結婚後もそれは変わりません。
「暖かい家庭」
がニュアンスとして分からないのでしょう。
彼は息子たちの写真を一枚も撮ったことはありません。
よくいらっしゃいますね。運動会にハイスペック一眼でもってお子さんを激写するお父さん。
夫はそんなことをしません。
「そんなことして、どうするの?」
と言います。
そう言えばどうするんだろう、と思ってしまいます。
幼児期から親に徹底的に疎外されて、中学時代には
「自殺したらちょっとは気にかけてくれるかな。」
と思うほど生活が荒れて、
今でも感情の機能が一部破綻してしまった私の夫。
その彼が、
それでも実父の病状について明確に語りません。
明確に出来ないということは、
察すべき事なのでしょう。
ほとんど精神的な交流の無かった親でも、死に直面して明らかに動揺しています。
血のつながりは哀しいものです。
どんなに、無意味でも、誰にも打ち消すことは出来ない。
血が繋がっている、ほとんどそれだけの関係性だったのに、
冷徹無比の彼がここまで打ちのめされている。
私は、夫のそんな姿を見ていて、
その心境を言葉に編もうとする。どんなときでも私は自分の表現を言葉に託す。
重く、固く、冷たく、静に、
夫は動揺しています。
それが分かるのは恐らくこの世に私一人なのでしょう。
それはとても哀しいことです。