自然災害の恐怖はすさまじいです。
幸いにして去年の鳥取県中部地震の時、自宅にはほとんど被害が出ませんでしたが、それでもしばらくの間は気持ちがすっかり負けてしまってすったもんだなことばっかりしていましたから。
昨日の朝は一番に島根県の危機に驚き、隣の県だけにいずれその災害がこっちにまでやってくるのかとびくびくしていたら、
次の報で知ったのは
九州地方の惨状。
皮肉にも最初に報じられた島根、広島よりも、大分周辺の方が被害が深刻という結果になってしまいました。
お子さんが流されて見つからない、と訊くと、同じ子供のいる身としてはいたたまれなくなります。
親御さんはどんなお気持ちかと。
テレビやネットから出て来る情報にすっかり打ちのめされそうになったのですが、
こんな時に押し負けて手が動かなくなるようじゃ、私は結局その程度の物しか書けなくなる、と思い、今こうして手をつかって文字を打っています。
私は何が何でもものを書く人間になる、
だからどんな時でもものを書く。人が窮してもものを書く。それが下郎でも文にする。
ともかくも、
被害に遭った地域の一刻も早い復旧を祈ります。
何がどこで起こっても全くおかしくない時代になりました。自然は峻烈です。人は微小です。でも、だからといって、生きようとする努力を課せられて私はここに居る。
それがたとえ何かの嫌がらせでも、負けない努力はしなくてはならないのです。