あなたにとって私は家具なんでしょう。
と言って梓さんはソウスケをなじったのだそうだ。ずっと前の事なんだけど。
私がまだソウスケの家に来る前の事なんだけど。と言うことは、両親がそれでもまだ離婚していなかった頃の事なんだけど。
あなたにとって私は家具なんでしょう。と、言われた、と、ソウスケが言う。
「それでなんて答えたの。」
私はソウスケの横顔を見ながら尋ねた。ソウスケは煮込みコーヒーを飲みながら仕事をしながら話している。
学生に出すテストの文案を作っているのだそうだ。面倒だけど、仕事なんだからしなくてはいけない、と言っている。
基本的に仕事熱心なソウスケなのだけど、基本的に学生にものを教えるのは嫌いなのだそうだ。
「不真面目な奴しかいないからだ。」
と言う。三流大学の助手をしているような男だから。三流大学に古典の勉強をしに来る、真面目な学生は居ない。
でもソウスケ本人は仕事するのが好きだから今でも同じポストに居続けている。そして学生には容赦なく不可を付ける。上司である教授には文句を言われるそうだけど、
「回答の出来を正当に評価しなくて何が研究者だ。」
と言う。だからソウスケも、研究室でも煙たがられている。煙たがれるくらいのことを気にする人じゃない。
「それでソウスケはそんなことを言われて、なんて答えたの?」
私は自分のミルク入りのコーヒーを飲みながらソウスケの部屋のベッドに腰掛けて訊いた。私はいつでもソウスケの部屋に入っていいことになっている。私だけは。たとえソウスケがいない時でも。
あなたにとって私は家具なんでしょう。
「気に入らない家具を家に置いておく奴はいないだろう、と言った。」
「何それ。最低、否定しなさいよ。」
「嬉しそうだったぞ、梓は。」
と言ってソウスケはコーヒ―を一口飲んだ。ソウスケは時々クソヤロウだ。でも、だからこそ人を好きになる時は自分をごまかしたりしない。
適当な相手を好きになったりしない、ソウスケは梓さんと学生の時から付き合っていて、ちゃんと愛しているし、ちゃんと信頼しているから結婚したのを私はよく分かっている。
「だからって家具だなんて。」
物扱いするなんて。ソウスケは時としてクソヤロウだ。妻を物扱いするなんて。
「家具は生活の必需品だ。梓は俺の人生にとって必要な存在だ。だから家に居てもらっている。
家具はうまい例えだと思ったぞ。梓が居なくなったら俺は生活にいささかも困難することになるだろうな。」
「そんなの都合のいい家政婦さんじゃないの。」
私はあんまりな物言いに呆れて反論した。
「だから言っただろう。気に入らない家具を家で使うやつは居ない。おれは梓のことが気に入っている。梓が家具なのだとしたら、梓という家具を気に入っている。そういったら喜んでいたぞ。」
「私は?」
梓さんの気持ちは計り知れないとして、私は尋ねる。
「私が居なくなったら。」
「お前はそのうち居なくなれ。」
とソウスケはPC画面の誤字脱字を修正して行きながら言った。
「お前は家具じゃない。お前はお前だから、そのうち居なくなりなさい。自分の人生だ。当たり前だろう。
俺はお前がまだその途中にあるから一緒に居るだけだ。お前がその時が来たんだと思ったら、遠慮なく居なくなりなさい。」
と、言う。
「私が居なくなったら生きていけないくせに。」
半ば冗談で言ったのに、
「だからこそ早くモレナを見つけてくれ。」
とソウスケは言うのだ。