小説「それは詐称です」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

「そんなことは、言いたくもないですよ。」

とその主任さんは吐き捨てるように言った。

「それこそ詐称になりますよ。サギみたいなものになりますよ。どうしてこんな仕事に魅力があると思いますか。」

 

これは、職業上、私の稀有な特徴とでも言えそうなもので。

私がインタビューする人は、必ず本音を話してくれる。本音で話してくれているのが分かる。それは目を見ていればわかるということでもあるし、口調や体の震えを感じ取れば、

ああ、この人は今本気なのだ。

ということが分かる。

 

自治体が「介護の魅力についての高校生向けの冊子」を作ると言うので、私は依頼を受けていろんな介護施設の職員さんに取材しているのである。

そして、行く先行く先、で

「魅力なんて、ありはしないですよ。」

と誰彼から吐き捨てるように言われている。

 

「どんな魅力があると思いますか。自衛官の人達と同じです。人の生き死にと毎日隣り合っているんです。

良いですか、ここに入ってきて、生きて出る人はまずいません。

みんなここで死んで行くんでです。分かりますか、自分がここで死ぬんだと思って毎日過ごす人と、一緒に過ごしている毎日の気分が。

だんだん、自分の死が近づいてくるのを知って、それを自分から加速していくような人と一緒に居て。

 

どこに魅力がありますか。

辛いんです。私たちは辛いんです。生きる意欲を無くしていく人たちと毎日一緒に居ることは、とてもつらいんですよ、自ら弱って、自ら命をないがしろにしようとしていく、そんな人たちと一緒に居ることは。とてもつらいんですよ。

なぜ自治体は、こういう、介護士の辛さについてピックアップしてくれないんですか。

 

辛いんです。私たちは辛いんです。この仕事は辛いんです、介護に魅力なんてありません。

高校生さんに話す内容でしたね。

どうか、ありのままに書いてください。人はね、口からものが食べられなくなったら確実に死んでいくんです。

それが分かっているように、どんなに心を砕いても、絶対に口からものを食べようとはしない人がいるんです。

どんなに柔らかい食事を用意しても、すりつぶしてもミキサーにかけても、どうしても口から食べようとしない。

自分をないがしろにしているのです。もう、じぶんの生き方はそんなものでいいと思っているからです。

そんな人たちと一緒に仕事をしているんです。魅力がありますか。辛いだけです。

どうか。

そういうことを書いてください。

私たちの辛さを書いてください。高校生さんたちに私たちの辛さを書いてください。そしてその辛さの渦の中に敢えて飛び込んでくれる。

そんな方をどうか。どうかこれから育ててくださいよ。

学校というものはどうして、こういう当たりまえのことをしようとしないのですか。」

 

私が、聞き取りをすると、誰でも素直に胸の内を語ってくれる。これは一種私の特技だと思っている。

でも、今回は困る。

介護の辛辣を語ることは私の仕事ではないのである。介護の魅力を語らなくてはならないのである。

私は、途方に暮れている。途方に暮れているんだけど、でも、この人たちの吐き捨てるような気持を、何とかして紙の上に残したいという欲が強くなってくる。

「介護の辛さを若い世代に伝えましょうよ。」

思わず逆提案したくなる。そんなことは出来ない。

私は彼らの仕事のためにありのままを書きたい。でも、自分の仕事のためには、どうにかこうにかありもしない魅力を、彼らの言葉の中からほじくりだ無くてはならない。

骨の折れる仕事だ。