甘い飴玉のすっぱい思い出
ついさきほど、孫に飴玉を貰った。
この駄菓子を口にするのは何十年ぶりだろう。
舌の上で転がしながら、鼻腔の奥でほのかに漂う、とろけた匂いを息とともに吐き出す。
徐々に小さくなるその身を舌先で確かめ、さらに唾液で溶かす。
遠い昔、好きだった女子に飴玉を上げたことがあった。
握った拳を差し出し、彼女には開いた掌を伸ばしてもらう。その上に一つ、小さな袋に包まれた飴玉を落とす。
あの飴玉は何味だったのだろうか。今ではさっぱり思い出せない。
ただ彼女の笑い顔だけは、しっかりと覚えている。差し出した飴玉など、とても敵わない糖度を宿していた。
「わこかったなぁ」
飴玉のせいで少し舌足らずになった言葉をこぼす。
あの人は今ごろどうしているのだろう。
ハイ、チーズ。
写真は好き。
駄目になるときは同時に共倒れて、そうじゃないときは二つ揃った空間が三番目となる誰かの手を引っ張っていくところが好き。
二つというのは当然、被写体と撮影者。でも、二つが自分達だけじゃ満足できず、一緒に行こうと掴んで来る、そんないい写真にはなかなか出合えない。
奇跡の瞬間を切り取るには、人は速く生き過ぎるから。
撮ろうと、はさみボタンを押さえたときには、とっくに逃げられている。
だからというわけではないけれど、私はいい写真が連れて行ってくれる場所を選んだりしない。どちらでもいいのだ。気づいたら口元がゆるんでいるプラスの場所でも、立っていることさえ辛くなるマイナスの場所でも構わない。
私は、見たいのだ。
止まっているけど、私の中で再び動き出す、過去から来る奇跡の空間を見てみたい。
いつか私が、奇跡をこの一眼レフから逃がさないようにするために。
代名詞
さぁ、今日は何を書こう。
一人称か三人称か。一人称なら俺か私か。オイラかアチキか。僕、儂(わし)、小生、己、ワタクシ、拙者、某(それがし)、我、オラ、おいどん、I、My、Me。
いかん。自称だけでおなかいっぱいになってしまった。もう書く気がしない。
よし。あたしゃぁ、寝ることにするよ(ちびまる子風)
無敵
古来より、遠ければ遠い場所の入り口ほど近くにあるものだ。
洋服ダンスに古本屋の本、大きな鏡に机のひきだし。
君が見ている画面なんて、まさに最適。
そこを特別な方法で抜ければ、始まるのは冒険。燃え立つ恋も、常にしっぽの見えてる謎も、君の強さを引き出す好敵手だっている。だるいもつらいも思う暇すらない。
行きたいかい? 行きたいだろうね。
誰だって、自分の夢見る場所に行けるものなら行ってみたい。
今! 今なら行ける。それって、つまりは今しか行けないってことだ。ぐずぐずしてると入り口は閉まってしまう。
だからほら、わかったら早くその手を伸ばして! どっちでもいいから早く! 戸惑ってる場合じゃない。いいの? 次はないんだよ。僕の言葉が終わってしまったら、君は二度と変わることはできない。それでもいいの? もうっ! 何も握ってないほうの手でいいから、そいつを伸ばせ!
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伸ばした? 伸ばさなかった? あー、苦情は一切受け付けないからね。だって、君がここまで僕の言葉を受け取っている時点で、君はすでに入り口を通っているんだから。
君は僕の言葉を受け取り、創造した。
僕という存在を、世界を変えようとしている自分を、思い描いた。それはどんなに速くて、丈夫な乗り物でもたどり着けない場所。遥か遠い場所だ。
よくもまあ時間も空間も越えて、こんな遠い所まできたもんだ。たいしたもんだよ。ホント。
君って案外すごい奴なんじゃない? その力があれば、時間や空間で縛られた世界じゃ敵なしだろ?
まぁ、人間は慣れる動物だって言うし、住んでる世界に縛られすぎて、自分の力のことをすっかり忘れていたら、逆に周りは敵だらけになっているかもしれないね。
それもちょっとかわいそうだから、最後にもう一度、力を思い出せられるようにしとこうかな。う~ん。僕って粋な奴。
さて、そんなナイスガイの正体は?
泥
言葉に埋もれることがある。
上下左右、前に後ろの三百六十度。言葉できた泥の中、頭の先から足の小指の爪の先まで、全身文字に塗られてしまう。
はた目に見ると、冷ややかな笑いを起こしそうにもなるけれど、実際、己が埋もれてみると、そう悪いものでもない。
泥まみれの右手をしばらく眺め、上手い落とし方が見つからぬときは、左手と見比べてみたり、背中や尻の泥を確かめたくて、信頼のおける友に尋ねてみたりするのは結構楽しい。
小説など書いているせいか、最近、気づけば泥まみれになっていて、なかなか取れない泥なども出てくる始末。
いつか一気に拭い取り、長編にでもしてやるつもりだが、視線を移すと、さっき落としたところに別な泥がついている。
どうやら俺は泥落としより、泥付けの頻度がまだまだ高いらしい。
とりあえず、まずは腕を磨くことにしよう。