何回言ってもダメなやつはダメなんだ | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

息子の学校の懇談会、つくづく、行く必要はないんだけど、割と世話になった校長先生の意向で

「なるべく参加してほしい」

とのことなので、たまに行きます。

 

でも、つくづく行く必要はない。

 

何回言ってもだめな奴はだめ。

 

学年懇談会と言うのは、毎回様々なテーマで各家庭が自分ちの子のダメさ加減を痛罵しあう場所なんだけど、

私は、

 

長男とは常に必要な事は必要な時に話し合っているので、

痛罵するという状態を知らない、彼は信頼に足る男だ、亡父の因子が強く出たのだろう。

 

懇談の場でよその親は、宿題をまじめにやらないとか、成績が上がらないとか、ゲームを止めないとかそういう話題を

まさにバカのひとつ覚え見たいに繰り返すのだ。

(で、私はひとり、うちの息子はそういった兆候が一切ない、と言い切ってひんしゅく買って帰るのである)

 

何回言ってもだめな奴はだめ。

 

自分がやっても学校に任せても、人一人まともに育てるのは本当に大変だと思う。さて、だめなもんはだめ、という話題ですが。

 

百折不撓。

 

これは、長男のバスケ部のスローガン。何度折れてもなおへこたれない。彼らは若い。それもありだろう。

 

対して私はもう40になる。そろそろ人生のケツまくるときが来るんじゃないかと思いながら、

未だにたすきの結び目を(行きがかり上ふんどしってわけにはいきません)

ギュッとしながら物語に向かおうとしてしまう。

 

だめなもんはダメだ。最初から運に見放されて才能がなくて努力もしていない奴に何ができる。

 

 

できたよ。

 

 

アメブロを初めてもう10年近くになるか。文章で食っていきたいという目標は叶ったよ。だから、今度こそ、

 

自分の書きたいものを書きに行こう。

 

洋画「エリザベス」の中に好きなセリフがあって、

「I am my futher's daughter.」

私は父王の娘。

 

周知のごとく暴君である父親に翻弄された彼女が、それでも人生の柱としてリスペクトし続けた、その心情を示した小さな言葉。

 

私は父の娘、息子の母。

 

これだけが、私のみすぼらしい人生の揺るがない誇り。だから、では、これから、

 

恥じないものを書きに行こうか。