大熊孝著「洪水と水害をとらえなおす -自然観の転換と川との共生-」(農文協)について | ぶらり旅S

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戦後すぐの生まれ。灌漑、水資源、農業、発展途上国への技術協力などを中心に、大学で研究、教育をしてきて、現役を退きました。研究の周辺で、これまで経験したこと、考えたことを、今考えていることも含めて書いてみたい。

新潟大学名誉教授大熊孝先生が、昨年、「洪水と水害をとらえなおす -自然観の転換と川との共生-」という著書を農文協から出版されました。近年、全国の川で、毎年のように大水害が発生し、老人が、迫る洪水から逃げるすべもなく長い人生の最期を迎えてしまうような状況を見て、筆を執られたということです。

 

 

我々は、激しい洪水から社会を守るため、急いで河川の整備を進めて行く必要があるのでしょう。しかし一方、これまで我々が扱ってきたように河川の取り扱いを進めて行って良いのかは、少し立ち止まって考えなくてはなりません。それは、社会にとって川とはどのような存在でなくてはならないのか、という問題です。一例を挙げれば、我々は、これまでに、日本の川にいたニホンカワウソを、恐らく、絶滅させてしまったのです。川には、多様な動植物が棲んでおり、また川は、都市ばかりでなく、上流部に広がる山地流域や農村地帯など、そして下流では海と繋がっています。川は、それらを繋ぐものです。川は、そこから水を引いてきて利用し、洪水はダムと高い堤防によって海に流せばよいというだけのものではないのです。

 

そのような広い視野から、大熊先生は、川をどのように扱うべきかを本書で論じました。大学院生時代から、現地と歴史に学び、実践をされてきた経験がその背景にあります。この本の帯で、哲学者の内山節氏は、「民衆の自然観を破壊していった近代国家の自然観。本書は、それを見据えながら川と人間の関係を問い直す大熊河川工学の集大成である。」と推薦の言葉を贈っています。

 

大熊先生は、この著作によって、令和2年度土木学会賞の出版文化賞を授与されました。同じ学会賞の功績賞との同時受賞です。さらに、この本は、昨年度の毎日出版文化賞(第64回)受賞の栄誉を得ています。

 

この本が出版されたのは、昨年(2020年)の5月でしたが、それから間もなく、7月には、国土交通省が、明治期以来続いてきた治水方式の「流域治水」への転換を発表しました。それまで、治水を一手に担ってきた河川工学分野の人たちだけでなく、流域の全ての関係者が協働して治水に当たろうという歴史的大転換です。今後、流域治水を深化させて行く際、大熊先生の著作は、我々の思考の強い拠り所になっていくものと思われます。また、河川のあり方に関心をもつ多くの人が、広い視野と知識をもって議論を深めていくことで、流域治水が本当に実質的なものとなり、日本の河川の再生ができるのではないかと思います。そのためにも、できるだけ多くの方がこの本(284ページ、2700円)を紐解いて下さることを願います。

 

私は、昨年(2020)、この大熊先生の著作についての書評を、治山治水協会が出版する雑誌「水利科学」(第376号)に書かせていただきました。この度、当協会から、その書評記事の転載・公開を許可していただきましたので、興味をお持ちの方に読んでいただけるよう、紹介させていただきます。PDFは下からどうぞ。

 

書評 洪水と水害をとらえなおす 水利科学.pdf (dropbox.com)