長編お話「普遍的なアリス」の8 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

その程度の男なんだ。いい加減思い切れよ。

知らないよ。そんことを今更俺に言われたって、俺にだって今は自分の生活がある、あんたは一体いつまで、昔の事に拘泥しているつもりなんだ。いい加減にしてくれ、本当だ。

何だって、今何と言った。そんなことをあなたに言われる筋合いはない。

言わせてもらうなら、本当にあんな男にいつまでこだわっているあんたのメンタルに責任があるんだ。いい年をして情けない。うるさい当たり前の事じゃないか。

無理だよ。俺が何か言ったって聞くような男じゃない、そんなことは結婚していたあんたが一番良くわかっているんだろう。

なんだと。おい、訂正しろ、妹の事をとやかくいうなら赦さない。ああ、間違いなく俺の妹だ。あんたには全く関係なくても、確かに俺の妹だ。

何とでも言え。俺だって今更あんたに何の関心もない、ひと肌寂しいなら老人用の婚活パーティーにでも言って適当な相手でも見繕ったらいいだろう。

いいか、今度ユイのことを引き合いに出したら俺はあんたを絶対に赦さない。どんな手を使ってもあんたと縁を切る。

いいか、あんたがどんな手を使ってきてもだ。覚えておけ。あんたのようなばあさんに引けを取る人間だと、俺をそんな様に思っているのか。ならとんだ思い違いだ!

 

と、話しているのを私はみんな聴いてしまった。

私は、嫌われ者だ。母親にも父親にも嫌われているし、梓さんにも当然嫌われている。そして間違いなく、私のことを世界一憎んでいるのが、ソウスケの母親だ。

 

あいつはもう大分おかしい。

とソウスケは、仕事部屋で煮込みコーヒーを飲みながら言ったのだった。電話が一段落するまで私はソウスケの部屋のドアの前で待っていた。

そして怒りに満ちた声でソウスケが叫んで、それから急に静かになってしまったので、私はソウスケが携帯電話の電源を切って投げ捨てたのが分かった。

だから私は立ち上がってキッチンに降りて、ソウスケのために煮込みコーヒーを作って仕事場に持って行ったら、すでに何事も無かったように、彼は平然とPCに画面を見ながら本を読んでいた。

正確に言うとPC画面と本を見比べながら何かを書いている。

「あいつはもう大分おかしい。」

私がコーヒー、と言うとソウスケは無言で手を出して、その手が、くれ、と言っていた、私はマグカップの取っ手をソウスケの指に握らせた。そしてソウスケは深いため息をついたのだった。

私が自分の母親を好きじゃないように、ソウスケも自分の母親を嫌っている。なんていびつな家族なんだろう、と私は思う。少なくとも平滑ではない。

 

ソウスケの母親は何とかして父とよりを戻したいのだそうだ。

私の母と私たちの父が離婚したことをどこからか聞き込んで、それからソウスケにしつこくまとわりつくようになっている。

最初は家の固定電話に毎日のように連絡を入れてきた。ソウスケもいちいち相手をしてあげていたのだが、そのうち電話は梓さんにも被害を及ぼすようになっていき、

「私はあなたの母親です! 親の言うことが訊けないの!」

との一言が梓さんを激昂させ、結局電話会社に頼んで固定電話は撤去してもらった。梓さんもソウスケの母親のことが嫌いだ。

みんながみんなのことを嫌いだ。

そして、その憎悪と嫌悪の渦の中の、絡まって回転しすぎて速度が速くなって真ん中にぽっかり空いてしまった何もない所に、私とソウスケだけが居る。

 

私はソウスケだけが頼りなのである。

生まれた時からそうだった。あてになる人間なんて一人も居なかった。不倫の果ての結婚に母方の祖父母はあきれ果てて、母親のことはもう無かったことにしている。

父方の祖父母からも同じ反応を受けた。私が生まれ落ちたことを、唯一喜んでくれているのが、たった一人のきょうだいであるソウスケなのである。

だから私はソウスケだけが頼りなのだ。

 

この嵐のような憎悪の只中に居て、ソウスケが自分のすべてをなげうって、その波が私に掛からな様に腐心している。

 

そんな私が、信行のことをどこまで愛せるだろうか。正直に言ってしまうかな。そんな自信は全くない。