小説「海流の歴史」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

「人魚だからって魚のしっぽ持ってるなんて、単純な発想だと思うんだけどなあ。」

と、幼馴染の人魚は言う。

「でも世間一般ではそういうことになってるのよ。」

「だって俺ら単に、水の中でも住めるってだけだぜ。」

カロは、私のおじいちゃんの家がある離島の周りの海に住んでいる。別に陸でも住めるらしいんだけど、

「生まれたのが海だから、やっぱこっちの方が住みやすい。」

のだそうだ。

「そうだよね。カロが普通に島歩いてても誰も何にも言わないものね。」

 

人魚は人間の原種なんだそうだ。

最初の脊椎動物である魚から進化した人類は、昔は海の中で暮らしていた。しかし空気呼吸の方を好むようになったグループが水面に顔を出すようになって、それから徐々に姿勢が直立になっていき、ついには陸地で暮らすようになったのだそうだ。

カロの家族はそんな、陸と海に枝分かれした人間と人魚のあわいに存在している種族なんだそうだ。

だから水中呼吸も出来るし、空気呼吸も出来る。

「て、俺も学校ではそう習ってるけど、諸説あってよく分かんねえぜ。」

と言う。

はっきりしているのはカロが人魚で、人魚と言うのは人と全く変わらない姿をしていて、それでカロは暮らそうと思えば陸地でも暮らせるけど、

でも海の中の方が好きなんだそうだ。

私は小さい頃おじいちゃんの島に来て、磯で貝をほじって遊んでいたら、海の中からカロが出てきて友達になった。

それ以来、夏だけの幼馴染である。

 

「カロは学校卒業したらどうするの?」

「分からねえけど島からは離れるよ。」

私たちはなるべく人に見えにくい岩場に並んで腰かけて、じゃがりこを半分こして食べていた。

人魚も人間と同じで雑食だから、カロは何でも食べる。特に、私が持ってくるものは大好きなんだそうだ。

「海じゃこうはいかねえからな。」

火を通したものが珍しいと言う。

「アツキもこっち来れたらいいのにな。」と前にカロから言われたことがあるのだけど、私はカロみたいに水の中で呼吸は出来ないから、彼らが住んでいる島の下の深い、深い洞窟までは、いくことが出来ない。

 

「どうして島から離れるの?」

「海流の先にあるものを見てみたい。」

「海流?」

うん、とカロは、力強く頷いた。

「潮の底に居ると、いろんな音が聞こえてくるんだ。いろんな方角から。俺の島の向こうに、海流が音を伝搬している場所があって、そこを経由して音が俺のところまで届く。

俺、好きなんだ、寝っころがってその音を聞いてるのが。でも何の音だかわかんねえだろ。

だから知りたいんだ。

だからとりあえず、島は離れる。」

「生活して行けるの?」

私は尋ねた。

「俺、狩り上手いよ。」

人魚は商売をしているヒトも居るけど、基本的には皆自給自足の生活だ。

「じゃあ、そのうちもう会えなくなっちゃうんだね。」

「いや、夏をめどに島には帰ってくるよ。と、まだ出ても居ねえうちからする話じゃないな。先のことは正直分かんねえ。

それにお前だって、」

カロはじゃがりこのカップから2本同時に抜き取りながら、私に言う。

「お前だっていつまでも島に来るわけじゃねえんだろ?」

「私?」

私は15歳だった。

ふと、考えた。私はこれからも変わらず夏休みの度におじいちゃんの家に来るだろうか。

高校生になっても? 大学生になって? 就職しても?

もし。もしそうじゃなかったら、もうおじいちゃんの家に来ることがなくなったら。

 

「カロは島に帰ってくるけど、私はもう帰ってこないかもしれない。」

私はじゃがりこをじょくじょく噛みながら答えて、口に物入れてしゃべるな、とカロに文句言われる。

「俺が会いに行ってもいいんじゃねえの? アツキが、海の近くに居てくれるんならな。」

「え、ほんと。」

「だって、つまんじねえじゃねえか、このまま会えなくなったりしたら。俺人間の友達なんてお前だけなんだもん。」

友達か。

「そういえば何故かカロって私しか人間の友達居ないよね。」

友達。

「うん、なんか、お前だったらいいかなとおもったからな、あの時。いくつだ俺。7歳だったかなあ。」

友達、と言われた時、私は波打って足に当たった海水が、さっきより冷たくなったのを感じる。

日が落ち始めていた。