小川洋子 密やかな結晶  | 人力飛行少年の肉体を脱ぎ捨てたなら

人力飛行少年の肉体を脱ぎ捨てたなら

ネットの海を漂う吟遊詩人になって
見知らぬあなたに愛を吟じよう

記憶狩りによって消滅が静かにすすむ島の生活。

人は何をなくしたのかさえ思い出せない。

何かをなくした小説ばかり書いているわたしも、

言葉を、自分自身を確実に失っていった。

「BOOK」データベースより

 

1994年に出版された小川洋子のデストピア小説「密やかな結晶」が2019年に

英訳されたのを機に、全米図書館賞ノミネートや映画化の話が進む等

再び脚光を浴びています。

「アンネの日記」との出会いが小説を書く切っ掛けになったという小川洋子が、

アンネへのオマージュとして新たに組み立て直した本作は、理不尽な政治権力に

何もかも奪われても、消滅した記憶が心の奥底に密やかな結晶となって残っていて、

その小さな感覚を不自由な言葉と言う道具によって紡ぎだすことで、

誰も犯すことのできない「言葉に出来ない自由な場所」へ導いて行きたいと言う

思いが根底に込められています。

 

小説を書いていた時と今と、君自身はどこも変わっていない。

ただ違うのは、本が燃えてしまったとうことだけだ。

紙は消えたけれど、言葉は残っている。

だから大丈夫。僕たちは物語を失ったわけじゃないよ

※本文より抜粋

 

終わり方に批判的な意見が多いようですが、読む人の心の弱さや想像力に対して

普遍的に問いかけるには、閉ざした物語にする必要があったわけで、

彼女が今でも小説を書き続けなければならない理由とも言えるでしょう。