長編お話「普遍的なアリス」の6 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

不機嫌なドミナトリクスは常に不機嫌だ。非常なお金持ちでまっしろな壁の大きなお城に住んでいる。沢山の召使たちにお世話されている。大勢の人達が彼女のことを愛している。

 

そしてとても美しい人だ。美しい黒髪、美しい瞳、美しい姿。そして使いきれないほどのお金と類を見ないほどの才気。

不機嫌なドミナトリクスは定期的に著名な学者を屋敷に招いて雑談するのだが、誰も不機嫌なドミナトリクスを言い負かすことは出来ない。

何せ不機嫌なドミナトリクスのお城には豪華な図書館が4つ建っていて、不機嫌なドミナトリスクは其処に収められている本の内容をすべて理解しているのだ。

 

ほとんどすべての物を持っていると言ってもいい彼女。

しかし不機嫌なドミナトリスクは常に不機嫌だ。

自分のすべてが気に食わないのだそうだ。とても美しい人なのに、そのことを褒められるのがとても嫌いだ。自分を追従する人間には殊更に不機嫌になる。

天才とも言っていい才覚持ち主なのに、そのことを指摘されると殊更に不機嫌になる。だからそのことを触れる人間のことはとても嫌いだ。

不機嫌なドミナトリクスはほぼあらゆることが気に食わないのである。

だから常に眉間に皺を寄せて、だるそうに長椅子に横たわっている。そしてその姿がたとえようもなく美しいのだ、

とソウスケは話した。小学生の時。いつごろからソウスケは“逃げ出したモレナ”の話をしてくれなくなっただろうか。

 

俺のモレナはいつかユイが探してくれ。

そう、そう言われてからかも知れない。私は学食でミートソーススパゲティ(挽肉と玉ねぎをケチャップで炒めたもので、これが美味しい。)を食べながら、窓の外の、名前の分からない植木を見ながら、思い出していた。

「伸びるよ。」

と、向かいの席で文庫本を読みながらカレーを食べていた信行が言った。

「あんたこそ良く本読みながらものが食べられるのね。」

「今日はサークルがあるからな。俺のルーティーンなんだよ。」

「なんだっけ。集中力たかまるんだっけ。」

信行はホッケーサークルに入っている。フィールドホッケー。

「そう。なんだかんだ言ってこれが一番頭を使う。」

と言いながら、信行は常に読み返してもうぼろぼろになった文庫本を右手に持って読んでいる。

「体動かす前は頭動かしといたほうがいいんだ。」

夏目漱石の、“行人”を読んでいる。あれこれ読んだ中で、これが一番良かった、のだそうだ。

信行は左利きだ。

 

「ねえ、わたし、かわいい?」

「そういうことを聞くのがかわいくない女なんだから気を付けた方がいいよ。」

などと言う。私は不機嫌に黙った。不機嫌なドミナトリクスみたいに。すると信行は

「顔なんか気にする人じゃないでしょ。どうしたの?」

と私に尋ねる。鋭いのだ。ソウスケのことを考えていた事がこの人には分かってしまう。モレナを捕まえないとソウスケが死んでしまう。

なのに私はまだモレナを捕まえられない。一体モレナとはなんなのか。そして、そのタイムリミットは一体いつなのか。

更に言うと何故モレナを捕まえないとソウスケは死んでしまうのか?

必ずユイが見つけてくれ、とソウスケは言った。だから、私はソウスケのモレナを探さなくてはならない。

「ちょっと、昔の事思い出してたから。」

と答えると、そう、と言ってまた文章の中に戻って行った。文章にもどりつつ、左手で器用にカレーを掬っている。

 

「今日は泊まって行けるんだっけ?」

「うん。ソウスケには許可取ってかあるからね。」

「それは良かった。」

と、信行は大げさにのけぞって天上を向いて息をふーっと吐いて見せるのだった。

「君んちのお兄さんは本当に怖い。」

「そんなことないよ。ソウスケは別に門限とか規範とかうるさく言う人じゃないから。ただ自己管理はちゃんとしなさいっていうけど。」

自己管理、と言う言葉に対して、信行はどう受け止めるだろうかと私は思いをめぐらす。

「いや、前に一度会った時の俺の恐怖感は、きっと君には分からないだろう。」

信行は一度だけ私たちの家に来たことがある。私がお茶を出してあげて、一緒に映画のDVDを見たのだ。

その時ソウスケは仕事部屋にずっといたんだけど、ほんの5分、私たちのリビングに降りてきて、

「お客さんか。」

と言った。私が信行を彼氏だ、と説明すると

「そうか。いらっしゃい。」

と言ってまた仕事部屋に戻って行った。

「怖かった? あの時が?」

私が訊くと、

「俺を見る目がね。」

と信行は、思い出して身震いしている。