長編お話「普遍的なアリス」の41 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

「そうか。」
と、ソウスケは何でもないことみたいに、静かだった。
「見つけたのよ。」
「そうか。そうなのか。」
私が何を言っても反応してくれないのだ。私は、自分がこれからどこへ向かって行くのか、どこを目指して戻っていくのかが全く分からずに、哀しかった。ただ、哀しかった。

タクシーは誰も運転してないみたいに、夜の道を滑っていく。

「いつからあそこが分かっていたの。」
「お前がどんな目に遭っているのか。俺にはいつだって分かっていた。」
「どんな目?」
「お前は昔からろくな目に遭っていない。俺はずっと見ていた。今さら何があっても、俺が見逃す筈がないだろう。」
微妙に趣旨のずれた答えだ。私は思った。

「学生っていうのは便利な奴が多くてな。」
ソウスケは、私を抱えている手を少しは動かして私の体を自分の方へ引き寄せた。
私は、父親を忌々しく見ていた時の兄を思い出す。絵本を読んでくれていた。父親が姿を見せると、ソウスケは軽く舌打ちするくらい機嫌が悪くなって、そして私を抱き上げて自分の部屋に戻っていく。
恐らくその時以来だろう。ソウスケが私にこうまで密着しているのは。私は、私の肉体はソウスケにしっかりと捕まえられていた。離してくれる気配が無かった。

ソウスケは聞いてもないことを教えてくれた。
「お前がろくでもない目に遭っているのは分かっていた。
学生には便利な奴がいる。暇で、金でなんでもするような奴だ。」
「それで?」
私は布越しにソウスケの肩に頭を預けた。ソウスケが私の肩口を支える。
「学生なら、どこの学校に潜り込んでも目立たない。
出来るだけ使い物になって、頭が悪いやつに、お前の学校の事を調べさせた。
お前のあの下らない彼氏と、それからお前がゼミの単位を落としたことだ。」
「私、そんなに学校を休んでいたの?」
「前期の講義はもう終わっているぞ。お前の学校では。」
信行の部屋で過ごしたのは一週間ほどだと思っていた。
でも、ソウスケによると二ヶ月は経っている。

「それで。お前はやっと見つけたんだな。」
ソウスケの、声が優しい。
「うん。見つけた。信行のせいで。」
「下らない。」
ソウスケは一転吐き捨てた。
「お前はバカだ。」
「あなたもばかよ。」
私は言う。タクシーは赤信号にちっとも捕まらずに、巨大な水槽みたいになった車道を進んでいく。他の車が居ない。

「捕まえた。あなたの、モレナを。」
「遅すぎる。」
タクシーがウインカーを出して交差点を曲がる。赤い点滅の信号。
「俺は、こんなに長い間生きてしまったぞ。」
「うそ。」
あなたは今まで、一瞬だって生きた時はなかったの。