小説「レールの外」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

地面が大きく波打って体が車外に投げ出されるような感覚に襲われて、思わず隣に座っているひとの体にしがみつきそうになったんだけど、

それは単なる妄想で私の隣の椅子に座っている人は、そのさらに隣にいる人が立ち上がって自分の意見を述べているのを、

両手をキチンとひざの上にそろえて聞いている。

私たちはこの手のそろえ方からいちいち教わって今ここに居るのだ。

誰にか?

去年受かった先輩に。

 

この就職試験の質疑応答は待ったくの無意味だ!

と私はまだ体全体が大きく揺さぶられているような妄想に駆られて、汽車のレールは大きく波打って地面に杭打たれていることを、それ自体を心から憎んでいるんじゃないかと思うのだ。

私はそんな狂った汽車に乗っている。そして隣ふたり向こうでは試験官の質問に対してグレーのスーツを着た女の子が丁寧にきれいな言葉使いで答えている。

 

そんなことがじゃだめだ!私は試験官たちが最初からここに座っている私含めて5人を採用する気がないのを知った。

ちょっとでも感受性のある人間だったら、彼らが端から私たちの話を聞く気がないのを感じ取れる。

その履歴書を指先に弾くしぐさ、しゃべっている人間をよそに勝手に何かを話し合っている二人、自分が数十年かけてため込んだ怒り(なぜ、今ここで怒り?)をぶつけてやろうと必死になっているまた一人。

 

みんな私たちに復讐したくてここに呼んだのである。そうとしか思えなかった。そのくらい、空気の悪い部屋の中に私は座っていたのだった。

 

空気が悪い!

それだけは感じ取ることができた。去年から就活講座を受け続けて面接やディベートの練習もし続けて、私はこの会社に入りたいからエントリーしたはず、だよね?

 

違う!

それが見抜かれているから彼らは私、今ここにのこのこ座って、いかにも教えられたようにキチンと手を膝の上にそろえている私に怒りが沸騰して仕方がないのだ。

 

どいつもこいつも使えねえ!

そう、思われている。私たちは部屋に入った瞬間に査定されている。そして、見れば分かる。私たちの何が、この会社にとって使い物になるというのだろうか。

私は汽車が狂ったレールの上を走っているのだと思っていた。違った、汽車は怒っているのである。我々学生に対して、くだらない人間の話を聞くために時間を作ってやらなくてはならないことに怒りを感じているのである。

だからその体を最高にゆすぶって、一人でも多くの人間が振り落されていくように、向こうだって必死なのだ。

必死なのだ。

今立ってしゃべっている女の子は、だから不採用にする理由を必死になって探されている。彼らは私たちを採用したくないのだ。没個性的で実務能力に欠けて知識だけをひけらかしにこの場に来たようなバカ若造なんかは。

私は、それが分かった。ぐらんぐらんしている車内に居て必死で何かにしがみつきたい気分になった。

 

二人となりの女の子の質疑応答が終わって、今度はその隣の女の子が名前を呼ばれるのを待っている。

名前は、なかなか呼ばれなかった。

試験官たちは履歴書やそれ以外の書類をにらんだまま、あるいはにらみもせずに、だまってそこに座っていた。

じっくり煮詰めた灰色の染料に新しい布を浸すような空気感。

隣の女の子はじっと両手をそろえたまま自分の名前が呼ばれるのを待っている。

 

私の名前が呼ばれることはない!

私は確信的な意識でもってその場から逃げ出したかった、受からないのだ。私は振り落されるためにここに居る。そうでしかない。レールはその上に私が乗っていることを潔しとしないのだ。嫌っているのだ、私のことを。

 

そう思って。

私は走ってこのばから逃げ出したっていいじゃないかと思ったのだった。でも固い灰色で固定された空気は部屋のドアをしっかり施錠していて、私はいつになるの分からない自分の質疑応答が終わるまで決して外に出ることはできない。

それだけは、はっきりしていた。