小説「ダンサー・没我」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

足があって良かった。

手が生えていて良かった。いや、なんなら無くてもいいのだけどね。私は肉体持つ存在でいて良かった。音楽が、そこに在って良かった。

何故か。

踊れるから。

なんだったら全裸で踊って見せましょう。そういう仕事をした事もある。嬉しかった。肉体がお金になるのは嬉しい事だ。私は、これで生きていると思えるから。

音楽が鳴っていると体が動く子どもだったと言われたくらいだから、かなり小さなころからダンスをしていたんだろう。ダンサーにはなろうと思わなかった。

気が付いたら私はダンサーだった。たぶん、生まれた時から。

音楽があってよかった。私の肉体はそこに埋没していられる。私は、体を動かしてお金を稼ぐ、ああ、生きているなあと思わせてくれる。こういうことを幸せというのだろうと勝手に思っている。

注文されたように動くのは、幸福だ。

私という最悪な人間が消滅して、一個の動く

それ

になれる。

動けるのなら何だっていい。私は人に言われるがままに動いてきた。言われたら、大体は動くことが出来る。それを、大変ほめてくれる人もいるし、気に入らなくて何度もやり直させる人もいる。でも私は人が言うがままに動き続ける。

そこに、私はいらないからだ。

ただ動く

それ、肉体、ただそれ。

それが一個あればいいのだから。

私は薄い体毛を夜の気にまき散らす。人間になる途中で落としてきた動物の痕跡を辺りに投げ散らかす。

そう動け、

と言われたからそんなように動く。傍らでは遠い国の太鼓をたたく男の人。ベースを奏でる男の人。私はそこで、

そうであれ、

と言われたように動き続ける。

ああ、良かった足があって。おそらくなくても踊り続けているけど。足がなければ背中で踊っていたでしょう。背中も無ければ、なければまあ、何かある所を使って踊っていたでしょう。

音楽があって良かった。私が、それに適応する神経をめぐらしていて良かった。踊りながら生きて、私は死ぬ。

プロだから。