従兄弟たちはみんな私より随分年上で。高校生の時には中年の域に差し掛かっていた。
でも高校生だったから覚えている。
「あなたが血でも腎臓でも売ったらいいだけの話じゃないですか。
私は嫌です、絶対に嫌です。
生きていくこの子達に使うためのお金です。
何で死んだ人のために。」
と言って、伯父の通夜の時にある従兄弟の奥さんが断固として抵抗したのだ。
私は葬儀の費用を払わない! 代わりにあんたが血でも臓物でも売れ!
そう言って、断固譲らなかったのだ。何て、人だろうと思った。
しかし今なら私も家族を持つ身だから分かる。分かるのは、優先順位と言うことを。
あの従兄弟の奥さんはそれから程なくして離婚して、籍を抜いていかれた。怒りは感じない。
あの伯父と伯母に散々痛め付けられたのは私も知っていた。
血でも腎臓でも、あんたが売れ!
私だって今なら同じことを言うだろう。死体なら、燃やすだけだ。
子供たちは、生きていくのだ。優先順位を過ってはならない。
今なら私も子供たちを生かさなければならないと思う。だからその為に軽んじる命も出てくるのだ。
私も変わったな。いい風にも変わった。もちろん、悪い風にも変わった。
だがどうしても守らなくては成らないものも出来た。無論、非難されるべき志向だけど仕方ない。
子供たちが生きるためのお金を使うくらいなら、
血でも臓物でも幾らでも売る、命ってそう言う物
だと思う。