小説「ホーリーダンス」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

血管の中を砂粒のような泡が湧く、どうしても勝てない奴がいる。私は明日そいつと戦う、そうすると血管がどうしても沸き立って仕方がないのである。

 

どうしても勝てない。

私は子供のころからずっと剣道をやってきた。そいつとは大学の地区大会で出会って、一度も勝ったことがない。私はそいつには勝てない、それは分かっている。

分かっているからこそ、明日の練習試合に向けて夜眠ろうとしている私は血が、血が沸騰するような、興奮ではなのだ。狂喜と言ってもいいのかもしれない。そいつは私にそんな気持ちをいつも抱かせる。絶対に勝てない。だからこそ、挑むことが楽しくて仕方がない。

 

私が剣道をやるにあたって決定的に駄目なのは、目、である。

これだけはどんなに注意されても私の力量にはならなかったのだった。

技の手数、日々の基礎トレーニング、持久力、運びの速さ、そんな、誰でもやる程度のことだったら毎日こなしている。

というか毎日こなさずに大きな大会を目指そうとするやつなんてい一人もいないのではないか。一人くらいいるかもしれない。いたとしても、そいつが大きな大会で勝てるという保証はあるのか?

ともかく基礎連は大切だ。大切だから私も普段から怠っていない。素振りとか、走り込みとか打ち込みとかそういうものだ。

 

でも駄目だ、私に決定的に劣っているもの、それは動くものを見るための目である。私の視力が一番大切な動いて面を打ってくる相手のの動きに同調できない。だからこそ私がどんなに基礎トレを欠かさなくても、私は大抵の相手には、負ける。

 

でもあいつにだけは絶対に勝てない。それが分かっていて、私はあいつと戦うことが楽しくて仕方がないのだ、うれしくて仕方がないのだ。それはどういうことなのか。

 

あいつの足はまるで違っているのだ。私にむかって打ち込んでくるときにダン、と渾身の力で床を踏み込むその足が。まるで違っているのだ。

私は初めてあいつに面を取られて一本負けした時に、その足運びの「正当性」に、言ってしまえば心打たれた。

なんていう正確な一歩。無駄の無い体重移動。確実に私を倒してくるための唯一の道を歩んできた結果の出来事。恋に落ちたといっても過言ではないかもしれない。

自分では絶対に出来ないことをやすやすとやってのける、あいつ。

 

あいつの踏込は神聖の域なのである。たった一歩の足運びが聖別されて誰にも止めることが出来ない。なんという説得力。相手を倒すという、そのためだけの峻別され完璧なまでの単純な動き。

私は、だからあいつに挑みかかっていくことがうれしくて仕方がない。あいつの踏込に耐えるために自分の足を一歩引くとき、その聖別された領域の中に自分の怠慢な足が分かたれずに包まれているということに、満足を感じて仕方がないのだ。

 

あいつの足は特別だ。勝つ、という特別のラインを一歩も踏み間違えることなく一瞬のリズムも外すことなく、私の面を割に来る。そして私は、あいつの踏む音楽の中で自分の視力をあっという間に失って、そして地に伏せる。

だがその間だけ私の単純な剣でも聖別された完全領域の中に倒れていることが出来るのである。

 

絶対的な相手に負けることは勝負者としての幸福だ。だから私は明日の練習試合を思って歯磨きをしていても爪を切っていても道着や荷物の整理をしていても落ち着かない。

夜も更けてきた。

ためしに着けているラジオで次々に違う人間が現れ訳の分からないことをしゃべる。

 

自分より強いものに負ける。

これほど幸福な現実は無いのではないだろうか。大抵は自分より弱い人間にどういうわけか負けてしまうのである。無理やり間違ったラインを踏まされて、何かの間違いみたいに道から跳ね飛ばされて。

 

だから私はあいつとぶつかり合うのが楽しくて仕方がない。あいつのラインが私を正しい道筋の上にいつも載せてくれていると思って、楽しくて仕方がないのだ。

 

血管の中に砂粒のような泡が湧いている。