小説「翠の行く方」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

母は翡翠のきれいなイヤリングを持っていて、私と姉が二十歳に成るときに、それぞれ片方ずつくれた。

ロウカンと言う立派なものなのだそうだ。きっぱりとした緑色で、艶やかな楕円形に磨かれている。

両親が結婚するときに父が母に贈った。父は装飾品なんて付けることを一切嫌っていたので、結婚指輪を買うことが出来ず、代わりにプレゼントしたのだそうだ。
だから彼等の左薬指は、生涯寒々と露わだった。

「片方だけもらったって。」
と姉はごねていたが、
「指輪かなにかにリメイクしなさい。」
と母が言った。

げんきんな姉は早速質屋に持っていき、
「査定してもらったら、大したキンガクにならなかったから、売るの止めたわ。」
と言ってそれっきりその翠のものを無かったことにしている。

私はネックレスにリメイクしてもらって、友達の結婚式に着けていった。

私は、
家族と言うのは一時の時間の中を、たまたま揃って過ごしているだけの集団だと思っている。

それだけの集団だと思っている。

今はたまたま一緒にいるけど、やがて私も姉も、両親も、砂が風に翔ぶようにばらばらに離散していくだろう、
生と言う形を取って、
死の運命に従って。
そして無かったことになるのだ。そう言うものだと思っている。

だから、この翠のものこそ、私がその瞬間にこの家族に属していた何よりの証しだ。

父が母に贈ったものを、きょうだいと半分に分けた。
そして飛散していく、その形見。

私もいつか家族を持つことがあったら、子供たちにも何かそう言う証しを作りたいと思う。

もっともそんなものを必要と思うかどうかは、分からないのだけど。