ。
それを初めから一生懸命だなんて、傲慢すぎる。

大切なのは、一所懸命。
いま、この瞬間、この場所にすべてを注ぎ込む。
それが一所懸命。
「一生懸命」なんて、聞こえがいいだけの幻想だ。
惑わされるな。

あいさつ

究極のコミュニケーションは、
あいさつ
なのだと思う。

コミュニケーションの入り口でもあり、
また、余分なコミュニケーションを削ぎ落としていくと最後に残るのが
あいさつなのだ。

あいさつ。
それは、互いに生存確認をすること。
「私は今ここで生きてるよ」
「あなたも今そこで生きてるね」
ということを確認し合うこと、それがあいさつだ。
最終的には、あいさつさえあれば
他のコミュニケーションは無くなっても人は生きていけるような気がする。

『ADHD者の持続可能な生活記』始めました

ADHD者の持続可能な生活記
を書き始めました。

ブログを始めて15年以上。
自分の生活のことは、まったく書いてきませんでしたが、
最近いろいろ思うところがあり、書き始めることにしました。

写真つきで、まこっちゃの生活模様を観察できます。
持続可能な生活の参考になれば幸いです。

マネーはゲーム

「マネーゲーム」とは言い得て妙だ。

投機などは、まさにゲーム感覚。
ゲームの特徴は、時間が経っても鮮度を失わないこと。
お金も同様に時間が経っても鮮度を失わないからこそ、
「マネーゲーム」も成立するのだ。

つまり、お金に依存した暮らしを続ける限り、
根本的な意味で既にバーチャルリアリティを生きていることに変わりはなかった
ということだ。
もちろん、お金と無縁の暮らしをすることは、
現代社会を生きる上では容易なことではない。
けれども、だからといって依存しきって思考停止していいわけではない。
多くの人々が資本主義経済にどっぷり浸かって思考停止した結果、
地球環境の急激な悪化を招いたことは
もはや疑念の余地もないのだから。

まずは、自分から。
少しでも環境負荷の少ない生きかたが無理のない範囲内でできるように工夫し、
そうすることによって自己肯定感も高めていく。
そういう好循環を、これから更に加速していきたい。
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