小説「粉塵」 | 文学ing

文学ing

森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

母は頭の悪い人なので、必然的に母親の友人もみんな頭が悪い。

 

長男が学校でいじめられていた。私は言葉もなく、さらに言葉の無い彼を車に乗せて三者面談から家に帰るところ。

 

父が死んだときに母親の頭の悪い友人がこういった。

「神様は乗り越えられる試練しか与えない。」

 

あれから20年経つけど私は未だに思っている。貧弱な発想だ。そして未だに思っている。

そんな試練だったら絶対に乗り越えてなんかやらない。そんな壁なら絶対に乗り越えてなんかやらない。

どんな素材で出来ている試練だから知らないけど、私が何回も体当たりして、骨の髄まで粉塵になっても、絶対に乗り越えてなんかやらない。父が死んだのにそれを試練なんて言葉で表現する感性を私は嫌悪する。

父の死は、出来事だ。

出来事は誰にも変えられない。起きてしまったことだから。起きてしまったことはどうしようもない。乗り越えるんじゃない。

ただ、ただ、永遠にそこにあるだけのものである。乗り越えてどうする。乗り越えたら、父の死がただの哀しいことになってしまう。

だから私は絶対に乗り越えてなんかやらないと思ったのだ。父の死を試練なんて呼んだばばあのことは未だに嫌悪している。

試練は乗り越えないといけない。出来事はただそこにある。私は、父の死を出来事だと思っている。

 

私は車を運転しながらあの学校をどうやって燃やしてやろうかと思っている。

押しの弱い男だったからそのうちいじめられるだろうなと持っていたら案の定だ。最近宿題のノートをみせに来ないなと思っていて、おかしいと思って部屋に入ってみたら、彼のテスト用紙にいっぱい

「死ね」

と書いてあった。

 

あんな校舎燃やしてやる。自分の子どもがいじめられたらどしようか、と言うのは妊娠してからの懸案事項だったのだが、いざいじめられたら目的がはっきりした。

 

あんな校舎燃やしてやる。

神様は乗り越えられる試練しか与えない。試練なもんかこれは出来事だ。出来事だったら、私は徹底的に戦う、

その出鼻として、あんな校舎燃やしてやる。私自身が焼けただれて粉塵になるまで私は戦う。

何故か。

受け入れなくてはならないからだ、受け入れてはならないからだ、出来事は、ただそこにある。だから私は戦わなくてはならない。

 

私は車を運転しながら哀しくて仕方が無かった。いじめやすい人間がいたからいじめた、そんの単純な発想が悲しくて仕方が無かった。

そして校舎なんて燃やしてもいじめはなくならないことが哀しくて仕方がないのだ。私は車を運転している。長男は隣でランドセルを抱えて黙っている。

試練なんかじゃない。出来事だ。

出来事はいつまでもいつまでも残る。長男に起こったことは、私が粉塵になって消えてしまっても残る。

私に出来ることは何もない。私は車を運転している。腹いせは腹いせという段階ですでにこっちが辛いだけなのだということを考えながら。