どれだけ書けない日でも、
私は書こうとする心だけは無くさないでしょう。
改めて、
十年書き続けた歴史が錨
みたいに、なって私を現状に繋ぎ止めるでしょう。
ブログのように公に書く場所があることを私は幸運に思います。
なんとしてもまた文章を書かなくてはならないも思うから。
私は自分の枯れた井戸の底を更に水を探して手で掘り返しています。
私は泉という名前で、
ひとから「泉のように言葉が湧きまね」
と言われますが、
その実常にコンコンと湧き出すわけではないようです。
でも仮に言葉が枯れたとしても。
私は土を掘り返すでしょう。どうしてかは自分でも分かりません。
只一つ、
書くのが好きだからかな。