曖昧なもの程希望を感じさせるのはどうしてだろう?
それは曖昧なものには救いが無いからだろう。
救いが無いからこそ、人はその中に一縷の希望を求めて、自らのこころとからだを働かせるのだろう、
と、
私はコーヒーミルを弾きながら考えていることなんてすぐ忘れちゃう。
今この空の色は、何と呼ぶのだうか。朝方5時にベランダから見上げる空は限りなく黒い。
しかし世界が朝である以上はこれも確実に青の一味であるはずなのだ。
これは何と言う名前の青なのだろうか。
白と黒いの間に厭気がさすほど整列している色光の中の、何に値するものなのだろうか。
さて、
今が何時だろうと構わず私は仕事をしなくてはならない。
だから今コーヒーを淹れて開けてくる空に一縷の救いを見いだそうとしてみる。
こう言う曖昧な光の中に居るのが私は好きだ。
上手くいけば好運も不運も好きな方を選べそうな気がしてくる。