小説「雨で淹れる珈琲」 | 文学ing

文学ing

森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

一雨来ないかなあ、と叔父はここ最近の晴天を嘆いている。
雨の多い地域にしては、確かに好天が続いているのである、お百姓さんたちは今だとばかりに稲刈りに精を出している。

「雨が降るといいんだけど、」
と、叔父は和室のぬれ縁に出した一人がけソファに座って、手慰みに洋書を捲りながら、その実空を見上げている。洋書の方は何度も目を通しているから、たまに視線を落とすだけで内容は理解出来るそうです。

「雨水なんて何が混ざってるのか分かんないんだから止しなさいって。」
と私は止める。

「PM2,5が大陸から飛来してて砒素が付着してるらしいのよ。」
と私が言うと、叔父は厳粛に頚を横に振る。
「そんな誰かの言葉から得た知識ではなく自分のまま五体で知り得たものをもっと当てにしなさい。」
と言って尚も空を見ているのだった。

雨水を使って珈琲を淹れるという奇癖をこの叔父は持っている。
「珈琲は雨で淹れるのが一番旨い。」
と言う。
だから成分はどうなのだ、pHは大丈夫なのかと騒ぐ私に対して、

「柿の木の葉がろ過してくれているんだから。」
とのんしゃんしている。
柿の木の葉にだってゴミは着いているだろう。しかし、そう言ってもおじはやはり気にしない。

庭の柿の木は雨の日の為に叔父の手によって、何と言うのか、枝が滑り台みたいになるように紐で束ねられていて、雨が降るとそこを伝って雨水が口の狭い壺の中に注ぐようになっている。叔父はそれを使って珈琲を淹れるのだ。

「美味しいの?」
と訊く。
「美味しいんだよ。」
と答える。

私は、雨で淹れた珈琲、飲んでみたいなと思いながらも、しかしpHがなあと思ってしまう自分の事を、

正しいのか間違っているのか。

判断できない程度の人間だ。