考えすぎ
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「争い」や「対立」の在処

争いや対立を生じさせている源は

認識

である。


A氏とB氏が口論して対立している、と言うとき、

実際には、

「A氏がその瞬間にフォーカスしているA氏の認識と、B氏がその瞬間にフォーカスしているB氏の認識が、互いに対立している」

のである。

このような対立は、当然ながらA氏の心の中だけでも生じ得る。

人の認識は、常に一定で不変というわけではない。

しばしば、互いに相容れない対立する認識が併存する。

一般に、こうした状況を

葛藤

と呼んでいる。


争いや対立の構成要素は、ひとまとまりの「認識」である。

個人や法人、ルールや法律ではない。

また暴力的行為も本質的には関係ない。

もし仮に、そこに(一見すると)暴力的行為があったとしても、

外科手術、鍼治療、電気治療、笑い、演劇、快楽の提供(たとえばSMプレイ)等

が成立している状況、すなわち、

認識の不一致がそこに存在していない場合には、

争いや対立は存在しないことになる。


世の中のあらゆる争いや対立を生じさせている主体は

認識

であり、それ以上でもそれ以下でもない。

誰が言っていても、どの本に書かれていても、

「その人そのもの」や、「その本の記述自体」は何の争いの元にもならない。

あくまでも「認識」が、争いや対立を呼び、促すのである。

道具としての在りかた〜日本人の本分は道具的である〜

優れた道具は、決して自己完結しない。
道具としての本分をまっとうしつつも、
それ単体では成立しないように出来ている。
その使われかたを通して、より高次の“文化”を育てていくことに貢献してこそ
真の道具だといえる。
(例えば、茶道具は立派な真の道具である。)

“文化”をプログラムすることはできないし、
プログラムされたものは“文化”とは呼べない。
ルールや予定調和は“文化”ではない。
既存のものの周辺に萌芽し続け連動する営みの集合体が“文化”であり、
その“文化”を育てているのが
道具
である。

日本人は、基本的に職人気質であり、
その在りかたは(失礼を承知で言えば)決して文化的ではなく、
道具的なのだと思う。
道具は道具に徹するのがいい。
親しまれて、望まれて使ってもらえてこそ価値がある。
そんな在りかたである。
下手に文化に意図的に介入しようとする必要はない。
そんなことを、まともな道具は決してしようとしない。

道具は道具に徹することによって、文化に寄与することを内心で誇っている。
それだけでいいのだ。
カンナが「我は釘が打てない」と言って嘆く必要はないし、
「我は自己管理ができなくて世話が焼ける」と言って嘆く必要もない。
繊細な管理をしてもらった時に鋭く正確な切れ味を発揮する、
その、用途以外では過分でしかない特性を
ただ守り抜いていればいい。
文化的に見れば狂気とも呼べる、職人気質の徹底が
道具を真の道具たらしめている。

道具の幸せ

道具にも、道具の役割がある。

道具の本分がある。

道具として生きる誇りがあり、

優れた道具でありたいと、磨き続ける。

使いこなしてもらえることが最大の悦びであり

それが道具としての幸せなのだ。

森羅万象に対する敬意

生きていく過程を通して経験する、

あらゆる出来事から目を逸らさずに、しっかり認識し、味わい尽くすことは、

森羅万象に対する、最低限の敬意である。


出来事の中には、当然ながら、

自分が生きていくことに伴う犠牲も含まれるし、

森羅万象には、当然ながら、

この自分も含まれている。


揉め事の必要性

揉め事って、究極的には必要なんだろう。


よく観察してみると、

自然界(特に生物界)は、至るところで揉めている。

揉め事の宝庫と言ってもいい。

しかし、その結果として全体の調和が保たれてれいる。

大きく逸脱することがない。


人類が時々逸脱してしまうのは、

「揉め事を無くそう」としてきたからなのかもしれない。

創るんじゃない。直すんだ。

無から有を生むなど以ての外だ。

創るんじゃない。直すんだ。

創造欲じゃない。修理欲だ。

”『寓話 占い師と青年 ~ナークトカムの悩み編~』”

まず自分

まず自分を生きなさい。協調するのは、そのあと。

認識は存在に先立つ

実存は本質に先立つ。

その通りだ。


否応なく既に在るこの現実を、まずそのまま認めなければ、

何も始まらない。


しかし同時に、

認識は存在に先立つ、とも言える。


既に在るこの現実を、まずそのまま認めるかどうかによって、

存在は、まさにその在り方そのものを如何様にも変えてしまうからだ。


スベるクリン接種

勇者は、剣を振り下ろした!

会心の一撃!

魔王の体力を3776ポイント削った!


魔王は、呪文を唱えた!

痛恨の一撃!

勇者の気力を8848ポイント奪った!


まこっちゃは、ギャグを放った!

渾身の滑り!

時が止まり世界が凍りついた。


これは、

最強と謳われた勇者と、

最凶と恐れられた魔王、

そして

再起要と心配されたまこっちゃの物語である。

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