“努力”じゃなくて、「練習」。 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

自分には文章の才能が無い事が分かりました。
(あると思ってたけど無かった。)

なので私が今までやって来たことは
努力

なんかではないのです。
努力と言う言葉は能力を持った人がその能力をさらに磨きあげる為にする作業です。

だから才能がある人が努力して結果をだすのは、
ある意味当たり前のことです。

翻って能力の無い人間はどうすればいいのか。

練習するしかないじゃないか。

と今日考えました。
能力のない人間にはそもそも素地と言うものが無いのです。

でも素地と言うのは反復練習を続けていくことである程度身に付いて行くものです。

私が今までやって来たことは、
努力の域まで行かず、

練習

の段階でまだまだ足踏みしています、
いや違うな、私はこれからもずっと練習し続けないとならないのだと思います。

練習することで能力の型を自分の中に叩き込む。書くと言う型を自分に叩き込む。

それが反復練習の意味だと考えます。

私には文章を書く能力が無い、ない以上は練習して型を身に付けなくてはならない。

問題は自分の型がどれくらい出来上がっているか、どうやって自力で判断するかです、
それによってこれからの練習の方向性が決まる。

私は何れだけ型が身に入ったかな。
それはもっと書き続きなくてはわかりません。