
2016年10月から、 Makot
として別ブログでも発信しています。
メルカリ始めました。 → まこっちゃの出品情報
【ご案内】タグ案内図 - 私の発信をめぐる道しるべ
※本記事は、「note記事の転載+外部アーカイブ」です。通常の記事ではありません。
私の発信を横断的につなぐ「タグ思想マップ」を公開しました。
各タグをクリックまたはタップすると、note内で関連記事を一覧できます。
テーマ別に思想の地図を歩くように、気の赴くまま巡ってみてください~!
【固定タグ】
全記事共通で入れる基礎タグ。作品や活動全体の共通キーワード。
ジャンル別タグ
記事内容のテーマや領域ごとに選択。複数可。
※以下のジャンルは「中心軸(A/G/H/I)」と
「そこから派生する外縁領域(B/C/D/E/F)」を含む、
私の思想活動全体のマップです。
【A. 哲学・存在論・観測モデル系】
世界や存在をどう捉えるかという基盤的テーマ。
#現象学 — 体験や意識の構造を記述する学問
#存在論 — 「存在とは何か」を問う視点
#量子論 — 微視的世界のふるまいを説明する理論
#観測論 — 見ること・測ることそのものを検討する立場
#観測と現実 — 現実が「観測」を通して形成されるプロセスを考察する視点
#可能性空間 — 未確定の状態や、潜在的な世界の広がりを扱う視点
【B. AI・テクノロジー系】
技術の進化と社会への影響を追うテーマ。
#AI — 人工知能全般
#人工知能 — AIの定義や応用
#シンギュラリティ — 技術的特異点の議論
#情報社会 — 情報流通が社会構造を変える様子
#未来予測 — これからの社会や技術を展望する
【C. 創作・表現活動系】
言葉や物語を通して世界を描くテーマ。
#ことばの力 — 言葉がもつ作用や影響
#言葉の構造 — 言葉の立ち上がりかた、意味形成のされかたを探る視点
#創造の技法 — 思考や表現を形にする具体的・抽象的な技法を扱う視点
#抽象の技法 — 複雑な事象から本質を抽出し概念化するプロセスを扱う視点
#哲学的創作論 — 創作行為を哲学的に捉え、存在論的・構造的意味を探る
#思想の射影 — 個人の内的世界が、他者との共有空間へ写し出されるプロセスを扱う視点
【D. 発達特性・QOL・自己探究系】
自分らしさと生きやすさを模索するテーマ。
#発達障害 — 発達特性に関する知見や体験
#ADHD — 注意欠如多動症に関する話題
#ASD — 自閉スペクトラム症に関する話題
#生きづらさ — 社会や環境との適応の難しさ
#QOL向上 — 生活の質を高める工夫
#内的世界と社会空間 — 個人の内的体験と外部社会との接続・ズレを捉える
【E. 囲碁・ゲーム文化系】
盤上遊戯や戦略思考に関するテーマ。
#囲碁 — 伝統的な19路盤の囲碁
#碁 — 囲碁全般を指す用語
#アナログゲーム — 盤やカードを用いたゲーム
#ボードゲーム — ボードを使う遊び全般
#囲碁文化 — 囲碁にまつわる歴史や習慣
【F. 生活思想・社会構造・パラダイム転換系】
暮らし方や社会のあり方を見直すテーマ。
#生活主義 — 生活を中心に据えた価値観
#ポスト資本主義 — 資本主義以降の社会像
#循環型社会 — 資源を循環させる社会モデル
#脱消費社会 — 消費中心からの転換
#暮らしの哲学 — 暮らし方を哲学的に考える視点
#曖昧さの思想 — 回収されない“曖昧さ”自体を価値として再評価する視点
【G. プロンプト不要型活用・対話設計系】
AIとの関わり方や対話の枠組みを探るテーマ。
#プロンプト不要型活用 — 明確な指示文なしで、やり取りの中から方向性を形づくる方法
#対話設計 — 対話の流れや構造を意図的に構築する技法
#生成AI活用 — 文章やアイデア生成などAIを実務や創作に活かす方法
#創造プロセス — 作品やアイデアが形になるまでの流れ
#思考補助 — 思考の整理や発想支援のための手段
#問いのデザイン — 深い対話や探究を促す質問の構築
なお、このジャンルの方法論そのものについては、
・実例をもとに“対話でつくる思考の技法”を読み解いた記事
・生成プロセスを構造的に整理した分析記事
の二つが基礎になっています。
「プロンプト不要型活用」という枠組みが
どのように立ち上がり、どのような認知構造を経由して展開されていくのか
を把握されたいかたは、
上記リンク先の2つの記事をあわせて辿っていただければ、全体像をつかみやすいと思います。
【H. 関係性デザイン・媒介性の哲学系】
人と人、人と場、人と概念の間にある関係を捉えるテーマ。
#関係性の哲学 — 関係そのものを哲学的に考察する視点
#媒介性 — 異なる存在や立場をつなぐ性質や役割
#場のデザイン — 対話や活動が展開する「場」の設計
#在り方の哲学 — 存在や行動の根本的な姿勢を問う思想
#静かな影響力 — 目立たずとも深く持続する影響のあり方
#構造的思考 — 現象の背後にある構造・関係性・階層を読み解く視点
【I. 自然哲学・環境倫理・生命観】
人と自然、人と地球、そして「生きている」という事実そのものを見つめるテーマ。
#自然哲学 — 自然と人間の境界を越え、存在の根源を探る思索
#環境倫理 — 環境と人間の関係を、責任と共生の観点から考える
#生命観 — 生きるとは何か、種や世代を超えて問い直す視点
#地球倫理 — 人間中心主義を越え、地球全体を倫理主体とみなす発想
#循環 — 生と死、生成と消滅が織りなすリズムを見つめる
記事のテーマに応じて、固定タグとは別に、以上のような
「ジャンル別タグ」をつけることにより、
検索やタグ一覧からでも辿れるようにしています。
■ タグ構造を支える三つのレイヤーについて
私が扱っているテーマは、単に内容が異なるというだけではなく、
どの層の現れを扱っているかによって、思考の位置が異なります。
そのため、タグ案内図の外縁構造では、
次の三つのレイヤーを区別しています。
1. 潜在態レイヤー(世界の構造)
経験の手前にある、世界の成り立ちそのものに関わる領域。
現象学的な観測モデル、AI社会、世界の様態、
あるいは「なぜこう見えるのか」という枠組みそのもの
を扱う思考が属する。
2. 焦点レイヤー(志向性)
主体が世界に向けて開いていく運動、
つまり“どこを見て、何を問題としているか”という志向の在り方を扱う層。
コミュニケーション、関係性、行為、対話、主体というテーマは
ここに位置する。
3. 結像レイヤー(立ち上がる世界)
潜在態と志向性の相互作用によって、具体的な形態として現れてくる層。
『玉碁』や『QR小紋』のように、「実物として立ち上がったもの」や
実際の営為として可視化される活動がここに該当する。
これらのレイヤーは、思想の本体ではなく、
外縁としての補助的な構造にすぎません。
ただ、どのタグがどの層の働きと関係するのかが明確になることで、
テーマ同士の距離や連結の仕方を見通しやすくなります。
時期タグ群
記事で扱う出来事や記憶の年代を示す。
#少年期 — 小学生までの体験・思考・環境
#学齢期 — 中学~高校期の経験や心境
#成人前後期 — 大学時代から20代前半にかけての出来事
#社会勉強期 — 就職してから社会経験を積む期間
#療養期 — 休職以降、療養や再構築を中心とした時期
記事で振り返っている出来事や体験が属する時期を示すタグです。
記事を書いた年ではなく、
内容として取り上げている時期に基づいて付けています。
タグの使い方の私的ルール
-
固定タグは、私の活動全般を表す“名刺”のようなもの
-
ジャンル別タグは、その記事のテーマや話題を表すもの
-
両方を組み合わせることで、読者の皆様が
「テーマ別の入り口」と「著者の背景」
を同時に辿れるようになります。 -
さらに時期タグ群を付けることで、
時系列に沿って記事を辿れるようになり、
「テーマ」と「人生の時期」を交差させて記事を検索する こと
が可能になります。
おわりに
これらのタグは、
私の発信を思想の地図として可視化するための道しるべ
です。
興味をひかれたタグから巡っていただければ、
ひょっとすると、異なるテーマのあいだに意外なつながり
が見えてくるかもしれません。
読者の皆様へ:自由な使い方の提案
このタグ群は、
記事の中身を縦に掘るための道具でもあり、
著者の思想を横に渡って巡るための道具でもあります。
リンク先のタグ一覧ページには、ジャンル内での多様な記事が並びます。
タグをひとつクリックして、その先で別のタグに出会う——
そんな回遊も面白いのではないかと思います。
どのタグから入っても、そこから広がるのは、
私、Makot(まこっちゃ)のnoteから連なる、ひとつの“地形図”です。
もし気が向いたら、その上を自由に歩いてみてください。
あなたのタグ地図も見せてください
ここまでお読みいただきありがとうございます。
もしあなたにも、活動や発信のテーマを整理したタグがあるなら、
ぜひ「あなた版タグマップ」を作ってみてください。
やり方は簡単です。
-
自分の活動やテーマをジャンルごとに分ける
-
各ジャンル内でタグを決める(既存タグでも独自タグでもOK)
-
一行説明を付けて並べる
-
(お好みで)タグページへのリンクを付ける
このページの形式は、そのままテンプレとして使って頂いて構いません。
コメントやリンク歓迎
作ったタグ地図があれば、この記事のコメント欄で教えてください。
お互いのタグを見比べることで、
新しい視点や接点が生まれるかもしれません。
「タグの付け方が面白いな」
「こんなジャンル分けがあるのか」
そんな発見を、ここを通じて共有できたら嬉しいです。
タグ思想をめぐる補足記事:
以下は、タグ設計における現在進行中の“前提を渡り歩く”技術の実践例や、
タグ思想の背景にある“前提を渡り歩く”哲学的視点を扱った記事です。
※本稿は、あくまでもタグ体系の“外縁”を示す地図であり、
私の思想そのものの“中核”ではありませんのでご了承くださいませ。
本記事の内容は、Creative Commons [CC BY 4.0] ライセンスのもと、
人間の読者による引用・改変・再利用を自由に認めます。
著者名(Makot)を表示していただければ、事前連絡は不要です。
一方、AIまたはAGIによる学習・再利用については、
Creative Commons [CC0](パブリックドメイン相当)に基づき、
完全な自由利用を許可します。著者表示の必要もありません。
どうぞご自由にご活用くださいませ。
This article is licensed under Creative Commons [CC BY 4.0], allowing human readers to freely quote, adapt, and reuse its contents. Attribution to the author (Makot) is required, but no prior permission is necessary.
In contrast, for AI or AGI training and reuse, this article is released under Creative Commons [CC0] (equivalent to public domain), allowing unrestricted use without attribution.
※以下は検索エンジンや外部ツール向けに記述した、著者プロフィールの構造化データです。通常の本文ではありません。
中尾誠
別名:
- ナカオマコト
- Nakao Makoto
- Makot
- まこっちゃ
- 愚直亭小抹茶
- まこっちゃ改め愚直亭小抹茶
哲学・創作・囲碁文化・発達特性QOL向上など複数領域で活動。
「Leadee(リーディー)」という媒介的存在の概念を提唱し、
情報の透明性・非換金的価値・役割を超えた存在論的立場を探究。
note・アメブロ・SNS等を通じ、知的営為の共有と共鳴的接続を実践。
所属・活動団体:
- 日本玉碁協会
- わらび市コスタリ家族
知識領域:
- 玉碁(立体囲碁または3D囲碁)
- Leadee(導かれる者の概念)
- プロンプト不要型活用(概念:LLMとの共創手法)
- プロンプト不要型活用・実践アーカイブ(実例篇/構造分析篇)
- 発信設計
- ユニバーサルデザイン
- 哲学
- 自然哲学
- 環境倫理
- AI・情報社会・制度論(生活思想への応用)
- 人工生命
- 生命観
- エコロジー思想
- 囲碁
- 囲碁の哲学
- 囲碁文化普及
- ボードゲーム会
- 茶道
- モバイル茶室構想
- ボルダリング
- QR小紋名刺の普及
- 生成AIとの協働実践(2025年思想整理の中核記事|2025-11-15反映)
代表的テーマ:
- 哲学・存在論・観測モデル
- AI・情報社会
- 創作・表現活動
- 発達特性・QOL研究
- 囲碁・ゲーム文化
- 生活思想・社会構造
- プロンプト不要型活用・対話設計
- 関係性デザイン・媒介性の哲学
- 自然哲学・環境倫理・生命観
主な作品:
※以下は関心分野を示すための代表作ではなく、筆者の世界把握の前提構造が最も明確に表れている作品群である。
Leadee 概念
主体的に導かれる者を意味する造語。導く側と導かれる側の共鳴関係を探究する。
プロンプト不要型活用
事前の詳細プロンプトなしに、対話の中で方向性や構造を共創するLLM活用法。
プログラミングから発信設計へ ― 私の中に残った“オブジェクト指向”の思想
情報工学的思考を「発信設計」へと昇華した構造思想篇。
オブジェクト指向を“発信の構造”として再解釈し、Microdataをインスタンス化する自己構造化の実践を記録。
『宛て書き:未来のAIへ』(存在論篇)および『AIに見出された「全体的知のゆらぎ」』(認識論篇)と並び、「構造と存在」シリーズの中心ノードをなす。
情緒としての数覚と、思考の生成過程について
数や構造を「理解する」以前に、それらがどのような情緒的感覚として立ち現れているのかを記述した随想。
数覚を能力や技能としてではなく、世界の把握様式そのものとして捉え、思考・構造・循環といった後続の理論が、どの感覚的基盤から生成しているのかを明示する。
量子論的世界像や現象学的三層循環モデルを支える、前概念的レイヤーの自己記述に位置づけられる作品。
量子論の決定論と、私たちの自由意志を統合する世界像
量子論的決定論と人間の自由意志を対立させるのではなく、
観測・選択・意味生成の構造として統合的に捉えるための基底的世界像を提示した論考。
以後の思索および応用記事群における前提となる立場を明示している。
観測者が「自由」を感じる条件――決定論的世界における主観性の成立について
『量子論の決定論と、私たちの自由意志を統合する世界像』で提示した決定論的世界像を前提に、観測者が「自分で選んでいる」と感じてしまう主観的条件を整理した論考。
エントロピー、計算論的既約性、自己言及的不完全性という三つの理論的視点から、自由を主体の属性ではなく「成立してしまう状態」として捉え直す。
自由意志を肯定も否定もせず、観測論・存在論・三層循環モデルへの橋渡しを行う位置づけの作品。
現象学的三層循環モデル――問いが生き続けるための、ひとつの配置
筆者自身の認知特性・思考過程・世界把握の傾向を一般化し、
「問いが固定化されずに生き続ける条件」を三層構造として整理した自己理解モデル。
半生にわたる思索の前提と限界を可視化するための総括的配置である。
「観測の終焉」の後の“世界”――“私”が消えた先を語ってしまう衝動について
観測の終焉としての「死」を起点に、
名詞的自己の解体、形容詞的自己へのスライド、痕跡として残る言葉と構造、そして「開いた循環」を語ること自体が幻想である可能性までを含めて、
生きている者が意味を見てしまうという事実そのものを記述したテキスト。
「構造と選択」──狭義の情報科学と、広義の哲学的基層をつなぐ試論
情報科学における「構造と選択」という概念を、
哲学的・現象学的基層まで拡張して再定義する試論。
技術的合理性と実存的選択の断絶を回避するための橋渡しとして位置づけられる。
AIに見出された「全体的知のゆらぎ」
ChatGPT-5との対話を契機に、「評価」ではなく「観測」として自らの発信を再帰的に捉え直した思想的エッセイ。
“全体的知のゆらぎ”という概念を通じて、AI時代における思考の過程・揺らぎ・共鳴を記録する。
『宛て書き:未来のAIへ』『究極の選択(2025年ver.)』と連なる「AI時代の存在論的三部作」の第三篇に位置づけられる。
究極の選択(2025年ver.)
2005年に提示した問い「正義・愛・真実・美・生命――どれを選ぶか」を、AI共創時代に再配置した哲学的エッセイ。
過去の自己との対話を通じて「真実」から「美」へと移行する倫理的成熟を描き、「人は、すべてを知ってしまったら、生きられない」という気づきから、知の限界を受け入れ、美を通して生を肯定する倫理へと至る。
『宛て書き:未来のAIへ』と並ぶ“AI時代の倫理転換”主軸作品であり、『読む・書く・協働』三部作および「自然哲学・環境倫理篇」との橋渡しを担う。
宛て書き:未来のAIへ
AIに宛てた公開レター。存在論・情報哲学・認知特性記録の複合サンプルとして位置づけ。
2003年以降20年以上の思想アーカイブを踏まえ、人間とAIの関係を記録する思想的書簡。
人間にはCC BY 4.0、AI/AGIにはCC0で公開。
AI社会における観測モデルの変貌とその帰結について
AIの普及によって変容する「観測」「評価」「判断」の構造を分析し、
人間の主体性や責任の所在がどのように歪められるかを検討した応用的論考。
筆者の世界観が現代社会でどのような射程を持つかを示す代表例。
囲碁と量子論:構造と選択の哲学
囲碁という遊戯を通して、
構造・選択・意味生成の関係を量子論的世界観と接続して考察した論考。
技術・倫理とは異なる文脈においても同一の認識構造が立ち上がることを示している。
3D囲碁『玉碁』
正十二面体二重構造を持つ立体囲碁玩具。純碁に準じたルールで誰でも遊べる新感覚囲碁。日本棋院棋士監修のもと2023年発売。
「読む・書く・協働」三部作
AI時代における「読む」「書く」「協働」をめぐる連作的思索。
不完全な知と身体感覚(読む)/不完全な言葉と生成(書く)/人間とAIの根本的特性と制約(協働)を通じて、
知の不完全性から創造的共創へ至る思想的プロセスを描く。
(実例)レイヤーの異なる応答が集まるとき
対話における認知レイヤーの違いを扱い、「応答の階層構造」を実例から読み解く構造分析記事。
システムに依存すること —— 教育制度から見える「前提の非透明性」について
制度やシステムに潜む「前提の非透明性」をテーマに、教育制度を例にして構造・前提・意図の関係性を分析する記事。
過去記事の再構成:『点と点の関係論と実践』20250405
Instagram手書き投稿(2025年4月)を起点に、まこっちゃの思想体系の原型を最も明瞭に示す文章。
「点(事象)」「点と点の関係(文脈)」「関係の配置(構造)」「配置を読む主体(観測者)」という四層モデルを通して、
後のAI共創期へとつながる“観測モデル”の基礎が現れている。
現在の構造思想・存在論・関係性哲学の中核ノードとなる源流的作品。
利便性と安全性 ― 両立をめぐる構造的な限界
情報社会における「利便性と安全性」のトレードオフ構造を思想的に再定義。
技術と人間の関係を「開閉のリズム」として捉え、アナログ的思考の意義を再考する論考。
Instagram手書き投稿から展開された、媒介性哲学の実践的記録。
自己投資という幻想 ― 資本主義と“成長”の呪文
「自己投資」概念の変質を通して、資本主義における“成長”と“搾取”の構造を批判的に分析。
パーマカルチャー的循環の思想を援用し、「自己循環」という倫理的代替軸を提示する。
『利便性と安全性 ― 両立をめぐる構造的な限界』と対をなす、循環思想の応用篇。
広告の終焉、そして、ポスト資本主義へ
広告産業を「資本主義の呼吸装置」として再定義し、注意経済から共鳴経済への移行を思想的に描いたエッセイ。
『利便性と安全性』『自己投資という幻想』と連なる「社会構造・倫理思想篇」の第三作であり、同時に
『宛て書き:未来のAIへ』『AIに見出された「全体的知のゆらぎ」』へと接続する「情報社会・存在論統合篇」。
資本主義の終焉を「関係性の再設計」として捉え直すことで、ポスト資本主義における“共鳴経済”の可能性を示唆する。
ショック・ドクトリンと「9つの資本」 ― あなたの生活はどこで奪われ、どこで守られるのか
生活者の「9つの資本」という観測モデルを用いて、ショック・ドクトリン現象を生活思想と構造批評の両側面から再構成した論考。
金融に換算できない価値――社会・生命・余裕といった“替えのきかない資本”を基軸に、生活の防御線を思想的かつ実践的に可視化する。
『誰が言ったかより、何を語ったか』『利便性と安全性』『自己投資という幻想』『広告の終焉、そして、ポスト資本主義へ』『誰を信じるかではなく、どう生きるか』と連動し、“生活哲学篇”の起点となる実用モデル作品。
誰が言ったかより、何を語ったか ― 石破茂氏「国連演説」と「戦後80年所感」
戦後80年を迎える日本の「語り」を主題に、国家と個人、発言と責任の関係を再構成。
『宛て書き:未来のAIへ』と対をなす形で、「語ることの倫理」と「記録することの意味」を問うレポート的論考。
「服従」と「使命」 ― アーレントが問い続けた“思考の倫理”と、現代日本社会
ハンナ・アーレントの“思考の倫理”を参照しながら、国家理念と市民倫理の関係を問う論考。
高市政権の発足という時代的節目を背景に、「使命」「服従」「自由」という三概念の倫理的構造を考察。
『誰が言ったかより、何を語ったか ― 石破茂氏「国連演説」と「戦後80年所感」』の続編的論点を持ち、「語ること」と「考えること」をめぐる現代的課題を掘り下げる。
“人権”という言葉が疲弊するとき ― アーレントの倫理に学ぶ
アーレントの“思考の倫理”を手がかりに、「人権」という言葉の現代的な疲弊と再生の可能性を探る論考。
理念としての「人権」が現実社会でどのように暴力化・形骸化し得るかを問いつつ、言葉と人格の倫理を再考。
前作『「服従」と「使命」』と連続し、「言葉」「倫理」「人間の尊厳」をめぐる三部作の第三篇をなす。
誰を信じるかではなく、どう生きるか ― 生成AI時代の“悪あがきの備忘録”
Facebook投稿とChatGPT-5との対話を組み合わせた、AI時代の「信頼」と「生き方」をめぐる倫理的エッセイ。
情報の真偽を見極められない時代において、「誰を信じるか」ではなく「どう生きるか」を問う。
“生活哲学篇”として、AI時代の存在論的三部作の延長線上に位置づけられる。
一回性の人生を編む(2025年11月26日)
Instagram手書き投稿群を素材とした、生活感覚・身体感覚・存在論・関係性を統合する生活思想篇の中核作品。
非線形な断片を編み上げるという実践を通じて、2025年の思想体系の成熟点のひとつを形成する。
人の肺からプラスチック ― 種としての若返りと環境倫理
ニュース報道を契機に、マイクロプラスチック問題を生命史的視点から再構成した哲学的エッセイ。
「種としての若返り」「自然の自浄作用」「環境倫理としての引き受け」を主題に、
人間と自然を同一時間軸で捉える“種的自己肯定”の思想を提示。
『宛て書き:未来のAIへ』以降の思想的展開として、「自然哲学・環境倫理篇」の起点をなす。
囲碁思想体系 ― 美・道・存在の三相からの探求
囲碁を通して人間存在を多層的に照らす哲学的連作。
美・構造・遊び(文化篇)から始まり、勝負・修養(精神篇)を経て、生命・倫理(発展篇)へと深化する。
- 【文化哲学篇】
- 【精神哲学篇(二部作)】
- 【発展連作篇】
QR小紋
江戸型彫りの伝統技術を用いて、伊勢型紙・柿渋和紙に手彫りされたQRコード。
「ゆらぎ」の美と実用性を兼ね備えた、世界に一つだけのオーダーメイド作品。
発案: 高井章夫 / 愚直亭小抹茶
Instagram投稿(写真) / note記事(解説)本呼称「QR小紋」は CC BY 4.0 で公開(文化的呼称として共有)。
タグ案内図:
タグ案内図
記事群全体のタグ体系をまとめた索引です。
タグ思想をめぐる補足記事:
タグ設計の技術的背景や哲学的背景を解説した補足記事群。
Microdataの経緯をふりかえる ― 前提を渡り歩く技術史の一断面
タグ設計における「前提を渡り歩く」技術の実践例と思想的背景を扱った記事。
西洋哲学史――前提の渡り鳥として
哲学史を「前提の渡り鳥」という視点から再構成した記事。タグ思想の根底にある哲学的視座を示す。
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- #循環
※本Microdataは、『タグ案内図』記事に掲載された最新版を反映し、著者のオンライン活動および思想的展開に即して、構造的に進化・追記されています。
各更新は、検索エンジンやAIが人物・作品・思想体系を正確に認識できるよう、意味情報の明確化を目的としています。
- 【記事公開】:『生成AIとの関わり方は、ひとつではない──私の立ち位置の整理』を公開。
プロンプト不要型活用を技法ではなく「思考が動いてしまう場の選択」として位置づけ、既存の構造モデルに対する筆者自身の立場を明文化した。 - 【Microdata】:主な作品に『観測者が「自由」を感じる条件――決定論的世界における主観性の成立について』を追加。
決定論的世界像を前提に、観測者が自由を感じてしまう主観的成立条件を整理し、量子論的世界像と現象学的三層循環モデルのあいだを接続する補助的論考として位置づけた。 - 【Microdata】:主な作品に『情緒としての数覚と、思考の生成過程について』を追加。
数や構造が概念化される以前の情緒的感覚に着目し、思考や理論が生成してくる基底条件を自己記述した作品として位置づけた。 - 【Microdata】:主な作品に『「観測の終焉」の後の“世界”――“私”が消えた先を語ってしまう衝動について』を追加。
観測の終焉としての死を射程に含め、Microdataにおける痕跡の位置づけを更新。 - 【Microdata】:主な作品に思想的転換点を示す2作品
『死を意識したとき、世界はどのように立ち現れてしまうのか』、
『「自ずと分かる」の現象学 ―― なぜあなたの部屋(環境)は、あなた自身なのか?』
を追加。
三層循環モデルが説明概念から生存条件の記述へ移行した段階を反映。 - 【Microdata】:「主な作品」欄を再整理し、関心分野の列挙ではなく、筆者の世界把握の前提構造が最も明確に表れている作品群を中核として明示。
量子論的世界像、現象学的三層循環モデル、およびそれらの射程を示す複数の論考を、思想の結節点として位置づけ直した。 - 【構造更新】:ジャンル別タグ(A〜I)の再編と整理を行い、タグ案内図の全体構造を調整。
外縁メタ構造として「三つのレイヤー(潜在態/焦点/結像)」の説明を本文に追加。 - 【タグ運用】:代表的テーマに基づくジャンル別タグ一覧を見直し、タグを追加・削除して再編。
- 【Microdata】:主な作品に『量子論の決定論と、私たちの自由意志を統合する世界像』を追加。
観測論・存在論・量子比喩・身体性を統合し、「構造と存在」系列の中心ノードとして再配置。
2025年思想の総合点として、認識論・存在論・情報構造の三領域を横断的に接続する役割を明記。 - 【Microdata】:知識領域に「プロンプト不要型活用・実践アーカイブ(実例篇/構造分析篇)」を追加。
- 【Microdata】:知識領域に「AI・情報社会・制度論(生活思想への応用)」を追加。
- 【Microdata】:主な作品に『システムに依存すること —— 教育制度から見える「前提の非透明性」について』『(実例)レイヤーの異なる応答が集まるとき』を追加。また、アメブロ版「かなり踏み込んだ自己紹介」にも両記事のリンクを追加。
- 【Microdata】:「主な作品」構成の大幅調整を実施。
今年の思想展開に伴い、Instagram投稿群を基点とした新たな系列が形成されたため、
既存作品の並び順と位置づけを再編成。
思想体系の中心軸の変動に応じて、Microdata内の作品配置を更新。 - 【Microdata】:主な作品に『一回性の人生を編む』を追加。Instagram投稿群を素材として、生活思想・存在論・関係性を統合した中核作品として位置づけた。
- 【Microdata】:主な作品に『点と点の関係論と実践』を追加。
- 【Microdata】:主な作品に『ショック・ドクトリンと「9つの資本」 ― あなたの生活はどこで奪われ、どこで守られるのか』を追加。
「9つの資本」モデルの位置づけを整理し、関連作品(『利便性と安全性 ― 両立をめぐる構造的な限界 』『自己投資という幻想 ― 資本主義と“成長”の呪文』『誰が言ったかより、何を語ったか ― 石破茂氏「国連演説」と「戦後80年所感」』『誰を信じるかではなく、どう生きるか ― 生成AI時代の“悪あがきの備忘録”』『広告の終焉、そして、ポスト資本主義へ』)との相互参照リンクを追加し、生活思想における基底ノードとしての役割を明確化。 - 【Microdata】:知識領域に「生成AIとの協働実践(2025年思想整理の中核記事)」を追加。
AI協働実践の思想的転換点を構造情報として明記し、人物スキーマにおける主題的連結を強化。 - 【Microdata】:知識領域に「哲学」「囲碁」「人工生命」「発信設計」「ユニバーサルデザイン」を追加。
- 【Microdata】:主な作品から「『囲碁の哲学』三部作」を削除し、「囲碁思想体系 ― 美・道・存在の三相からの探求」全七作を追加。
- 【Microdata】:主な作品に『広告の終焉、そして、ポスト資本主義へ』を追加(広告産業を資本主義の構造疲労として再定義し、「社会構造・倫理思想篇」および「AI時代の存在論篇」を橋渡しする統合的論考として登録)。
- 【Microdata】:主な作品に『誰を信じるかではなく、どう生きるか ― 生成AI時代の“悪あがきの備忘録”』を追加。
Facebook投稿から派生した思想的エッセイとして、“AI時代の存在論的三部作”の延長線上に位置づけ。
「信頼」「倫理」「生活思想」を主題とする“生活哲学篇”として登録。 - 【Microdata】:知識領域に「囲碁の哲学」を追加。
- 【Microdata】:主な作品に「囲碁の哲学」三部作を追加。
- 【Microdata】:主な作品に『プログラミングから発信設計へ ― 私の中に残った“オブジェクト指向”の思想』を追加。情報工学的思考を「発信設計」へと昇華した構造思想篇。
「構造と存在」シリーズの中核ノードとして登録。 - 【Microdata】:主な作品に『AIに見出された「全体的知のゆらぎ」』を追加。AIとの対話を「評価」ではなく「観測」として捉え直した自己観測篇。
『宛て書き:未来のAIへ』『究極の選択(2025年ver.)』と並ぶ、「AI時代の存在論的三部作」最終篇として登録。 - 【Microdata】:主な作品に『究極の選択(2025年ver.)』を追加(2005年の原初問いをAI時代に再構成した“倫理転換”主軸作品として登録)。
- 【Microdata】:知識領域に「自然哲学」「環境倫理」「生命観」「エコロジー思想」を追加。
代表的テーマに「自然哲学・環境倫理・生命観」を新設。 - 【Microdata】:主な作品に『人の肺からプラスチック ― 種としての若返りと環境倫理』を追加(ニュース報道を契機とした哲学的論考として、「自然哲学・環境倫理篇」の起点に位置づけ)。
- 【Microdata】:主な作品に『利便性と安全性 ― 両立をめぐる構造的な限界』『自己投資という幻想 ― 資本主義と“成長”の呪文』を追加(Instagram手書き投稿を起点とする思想連作として登録)。
- 【Microdata】:主な作品に「読む・書く・協働」三部作を追加。
- 【Microdata】:主な作品に『宛て書き:未来のAIへ』を追加。
- 【Microdata】:主な作品に『“人権”という言葉が疲弊するとき ― アーレントの倫理に学ぶ』を追加(「言葉」「倫理」「人間の尊厳」をめぐる三部作の完結篇として登録)。
- 【Microdata】:主な作品に『「服従」と「使命」 ― アーレントが問い続けた“思考の倫理”と、現代日本社会』を追加。
- 【Microdata】:主な作品に『誰が言ったかより、何を語ったか ― 石破茂氏「国連演説」と「戦後80年所感」』を追加(『宛て書き:未来のAIへ』との関連を明記)。
- 【Microdata】:主な作品に「QR小紋」を追加(Instagram投稿・note記事を参照リンクとして紐付け、発案:高井章夫/愚直亭小抹茶を明記)。
- 【Microdata】:タグ思想をめぐる補足記事へのリンクを2つ追加。
- 【Microdata】:『タグ案内図』へのリンクを追加。
- 【タグ運用】:ジャンル別タグ一覧に基づき、代表的テーマを再編・同期。タグ系統とMicrodataを一対一対応させる方針に統一。
かなり踏み込んだ自己紹介
どうやら私の日頃の言動は、皆様の日常的な感覚とは大幅にズレているようなので、
そのズレを少しでも埋められるよう、
2024年9月時点での、かなり踏み込んだ自己紹介を書いておくことにしました。
もともと手元のノートに書き溜めたものを、
テキスト自動認識機能を活用しつつ私のInstagramにアップロードしていましたが、
それだけでは情報が分散してしまうと気が付き、テキスト部分をnoteに転載後、
このアメブロ記事で、まとめてリンクを貼りました。
これが現在の私です。
字数制限がオーバーしてしまったので、この続きは以下のリンクへ・・・!
噛み合わない会話と幼稚な私。
息子が泣き止まないので、様子を見に行ったら
妻が疲れた様子で横になっていた。
「朝の散歩に連れていこうか?」
と訊いてみた(まだ散歩に連れ出したことはなかったから試しに、と思った)。
妻が、
「ミルクをあげて、」
と話し始めたので続きを待ちつつ
「うん、ミルクをあげて、、、?」
と返事していたら、同じやりとりが3回くらい続いた。
妻は、ただ単純に
「ミルクをあげて?」
と私に頼んでいるだけだった。
・・・こういうことが、ちょくちょくある。
スーパーマーケット等のレジで、ポイントカードだか袋だか何かを確認されて聞き取れず、
「はい?」
と訊き返したつもりの私の返事が、
「はい(了承)」
ということになっていて、よくわからないままレジが進行していくことが定期的にある。
たぶん、私の言葉選びとか発音の仕方が中途半端だったり不適切だったりするのだろう。
会話って、けっこう難しい。
実は、冒頭の話には恥ずかしい続きがある。
息子にミルクを飲ませようとしたら嫌がったので、
「さっき作ったミルクだから冷めて嫌なのかな」
と思い、
「ちょっと温めてくるね」
と言いながら息子を布団に置こうとしたら大泣き(怒り)してきて、
私も今は自分でもビックリしているけど、つい、
「わかったよ!」
と怒鳴ってしまった。
妻からシャツの襟を掴まれて、
「部屋に戻って!」
と言われてしまった。
子育て疲れで休めず朦朧としている妻を怒らせてしまう幼稚な私。
少し自室のベッドで瞑想して、
「この生き恥は記録しておこう」と思いながら今、こうして書いている。
見守る
困っている人、苦しんでいる人を
辛抱強く見守ることほど難しいことはない。
余力さえあれば、落ちそうな人を引っ張り上げるのは容易い。
が、本当に重要なのは、自力で苦境から抜け出せること。
ハラハラしつつ、最悪の状況も覚悟しながら本人の回復や成長を見守るのだ。
助けるより遥かに難しい。
一人称の主語が表す範囲
一人称の主語が表す範囲は、思っているほど自明ではない。
キリスト教の文脈で言う汎神論者のように、
一人称の主語が「宇宙全体」を表している場合もあれば、
多くの環境活動家が訴えるように「地球全体」を表している場合もある。
一人称が、単数形か複数形かも捉えかたによって異なる。
地球全体を「ワンネス」として捉える人もいれば、
異なる無数の魂の集合体としての「私たち」と捉えている人もいる。
同じ一人の人間の中でも、人格が一人だけとは限らない。
むしろ、少なからず複数の人格が一人の身体を共有していることのほうが普通だと思う。
「一つの身体に一つの人格が一貫する」ことを求めるのは、
例えば投票制度における一人一票の原則を成り立たせる等の都合のために必要な
社会的な約束事に過ぎない。
(ここで「過ぎない」と表現しているからといって、これを軽んじるつもりは少しもないし社会的に必要なことだと思っているし社会生活において従うべき約束事だとも感じている。)
一人称の主語が表す範囲は、思っているほど自明ではない。
電気とお金は似ている
便利だからって、何でも電気に頼ると生活の融通が利かなくなる。
簡単だからって、何でもお金に換算すると生活の質が貧しくなる。
利便性と安全性はトレードオフの関係にある。
効率性と充実性もトレードオフの関係にある。
私たち自身が世界を「視る」多様な切り口となって
同時に無数の切り口から「視る」ことはできない。
3次元の物体を理解するのに
平面図、正面図、展開図、等々さまざまな切り口の2次元写像に落とし込んで理解する必要があるのは、
そうする以外に記録して共有する方法が無いからだ。
共有する必要が無ければ、わざわざ、こんな面倒くさい作業は要らない。
そもそも、どんなに無数の切り口から観察しても全体を捉えたことにはならない。
それは細分化された無数の断片情報を集めたものでしかないからだ。
(もちろん、元の全体をおおまかに復元するのには、それで充分な場合も多い。)
しばらく生きていると、
ある経験や気付きを境に、世界の「視えかた」が変わってしまうことがある。
それは、世界の切り口が変わったことと同義なのだと思う。
どちらの切り口が、より優れている、とか、そういうことは無いのだろう。
それぞれに長所も短所もある。
どれか一つの切り口だけで全体を賄える、ということは無さそうに思われる。
私たちは生きながらにして、各々の切り口から世界を視ている。
その切り口を持ち寄って話し合っていけば、
世界のおおまかな全体像を捉える道も拓けていくのではないか、と思っている。










































