春ですね
今日、たまたまある学校の近くを通りまして、何気に校門に目を向けたところ、卒業式の看板が立てられていました。
ついこの間、この記事 を書いたと思っていたのに早い、あまりにも早すぎる。ガキの頃はもっとこう一日一日が濃厚で長かった気がするのに、気づけば一日どころか一年が瞬く間に過ぎている。
そこで思う。悪い想像をする。
もしも時間に対する免疫力ってのものがあるのなら、生きれば生きるほど過ぎてく時に抵抗力がついて、毎日が変わりないものになるのなら、きっと子供達は大人になりたくないと思うだろう。そして大人は大人で、ただ一日をこなす作業ロボットみたいになるんだ。
そんな黒い思考が頭をよぎる。
気づけば首を折り、地べたを見下ろしている。
慌てて首を逆に折り、広がる空を見上げ、思い出す。ジェットコースターの話を。車椅子の彼のことを。
彼は背を向けたまま話していた。
「あれって実際乗ってる時間はほんの何分間でしょ? だからってあれに乗ってる最中に、あと何分しかない。あと何秒で終わっちゃうって。そんなことばかり考えていたら何のために乗ったかわかんないよね」
少し振り向きながら黒く深い眼差しで、まるで自分にも言い聞かせるように彼は言葉を続ける。
「何のために生まれてきたかわかんないじゃん。そんなヒマないよ。命が短いなら濃さで勝負!!」
そんな彼の向かう先には体育館。ボールの弾む音が聞こえている。
ただ何事もなく時間が過ぎてゆくというのなら、そこに詰め込むものを変えればいい。詰め込んで、詰め込んで、濃厚なものへと変えればいい。
空を見上げながら良い想像をする。すると瞳に光が宿り、風が吹いてることに気づく。桜の花びらが舞っている。薄い桃色。
さすがにそこまで明るい思考には変えられないけれど、足取りは悪くない。
今日はそんな一日でした。
車椅子の彼が載ってます↓
- リアル (4)/井上 雄彦
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言葉遊び
- 春分の日ということで、下の曲を聴きながらイメージのみで書いてみました。
- BGMにすれば少しは読めるものになると思います。
- 哀歌(エレジー)/平井堅
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- 哀歌(エレジー)/平井堅
- 「私ね。ヒアイって言葉を初めて聞いたとき、カナシイカナシイじゃなくて、火の愛だと思ったんだ」
「君の場合、燃える火じゃなくて、一日の日だろ」
「アハハ、上手いこと言うねぇ」
彼女は僕の数歩先を歩きながら乾いた声を立てた。
三月も半分を過ぎたというのに、まだまだ夜の気温は低く、桜の下を進む僕達の息は薄い灰色で、笑ったときにだけ白く色づく。僕は彼女の背中を眺めながら、聞いた言葉を文字に変換した。
火愛。
そんな言葉はないはずだ。だけども彼女が言うと、まるで本当に存在しているようで、ケイタイで辞書をひいてみたくなる。
一週間前、僕達はセックスをした。けれども僕達は付き合っているわけではない。彼女が売っていたものを僕が買ったに過ぎない。
「私、エイズだから。タダでいいよ。同じクラスだったときなら最低でも三万は取れたんだけどね」
そう言った彼女に僕は三万円を渡した。快楽ではなく死の代金。
でもそれは嘘だった。彼女はエイズどころか初めてで、ああ言えば抱いてくれると思った。確信していたと笑った。
僕達は十字路を曲がり、道の先で仄かに灯るコンビニを目指す。
「ほら、早く肉マン買って帰ろ」
振り返って笑う彼女に頷きつつ、僕は歩く速度を変えない。隣に並んだ気配を感じながら、その持ち主の職業を思い描いた。
彼女は三日前から風俗嬢になっている。
勢いだけで作ったのでケイタイ小説みたいになってしまった。まだまだ修行が足りません。もうしばらく更新滞ります。
snow
えー、以前、このブログに載せていた掌編に手を入れて、下記のサイトに投稿しました。それが採用されたのでご報告。
よかったら覗いて見て下さい。
http://www.mf-davinci.com/yoo/index.php?option=com_content&task=view&id=408&Itemid=52
行き先
去年の十月辺りに書き上げた投稿作品の結果が出た。駄目だった。これまでになく力を入れ、わずかながらも自信のあった作品だったので、なかなかため息を止められない。
でもまぁ、落ち着いて、自分の奥へ潜ってみると、根っこや芯の部分は揺らいでいない。葉や花は落ちても、木はしっかり立っている。
俺はまだ世界を創れてない、創り尽くしてない。ゴールのテープを切らぬまま、新たなスタートのテープを切る。
道は、どこまでも続いている。
ナンバーワン
あっという間に一月の折り返し地点。ブログの更新は一月一日の一回のみ。おおぅ、一繋がりで縁起がいいじゃん。それじゃ、さらに繋げてみましょうか。以下のアドレスをクリックすべし。
もうね。どちらを書いたかは言いませんよ。なんせ、『一』繋がりですから。連載開始の、一番手。いちいち書かなくても、いの一番におわかり下さることでしょう。
んっ? それだけ書けば、言ってるのと同じですって? それはツッコミですね。どつかれたと思っていいですね? イチチチチ。
んんっ? これだけ書いてもまだ私の作品がどっちかわからないとおっしゃいますか。それならば、上に記した『一』の字を組み合わせて下さい。リンク先の題名どちらかが浮かんできますから。
新年
過ぎたよ07年。明けたぜ08年。
皆様、明けましておめでとうございます。
去年は惰眠を貪(むさぼ)り
初日の出どころか初日の入りも拝めなかった私ですが、今年はこの身にさんさんとご来光を浴びました。
初夢は見たような気もするけれど、何も覚えていません。今日はこれから初詣に出掛けます。おみくじ何が出るかな。そのあと帰ってきたら、おせちを食べて、書初(ぞ)めをして、それからそれから……
アァァァー!! もう、駄目だ。無理!もう、耐えられない。ちくしょう。今年は普通のことを普通につらつらと、普通人らしく書いていこうと思ったのに、明けまして~の辺りから拒否反応が出てしょうがない。もっとおかしく面白く、もっと不気味に恐ろしく、そんな欲望を抑えきれない。
と、いうわけで今年も我が道を突き進むことにします。
まぁ、一番普通じゃないのは元旦からこんなブログを覗いているアナタですけどね(ニヤリ)
2007年
年末ですね。今年も残すところ数十時間。ついさっき、いのしし年に代わったよという小説
を書いていた気がするのですが、早いものです。
2007年。思い返せばタイピングばかりしていた気がします。その一部が書籍になったりもして、ここを訪れる方達にも片側ぐらいは顔向けできた気がするのですけれど、どうでしょう?
……うん。年は暮れるともあいかわらず、あなたは無口なのですね。でも、わかりますよ。あなたもワタクシと同じく、アレを探しているのでしょう?
『面白いこと』を探して、ネットという荒野を彷徨(さま)よっている。メーテルリンクいわく、それは一番近い場所にあるとのことです。つまりそれはあなた自身であり、ワタクシ自身。面白いものを探しているそのものこそが面白い。
えっ、よくわからない? 禅門答はお嫌いですか? それならそれで一向に構いません。言葉なんてものは所詮(しょせん)、襞(ひだ)のようなものに過ぎませんから。大事なのは体感や実感です。生きとし生けるものが面白いものに成り得る可能性です。
ワタクシはやりますよ。笑える話に哀しい話、切ない話に恐ろしい話。少しずつでも創っていきます。面白いものらに面白いと言って貰えるお話を、産み出してみせます。
と、ここまで書いて気がついた。おいおい、これじゃ自慰じゃねぇか。人様の目を意識している文章じゃねぇ。売れっ子作家ならともかく、誰がてめぇの痴態など読みてぇんだ。言葉という誰でも使えるものを並べて銭が貰いてぇなら、もっと芸を磨けよな。
書き出しで引き付け、保護色の伏線を散らし、リズムをとって、謎解く興味を掻き立てろ。
見ずにはいられぬ生(なま)の感情を、怒りを、恐怖を、喜びを綴って見せろ。
魂を、込めてみろ。
なぜならお前は生きている。言葉の向こうのあいつも生きている。死んだ言葉は届かねぇ。空(から)の言葉は動かねぇ。
と、ここまで書いて気がついちゃった。むさくるしい。今どき熱血なんて流行らないっつぅの。馬鹿じゃない。遠い昔ならともかく、今の読者はもっとのほほんと生きたいんだから、そういうのやめてよね。高みの見物、対岸の火事、他人の不幸は蜜の味。痛みなんて知らない。感じたくもない。四角い箱の向こうの方で勝手なことほざいていれば幸せなのよ。だからさ、ごまかす技術だけを磨くのが一番なんだって。そうでしょう? そうだよね?
と、ここまで書いて気が付きました。長いですね。大掃除しなきゃいけないのでこの辺にしときます。ホント、今年はタイピングばかりの一年だったなぁ。
いろいろ再開させなきゃな
てのひら怪談2については、少ないながらもワタクシの作品に感想を書いてくれる方がいたりしてありがたく読ませて貰ってます。
そもそもワタクシが記憶している限り、こちらのブログでは一度としててのひら怪談でのペンネームを記してないため、検索にも引っかからないわけですが、特にこれといった理由があるわけではなく、なんとなくここを見つけた人だけがニヤリとしていればいいなぁ、とただそれだけなのです。
そんな消極的なブログですから、先日一時間で500を越すアクセス数を見つけたときの第一声は「コワッ!」でした。これまで一日でどんなに多くても100をちょっと超えるぐらいでしたから。
しかも増えたのはあくまでアクセス数であり、訪問者はいつもと変わらない30前後です。それを見て安心しました。「いつものアメブロエラーじゃん」と。翌日にはいつも通り、40前後のアクセス数に戻っていたので間違いないでしょう。まったく困ったものです。ちなみに昨日のアクセス数は16で訪問者は14人でした。
それでさすがにまずいと更新しているわけですが、ワタクシのてのひら怪談でのペンネームを知り、なおかつてのひら怪談2を読んだ方は当然プロフィールに書いた一文にも目を通したことでしょう。
そんな人、一人ぐらいしか思い当たらないですが……他にもいるとしてその方達への一言伝言。
完成させられるよう頑張りたいと思います。
でた
前々から話題にしていたアレがついに出てしまった。
既に数人の収録作家達は自らのブログで宣伝したり、近所の図書館にリクエストしたりしているようだ。
自分はというと、届いたアレの224~5ページ目を見て、その拙さにまだまだだと息をついてしまった。読めることは読める。つかえることなく最後まで読み切ることはできる。だが、拙い。文芸のぶの濁点にも達していない。仕掛けをほどこしてはいるものの、浅い。
読み終えて思ったのは、ただただ巧くなりたいなぁだった。
もっと楽しませたい、愉しみたい。その作品に関していえばほかの感想はない。
それに比べて、自分を除いた九十九人はときに笑わせ、哀しませ、鳥肌を立たせてくれた。本当に頭の下がる思いである。
俺はもっと頑張るべきなのだとつくづく思い知らされた。
そんなアレ。
アレとはもちろん『てのひら怪談2』である。
ここを訪れる数少なき友人達へ。
よかったらぜひ読んで(できれば買って)みて下さい。
てのひら怪談2 ←リンクはこちら
(2008年1月15日までの購入で新作3編、担当編集者全編コメントの特典つき)
- 加門 七海, 福沢 徹三, 東 雅夫
- てのひら怪談―ビーケーワン怪談大賞傑作選 (2)
ぷち哲学
ここ最近、書くことに偏っていたため読むことが疎かになっていた。なので、おもしろそうな小説を手当たり次第に読んでいる。やはり読書という言葉が示すように、良質な物語を読まねば、同等の物語を生産する一歩は踏み出せないのだろう。
言葉を産み出し、文の芸たる小説を育て続けた先人達にしみじみと感謝する。
そして考える。
もし、小説がこの世界になかったら、俺はどうなっていたのだろうかと。
世の中には本など読まない人がいる。俺が彼、もしくは彼女らと同じ価値観を持っていたら、俺の人生はどうなっていただろう。多くの楽しみを失った無意味なものへとなっただろうか。それとも活字の物語など必要としない有意義なものになっただろうか。
どちらにせよ本がなかったら確実に、今とは違う思考パターンはなっていただろう。そしてそれに伴う性格も変わっていたはずだ。
今の自分を好きかどうかと聞かれれば迷ってしまう。躊躇なく自分を好きだという図太さを俺は持ち合わせていないのだ。
ただ本は好きである。本を好きな自分も好きである。今はその答えで満足だ。
こんな回りくどい思考パターンは本のせいであり、おかげなのだろう。
さぁ、次は何を読んで、書こうかな。
